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第5話『蹴撃一閃』

〖真雲視点〗 


 嵐の前の静けさ、といえばよいのだろうか。

 洞窟内は静かであるが——空気が重い。


「かかってこいよ」


 試しに挑発してみたが、ガーディアンはのってこなかった。


 警戒。

 さっきの蹴りが効いてるようだ。


 ガーディアンの手首はねじ曲がっていて、肉と骨が無惨に露出している。


 だが——。


「……ノーリアクションかよ」


 ガーディアンは平然と砕けた腕を一瞥いちべつするのみで、痛みは感じていそうにない。

 内心、舌を巻いた。


 組織の怪人どもと明らかに違う。


 指先がわずかに震える。

 幾度の戦闘を重ねてきた、それ故に。

 下手には動けなかった。


 情報が圧倒的に不足している。

 相手の構造も動力も不明。


 こんなんで、よくもまぁ『かかってこいよ』と啖呵を切れたもんだ。


 怪人なら初っ端からバカの一つ覚えみたいに、戦闘員の数でゴリ押して来るのだが………。


 ひしゃげた手首から覗くは、何か異質なものを感じさせた。


「………とりあえず鎧の中、なんかいるのは分かったな」


「…………………」


 ガーディアンは沈黙しながらも思考する。


 ダンジョンに侵入する冒険者たちを羽虫としか見ていなかった。

 剣も魔法も、すべて無意味な抵抗。


 そう考えていた。


 眼前の存在と出会うまでは——。


 軽薄な態度の裏に隠れた底知れぬ力。

 ガーディアンは初めてその対象を『敵』と認識した。


「ん?」


 様子がおかしい。


 熱を帯びた息。

 ヤツの鎧が軋み、内側から筋肉が異常に膨らんでいく。


 次の瞬間——。

 鎧が砕け、散った破片が岩壁に跳ねて甲高い音を立てる。


「こっから、ガチってことかよ……」


 2倍の大きさになった。


 燃えるような赤い目。

 岩を削り出した彫像のような体躯。

 黒く粗い毛に覆われた上半身が、人の形を辛うじて保ちつつ、頭から突き出た大角が凶悪な輪郭を描いていた。


 鼻から吐き出される息が遠くからでも感じられる。


』——全長、約5メートル。1.7メートルほどの真雲の体格と比べると、どう見てもフィジカルに差がありすぎる。


 ゲームでみたことあんだけど、名前なんだっけな…………ハハ、間近でみると……すげぇ圧力……勝てっか………これ。


「すぅ——、ふぅ——」


 呼吸を整える。


 腰を少し低くし、構える。


 強化外骨格パワードスーツの強化回路が低くうなり、わずかに発光ラインが金色に光る。


 相手の出方を注視する。


 ミノタウロスが一歩踏み出し、地面をえぐった。


「ぬおッ!?」


 振動が足裏から伝わってくる。

 岩壁から落ちる砂塵が視覚で捉えられるほど、空気中に舞っている。


 あー、このまま突っ込むのは悪手だな。


 緊張感が高まる中、冷静に次の一手を計算する。


 まずはリーチの確認。そのあと、弱点をさがッ——。


 瞬時に間合いを詰められる。

 予想以上に速かった。


 巨腕が振り下ろされる。

 即座にかわすが、衝撃波で体がよろめく。


 拳が横から襲い、脇腹に直撃した。


 ゴッ、という鈍い音と共に、体が洞窟の壁に叩きつけられた。

 岩壁に浅い亀裂が走る。


「グッ——」


 猛撃は止まらない。

 地を揺らし、ミノタウロスは再び拳を振り回す。


 防御に徹するも、肩部と胸部に、追撃をもらう。


 嘘だろ。

 このパワー、それにスピード……今まで戦った奴らと比べものに——。


 壁に背を預け、延々と攻撃を受け続ける。

 マスクの内側で汗が頬を伝う。


 冒険者の男は、遠くで震えながらその光景を見つめていた。


「⍱⍲...⍳⍴⍵...⍽⍾⍿.... (ダ、ダメだ……やはりヤツには勝てないんだ……)」


 震える唇から漏れる声は、絶望に染まっていた。


 洞窟内に衝撃音が響き渡る。

 パワードスーツは、依然として傷一つない。


 だが、その内部——真雲の肉体がどれほどのダメージを受けているかは、誰にもわからなかった。


「 ⍢⍣⍤.......⍥⍦.......⍧...... (あんな攻撃を何度も…………アイツもここで終わる……)」


——ズザッ。


 ミノタウロスが一歩後退し、距離をとった。


 さきほどまで二足歩行であったはずが、今は四つん這いの体勢をとっている。


 突進——外装ごと、潰すつもりだ。


 安易な技に見えるが、その実、速度と体重をシンプルに利用した冷酷無比な打突。

 その破壊力は、計り知れない。


「………ん、ぐぁ…」


 肩がわずかに上下し、立ち上がる。

 パワードスーツの動きには、わずかな軋みが見られた。


 ミノタウロスが地響きを立てて突進してきた。


 空気を切り裂き、迫ってくる。


 その様をぼーっと見て、ふと呟く。


「ああ、この展開、見覚えがあるな——」


 かつての……怪人と戦ってきた記憶を思い返す。


——燃える街。熊怪人の爪が地面を裂き、咆哮が響いていた。あのときどうしたっけ?………ああ、爪をはいだら泣きながら土下座されたんだった。情けなくてちょっと悪い気すらした。


——組織の地下ブロック。サイ怪人の角が、派手に突っ込んできたけど、向かってくる方向に指を立てたら目がえぐれて悶絶してた。勝手に自滅して拍子抜けだった。


——テーマパーク跡地。象怪人が見境なく鼻を振り回し、遊具を破壊する。でかい図体でド派手だったけど、鼻をもいで食わせたら、せて、そのまま窒息した。


——廃墟ビル。猛狒ゴリラ怪人の巨腕。鉄骨を握り潰す力は強烈だったけど、握り返したら逆に腕がグシャッと潰れて、うずくまって動かなくなった。


 意識が現実に引き戻される。


 でかい角が、目と鼻の先にあった。


 そう、今まで戦ってきた奴らと比べものにならないほどコイツは——。


 その場で、利き足を下げ、軸足を回す。


 そして——。


「よええええええええええええええええええええええッ!!!!!」


 右脚が閃光を放ち、ミノタウロスの頭部に正確無比な蹴りを叩き込んだ。


 パワードスーツの強化回路が一瞬だけ高出力で唸り、蹴りの衝撃が空気を震わせる——。


 ブツッ。


 破裂した。

 顔のパーツと脳漿のうしょうが飛び散り、巨体が勢いを失って地面に倒れ伏す。


 ベチャッ。


 壁に叩きつけられた肉片の衝撃で、天井から小さな砂がパラパラと落ちた。


「 …𐍝𐍟?… (………は?……)」


 冒険者は口をあんぐり開け、その光景を呆然と見つめていた。


「ふんっ!ふんっ!」


 軽く腕を回して肩の調子を確かめる。

 メンテナンスをサボったせいでスーツの軋む音はするが、動き自体はまだ滑らかだ。


 肘を軽く曲げ伸ばしした後、上半身のダメージを確認する。

 さきほどの殴打マッサージのおかげで、いい感じにほぐれていた。


 骨折はおろか、打撲もない。

 むしろ戦う前よりも身体能力が向上した気がする。


 倒れたミノタウロスの死体を見下ろす。

 血が首の断面から吹き出し、黒い水たまりができていた。


 なんか。

 雑魚戦闘員以上、怪人以下だったな。


 それ以外の感想は、特になかった。


 今は、ただの牛肉の塊にしか見えない。


「ん……ちょっと待て…………」


 次第に仮面の下の顔が深刻さを帯びていく。


「勢いで、殺しちまったけど……これ、殺してよかったんだよな?人襲ってたし……モンスターだし。RPGみたいな世界なら……問題ないよな?」


 自問するが、すぐに不安がよぎる。


 頭の中で、過去に戦った怪人たちの記憶がちらつく。


 あいつらは明確な敵だった。

 殺しても、別に罪悪感はない。


 だが、この牛は?

 本当に敵だったのか?


 「よくよく考えたら、コイツ。単にココのダンジョン、守ってただけなんじゃ……あれ?部外者の俺、余計なことしてない……?」


 せめて、暴走したモンスターが村人を襲ってるとか、そんなありがちな設定ならまだしも。


 生半可にゲーム知識がある分、この牛に対して『なんか悪いことした感』が漂う。


 いや、でも、結果、人助けしたわけだし。


 自分を納得させようと、心の中で必死に殺しの正当性を示す。


 冒険者の方を見ると、男もこちらを凝視していた。

 まるで怪物を見るような目で——。


 目が血走り、口は半開きのまま動いていない。


「……え、なにその顔……待って、めっちゃ怖がってない?……… っていうより敵扱いしてない!?」


——ドサッ。


 不安が渦巻く中、冒険者は出血多量で気を失い、その場に崩れ落ちる。


「……お、おいマジかよ!せっかく助けたのに死ぬなよ!俺の戦いが無駄になるだろうがよぉおおおおおお!!」


 ダンジョンに静寂が戻ったかと思いきや、俺は一人、魔物の死体と気絶した冒険者の間に立ち尽くし、頭を抱えるのであった。

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