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第6話『治薬の奇跡、ダンジョン奥地』

 ダンジョンの中は依然として湿っぽい。


 死骸と、その肉片が散らばっている。


 血と硫黄の臭いが鼻にまとわりついて、不快ではあるが、今はそれどころじゃなかった。


「くそっ、出血がやべえ……… 」


 目の前に横たわる冒険者の男を見下ろす。


 布製の軽装は真っ赤に染まり、腹の傷から血が流れ続けている。


 息は弱々しく、時折途切れる。


 顔は青白く、目は半開きで虚ろだった。

 医者じゃないが、下手に動かせば悪化する気がする。

 膝をつき、男の腹部を止血するように抑える。


 「どうすればいい……? くそ、ここゲームの世界だろ、なんか助ける方法ねぇのかよ」


 頭の中でRPG知識をグルグル回す。


 この状況に適した案が―――浮かばない。

 焦りが頭を締め付ける中、視界の端で何か動いた。


 鋼色のスライムだった。


 ぷるぷると震えながら、ミノタウロスの死体のそばに転がり、男の革袋に近づく。


 ゼリーみたいな体を伸ばして、器用に袋の紐を解いていた。


「お、おい、何してんだ?」


 スライムは俺をチラッと見て、一瞬動きを止める。


 俺の反応を確かめてるみたいだった。


 すぐにまた動いて、革袋から緑色の小瓶を転がしてきた。


 瓶は洞窟の薄暗い光に照らされて、中の液体物が光っていた。


 あらゆるゲームで見たことのある、それは―――。


「……回復薬……ポーション? お前、俺の言葉分かってんのか? 適当に投げてきたんじゃねえよな…………」


 スライムは跳ねながら、瓶を軽く押し出す。


 顔、目はないが、「信じろよ!」と言ってるみたいだった。

 草原でずっとついてきていたが、なんとなく意思疎通がとれている気がした。

 さっきの戦闘も見ていたのだろう、状況を分かってる可能性がある。


「………分かった。飲ませ―――いや、塗る?注射? くそっ、わかんねえ、 ええい、ままよ!」


 瓶の蓋をひねって、緑色の液体を男の腹の傷にぶっかける。


 液体が傷口に染み込み、シロップみたいな甘い香りが広がった。


――たぶん、これでいいはず。アルコールみたいなもんだろ。患部に直接ぶっかける方が効く…………根拠ねえけど。


 男の顔が一瞬「うっ」って歪む。


――やべ、殺ったか!?


 心臓がバクバクする。


 男の出血がだんだん止まり、青白かった顔に血色が戻ってくる。


 「よし…よしッ!」


 慌てて周りの荷物を漁ると、同じ緑の瓶が3本見つかった。

 迷わず全部開けて、男の傷に次々とぶっかける。


 息遣いも落ち着いてきた。


 男の首に手をやって脈を確かめる。


 弱いけど、安定してる。


「よ、よかった…! マジで助かった…!」


 地面にへたり込む。


 スライムはそばで満足そうに震えていた。


――ぜってえドヤ顔してる。


 思わず笑った。


「お前、意外とやるじゃん。あんがとよ」


 スライムは小さく跳ね返りながら、こっちにリアクションをとっていた。


―――やっぱり、こいつ。俺が何言ってんのか、分かるのか。


「なぁ、おまえ―――」 


 ザサッ―――。


 その時、洞窟の奥から足音が響いてきた。


 革靴、甲冑が幾重にも重なり、音を立てている。


 男たちの声も聞こえる。


『 ωμα! Αίμ!? (この臭いッ!?血か!?』


『 πιζώντες! (生存者を探せッ!)』


 叫び声が岩壁に反響して、どんどん近づいてくる。


「…………仲間か? おい、おっさん、助けが来たぞ!」


 肩を叩いて呼びかけるが、意識がまだ戻らない。


 が、このまま救助を待てば、なんとかなりそうだ。


「はぁ。マジで焦っ………た――」


――待てよ。


 背筋に冷たいものが走る。


 視界に散らばる冒険者の肉片、血だまりに転がるミノタウロスの死体。


 そして、さっきこのおっさんが俺を「怪物」を見る目で見つめていたこと。


「俺、このままだと…………討伐対象になんじゃね?」


 足音が近づく。


 5人、いや、10人以上か?


 音から察するに、武装した集団だろう。


 襲ってきたら、ぶっ飛ばす選択肢も――いやいや、頭が悪すぎる。


「くそっ、せっかく人助けしたのに、なんで俺が逃げなきゃなんねえんだよ!」


 咄嗟にスライムを脇に抱える。


 強化外骨格パワードスーツの駆動音が低く唸り、足音が岩壁に反響する。


『  ιζώντες—Τι είνα――ό!? (おい、こっちに生存者がい―――な、なんだ!?あれは―――!?)』


「あばよ、おっさん」


 振り返らず、ダンジョンの奥を目指して走る。


 背後で足音と叫び声が追いかけてくるが、気にする余裕はなかった―――。



―――――


―――――――――


――――――――――――――



「……………結構、走ったな」


 通路は薄暗く、松明の光が岩肌に揺らめく影を落とす。


 足元には血の跡が点々と続き、ミノタウロスが暴れ回った痕跡がそこかしこに残っていた。


 壁には爪痕が深く刻まれ、岩が抉られたように欠けている。


 進むにつれ、目に入る光景はさらに凄惨になっていた。


 通路の脇に、胴体が真っ二つに裂かれた冒険者の死体があった

 革鎧は引きちぎられ、血だまりの中で濁った臓物が広がっていた。


 少し先には、トラップに引っかかったらしい遺体が壁に串刺しになっていた。

 鋭い鉄の槍が胸を貫き、腕が不自然に垂れ下がっている。

 槍の周囲には乾いた血がこびりつき、見せしめのように体が固定されていた。


「趣味悪ぃ………」


 それ以降も、頭部の原型を留めず、赤黒い塊になった死体が不揃いに転がっている。

 近くには折れた剣と盾が散らばり、持ち主が抵抗した形跡もある。


 死体は見慣れているが――ここまで、人の死の匂いで満ちているのは、初めてかもしれない。


 道中、モンスターは一匹も現れなかった。


 ダンジョンボス(?)のミノタウロスを倒したことで他の雑魚モンスターが消える仕様か、それとも俺を「化物」と見て恐れをなしたのか。


 ゲームの仕様なら前者、ダンジョンの生態系なら後者だろう。


 いずれにせよ、今はただ、前に進むしかない。


 スライムを抱えながら、通路を抜け、急な下り坂を駆け下りる。


 足元で小石が転がると、何かに反射し、カツンと音を立てた。


――ッ!、コイツは………いかにも―――。


 巨大な石扉が現れた。


 表面には獣の骨や牙が埋め込まれ、禍々しい彫刻が刻まれていた。


 ミノタウロスが延々と守護していた扉と露知らず。


――RPGならここから出口へ続くルートがあるはずだ!


 そう信じ、扉に手をかけ、力を込めた。


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