〖蜘蛛怪人視点〗
——『イねやぁぁあああああああああああああああああああッ!』
痛みも恐怖も消え、ただ虚無が広がる。
だが、その闇の中で、一筋の光が現れた。
「………あらあら、ずいぶんと派手に散ったものね」
甘く、どこか冷ややかな声が聞こえた。
蜘蛛怪人としての意識は、もはや『魂』と呼ぶべき存在となり、その声に引き寄せられる。
だれだ。
「私は蜘蛛にまつわる女神、アラクネ。あなたの魂に宿る糸の残響が、私を呼んだの」
光が形を成し、銀色の髪をたなびかせた女が現れる。
白いドレスに身を包み、背には蜘蛛の巣のような模様が浮かんでいた。
貼りついた糸にそっと絡め取られるような感覚がした。
アラクネは微笑みながら、こちらを見つめる。
突如、前世の記憶——組織の怪人としての罪、洗脳の鎖、真雲の蹴撃が断片的に蘇り、胸を締め付けた。
そうだ……俺は、死んで……。
「自分が何者か思い出した?」
ああ。
俺は怪人で……人を、罪を犯しすぎた。
「………………」
操られていたからなんて、そんな言い訳が通じないのは分かってる。
女神なんだろ?
地獄ってものがあるのなら、さっさと送ってくれ。
覚悟は……できてる。
「嫌よ。そんなところがあっても、行かせないわ。そもそも、私の役割じゃないし」
は?
アラクネは見透かすように答えた。
「ずっとあなたを見てたわ。組織に作られた怪人だなんて、ほんと不憫な運命よね。洗脳されて、罪を押し付けられて…」
………。
「それでも、あなたは戦いを強いられてきた」
それが、どうした。
あんたがどんなに分かったような口をきこうが……。
俺は、あの戦いで怪人としての人生を終えたんだ。
「怪人としてでしょ?まだ、人としての人生が残ってる」
彼女は微笑みながら、言葉を続ける。
「ほっとけなかったのよね。蜘蛛つながりのよしみってものがあるし。このまま消滅させるなんて、あまりにも惜しいわ」
アンタ……。
俺をどうするつもりだ。
まさか、俺を助けようと?
女神ならもっと他にやるべきことがあるだろ。
「やるべきこと? ええ、あるわ………」
アラクネは悪戯っぽく目を細める。
「もう一度、生まれ変わる気はない?ね、別の世界で、新しい人生を歩んでみましょうよ」
正気じゃない。
新しい人生?
そんな大それたもの、俺に持てる資格なんてない。
「資格があるかなんて、自分で決めることじゃないでしょ」
……え。
「勝手に一人で物語を完結して、それで終わり?自責の念があるのなら、罪を犯した分以上、
…………。
「さあ。何もせずに終わるか、新しい道を切り開くか………選びなさい」
——選ぶ、か…。
初めて、希望のようなものが胸に灯った。
しばらく思考した末、口が開く。
——もう二度と……あんな後悔はしたくない。
「フフ、決まったようね」
アラクネは満足げに頷く。
「あなたに私の祝福を授けます。蜘蛛にまつわる力——『糸の支配』と『毒の刻印』を。その力は、あなたが新しい世界で生き抜くための鍵となるでしょう。ただし…」
アラクネの目から警告の色が浮かぶ。
「その力は強大。使い方を誤ればあなた自身を縛る鎖になるわ。賢く使いなさい。あと………」
最後に、アラクネはくすりと笑った。
「せっかくの新しい人生なんだから、楽しんで♪」
光が遠くなり、魂は新たな世界へと引き込まれた。
「じゃあ、行ってらっしゃい。あなたの糸が、どんな未来を織りなすか………楽しみに見てるわ」
そうして——。
『エオルゼア国』の辺境、『ミルフェン』という村に俺は生まれ落ちた。
父親は屈強な猟師、母親は優しい薬師だった。
赤ん坊の身体は華奢で、銀色の髪がふさふさと生えていたが、俺の意識は赤ん坊のものじゃなかった。
最初は混乱した。
赤ん坊の身体では思うように動けず、言葉も発せられない。
だが、両親の温もりに少しずつ心が落ち着いた。
この温かい繋がりは、俺にはもったいないと感じた。
アラクネの言葉が断片的に蘇る。
『自責の念があるのなら、その分、人を救いなさい』と。
やり直す。
この世界で、生きるんだ。
俺は決意を新たにした。
与えられた祝福についてはよく分からなかったが、前世の後悔を繰り返すつもりはない。
まずは、この世界を知ることから始めようと思う。