冒険者の男は、迷宮の奥で身を震わせていた。
湿り気を帯びた空気が肺を締め付け、苔むした岩壁の匂いと血の鉄臭が鼻をつく。
仲間たちの断末魔がまだ耳に残っている。
立て続けに、洞窟の底から響く悲鳴が、男の心を容赦なく抉った。
「 ᛚ……ᛜᛞᛟ (ゥグ……ッ、ハァ、ハァッ!)」
腹部を押さえる手からは、赤い血が
深い切り傷がズキズキと
恐怖と痛みに顔が歪む。
「 ᛋᛏ…ᛒᛖΘΣ! (くそっ……誰かっ、いないのかっ!)」
だが、返ってくるのは冷たく重い沈黙だけ。
震える手が力を失い、男は膝を折る。
視線を落とすと、散らばる肉片が目に入った——ついさっきまで共に戦っていた仲間たちの無残な残骸だ。
「ᚲᚷ…ᚹ…ᚺᚾ…… (ぁ……あぁ……そんな……)」
男は地べたに崩れ落ち、頭を抱える。
嗚咽が漏れ、震える声が虚しく響く。
「ϜϞϠ。……Ϝ… (ぅえ゙……ぅぅ……死にたくねぇ゛……っ)」
その時、暗闇から重々しい足音が近づいてきた。
金属同士が
ガーディアン——迷宮の守護者とでも呼ぶべきその存在は、全身を白銀の鎧で覆っている。
兜の隙間から覗く眼光がこちらを見て離さない。
「 𐍙𐍚!𐍛𐍜𐍝𐍞𐍟! (ヒぃッ!……く、くるな!)」
男は這うように後ずさるが、ガーディアンは無慈悲に一歩、また一歩と近づく。
涙が頬を濡らし、恐怖が全身を縛りつけた。
「 ᚢᚦᚨᚱ!ᚲᚷ……ᚺᚾ! (よ、よせ! たすげ……っ、ぅグっ!)」
巨腕が男の頭を鷲掴みにし、岩壁に叩きつける。
頭蓋がみしりと軋み、眼球が圧迫される。
激痛の
村の小さな家で待つ、愛する二人。
ここで死ぬわけにはいかない。
自らを奮い立たせ、男は最後の力を振り絞り詠唱する。
——急げ、間に合えッッ
この場を凌ぐのに必要な魔法。
痛覚遮断、肉体強化、斬撃強化。
震える声にもかかわらず、呪文の効果は即座に発動した。
痛みが薄れ、身体が熱を帯び、腕に力がみなぎる。
男は自由な方の手で剣を握り、ガーディアンの首を狙って渾身の一撃を放つ。
が——。
刃が弾かれ、ひびが入る。
「 ΔΦΘΣ!? (なっ!?)」
刃は無惨に折れ、破片が地面に散らばった。
魔法の力もガーディアンには通じなかった。
頭を締め付ける力は増すばかりで、眼球が今にも飛び出しそうな痛みが男を
——グ…………ァ…………ガガ…グァッ
絶叫が迷宮に響くが、ガーディアンの眼光は揺らがない。
男の抵抗は
「オラッ!」
ガキンッ、という鈍い音とともにガーディアンの腕が突然、不自然に跳ね上がった。
鋼の腕が手首から複雑にひしゃげ、ねじれる。
男の頭を締め付けていた力が一瞬で消え、男は地面に崩れ落ち、解放された。
「 ༠༡༢-……༣༤༥…… (ゲホッ、ゲホッ………、な、なにが……)」
咳き込みながら顔を上げる。
関節から光を放つ奇怪な外殻。
その上にボロボロの黒い布を
顔は甲冑、いや、面のようなもので
人というより——
「おい、デカブツ」
聞いたことのない言語。
低く、殺意に満ちているようだ。
今度は指をクイクイと曲げている。
「かかってこいよ」
男にはその言葉の意味は分からなかった。
ただ、目の前の黒い魔物が、ガーディアンの腕を粉砕した事実は変わらない
救いか、新たな脅威か——男の意識は、痛みと混乱の中で揺れ動いていた。