目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第3話『崖の下、深淵の門』

 「ったく、どこまで歩いても何もねえな……この世界、観光地ゼロかよ」


 真雲零は仮面マスクを手にぶら下げ、舌打ちしながら地平線を見やる。


 果てしない草原が夕陽に染まり、風に揺れる草の波がどこまでも続いていた。


 強化外骨格パワードスーツの微かな駆動音のみが、単調な道中で響く。


 足元では、鋼色のスライムが何度もとぶつかり、『遊んでくれ』と言わんばかりに跳ねていた。


 「おい、やめろ。ペット飼うようなキャラじゃねえんだよ」


 スライムは一瞬止まり、キラキラした表面を震わせて拗ねたような仕草を見せる。

 夕陽に反射するその姿が、妙に愛らしいかった。


――竜にスライム、さて次は何だ?ダンジョンでも出てくんのか?

 自嘲気味に笑う。


 数時間、適当に歩き続けた先。


 草原のなだらかな起伏が途切れ、地面が突如として、切り立った崖に変わる。


――はぁ、これだけ歩いて行き止まりか。


 落乱し、崖の下を覗く。


「…………!!」


 そこには黒々とした岩場の階段、そして、ぽっかりと空いた巨大な洞窟があった。

 洞窟の周囲には苔むした石柱が不規則に並び、穴から硫黄の臭いが鼻をつく。


「マジで、ダンジョンきたよ……」


 中を覗き込む。

 底は見えず、闇がどこまでも続いているようだった。


「絶対ヤバいだろ……誰が好き好んでこんなとこ――」


 スライムがぷるんと跳ね、穴の縁に近づいてキョトンとした様子でこっちを見上げる。


 「なんだよ、お前も興味あんのか?いや、入んなよ、マジで 」


 スライムを軽く足で押しのけつつ、周囲を見回す。

 穴の近くには、人の足跡や馬車の轍、さらには壊れた剣や鎧の破片が散らばっていた。


 「人が出入りしてるってことは……ここ、なんかあるな」


――となると、話は変わるのだが。


「……………」


――どうする?RPGの世界なら、トラップとかあるよな。いや、それより現地民と遭遇した場合、なんて言えばいい。『よく分からん光に飲まれて、この世界にやってきました、助けてください』?…………いやいやヤバすぎる。通報案件じゃねぇか。


 その時、風向きが変わり、穴の奥からかすかな叫び声が聞こえてきた。


「―――――――ァ゛ア゛ッ!」


 声は遠く、だが確かに人間のもの。

 聞き慣れている。

 これは、絶望と恐怖に満ちた叫びだ。


 目が鋭く細まる。


―――明らかにただごとじゃねぇ。


 この先危険なのは、百も承知だ。

 だが、足はすでに動き始めていた。


「…………おい」


 スライムに呼びかける。


「お前は来るな」


 スライムが「へ?」みたいな動きで跳ねる中、仮面マスクを再び被り、強化外骨格パワードスーツを起動させる。


 岩場を滑るように降り、穴――いや、『ダンジョン』の入り口へと足を踏み入れた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?