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第10話『異世界の文字』

「ここが『バクラダ』か」


 冒険者のみやこ——バクラダは、ミルフェン村の静けさとはまるで別世界だった。


 石畳の通りには馬車がガタゴトと走り、露店の呼び声が響き合い、色とりどりの旗が風に揺れる。

 空を仰げば、遠くにそびえる尖塔が陽光を浴びて燦然と輝く。


「ここ、だよな…?」


 肩に小さな革袋を提げ、銀色の髪を風になびかせながら、目の前の大きな建物を見上げる。


 木と石でできた重厚な扉には、剣と魔法陣が交差する紋章が刻まれていた。


 看板にはリヴェア語で『冒険者管理ギルド、バクラダ本部』と書かれ、文字の曲線が力強く躍動している。


 胸の奥でドクンと高鳴る鼓動を抑える。


「よ、よし、いくぞ………」


 ミルフェン村を旅立ってから数日、馬車と徒歩でようやくたどり着いたこの場所。

 冒険者として新たな人生を始める第一歩だ。

 前世の怪人としての罪、両親に明かせなかった転生の秘密、アラクネの祝福——すべてを背負いながら、今、ここに立っている。


 深呼吸して、意を決して扉を押し開けた。


「おお……」


 ギルドの内部は活気に満ちていた。


 カウンターでは冒険者たちが依頼書を手に大声で交渉し、壁際の掲示板には色とりどりの紙が貼られている。

 革鎧を着た剣士、長いローブの魔術師、獣の毛皮をまとった狩人——さまざまな人々が忙しなく動き回っている。


 落ち着け、まずは登録だ。


 視線を巡らせ、カウンターの一番端に立つ若い女性を見つけた。

 赤みがかった髪をポニーテールにまとめ、動きやすそうな革のベストを着ている。


 彼女は書類を整理しながら、時折冒険者に笑顔で対応していた。


 革ベストの小さなバッジには、ギルドの紋章と『初級受付士』の文字が刻まれていた。


「ご、ごほん。あ、あの……」


 カウンターに近づき、喉を軽く鳴らして声をかける。

 リヴェア語のアクセントを意識しながら、丁寧に、しかし少し緊張した口調で。


 「すみません。冒険者登録の場所は…ここでよかった、ですか?」


 受付嬢は顔を上げ、自分の銀髪と華奢な体つきを一瞬だけ観察するように見つめた。


 その視線に、無意識に背筋を伸ばしてしまう。

 ミルフェン村では気にならなかった銀髪が、この都会では珍しいのかもしれない。


「はい、はい! ここでバッチリですよ!」


 受付嬢は目を輝かせ、弾むような声で答えると、書類の束か一枚を取り出し、カウンターにサッと広げた。


「初めての登録ということで、よろしいですよね?名前と出身地、使える武器や魔法の有無を教えてくださいませ!」


 彼女は少し目を細めて、親しげに微笑んだ。

 そのテンションに、シルバは一瞬圧倒される。


「…………えっと………」


 一瞬言葉に詰まった。


 『糸の支配』と『毒の刻印』の力は、まだ誰にも明かしていない。


 アラクネの警告、『使い方を誤れば鎖になる』——その言葉が頭をよぎる。


 迂闊うかつに明かすわけにもなぁ……。


「名前はシルバ。出身はミルフェン村で、武器は…まだ決めてなくて。魔法は…その、まだ使えない……です」


 慎重に言葉を選んだ。


 『糸の支配』を魔法として申告すべきか迷ったが、他人に見えない力のことを説明するのはリスクが高すぎる。


 とりあえず、曖昧に濁しておくことにした。


「ミルフェン村! 森の辺境の村ですよね? 私も、近くの村の出身なんですよ!あの森の香り、懐かしいなぁ——」


 受付嬢の瞳がキラリと光り、グイッと身を乗り出してきた。


 お、おお。

 めっちゃ食いついてきた。


 さすがギルドの受付嬢、ちょっとした情報で話を広げてくれる。


 緊張をほぐそうとしてくれているのだろうか。


 彼女の明るさに、ミルフェン村での両親との会話が重なり、口元が少し緩む。


「——では、この登録用紙にサインを書いてもらえますか? 」


 彼女はペンを差し出し、ニコッと笑う。


「え………ああ!はい!」


 いかんいかん、気が抜けすぎだ。


 ペンを握り、用紙に『ΞILVΛЯ(シルバ)』と丁寧に書き込む。


「はい、確認いたしました!シルバ様、ミルフェン村出身、武器未定、魔法なし…ですね。初めまして、私、アリアと申します。バクラダ冒険者ギルド本部の受付を務めております。どうぞ、今後とも当ギルドをご贔屓にお願い致します」


「こちらこそよろしく、アリアさん」


 短く答え、視線を交わす。

 アリアさんのプロらしい態度に、ギルドの格式が垣間見えた。


「シルバ様、ご登録にはいくつか手続きがございます。まず、簡単な適性試験を受けていただきます。こちらでは、剣や弓、魔力の有無など、皆様の得意な分野を確認いたします」


「適性試験? どんなことをするんですか?」


「はい、試験はギルドの裏にある訓練場で行います。こちらで用意した武器で的を切る、または魔力測定用の水晶に触れていただく簡単なものです。どなたも『魔力』は必ずお持ちでしょうから、シルバ様のような魔法を使ったことがない方でも、水晶の反応からその人に合った魔法が分かることもあります」


 おお。

 それはありがたい。


「試験の結果が出ましたら、即時、ご報告します。必要とあらば、シルバ様に適した依頼クエストをご紹介できますが……たとえば、都外近辺の『一角兎アルミラージ』討伐のような依頼とか——」


「え、アルミラージですか?」


「ええ…………あ、ミルフェンではそう珍しいモンスターでもありませんでしたね」


 一角兎アルミラージ——ガルドが狩った角付きの兎を思い出す。


 あれも討伐対象なのか。

 群れで動くから厄介なんだよな。


 ミルフェン村ではただの獲物だったが、ギルドでは『クエスト』の対象になっている。

 その事実に、冒険者としての自覚と、俺の新しい道がぐっと現実味を帯びてくる。


 父のガルドから習った狩猟の教えが、ギルドのクエストにも通じる気がした。


「もし一人でのクエストが不安でしたら、掲示板をご覧になってみてはいかがでしょう? あそこに、パーティーメンバーを募集する張り紙がたくさん貼ってあります。新人冒険者向けのグループも多いんですよ!」


 アリアさんは壁際の巨大な掲示板に手を向け、ウインクする。


「掲示板、か……。見てみるのもいいかもしれない」


 小さく頷き、その提案に耳を傾けた。

 アリアさんも書類をまとめながら、柔らかい笑顔で続ける。


「はい、ぜひ! 登録手続きには少し時間がかかります、裏で書類の認証と、ギルドの記録水晶に情報を刻む作業があるので、適性試験はその後になりますね。なので、今のうちに掲示板をご覧になって、どんなクエストやパーティーがあるか、ご確認することをオススメします!時間つぶしにもなりますし、面白い募集が見つかるかもしれませんよ!」


「そうか…じゃあ、見てみようかな。ありがとう、アリアさん」


「どうぞごゆっくり! 何かあれば、いつでもお声がけくださいね、シルバ様! あなたの旅立ちに大いなる祝福を!」


 彼女はそう言ってお辞儀すると、書類を抱えてカウンターの奥へ小走りで向かった。


「………さてと」


 ギルドの喧騒を抜けて掲示板へ歩き出す。


 足取りは軽いが、胸の奥では秘密を抱える不安と、冒険者としての新たな一歩への期待が交錯する。


 掲示板の前に立ち、張り紙の一つ一つに目を走らせ始めた。

 黒々としたインクで書かれた依頼の数々、そして——ある張り紙に目がとまる。


 「ッ!噓だろ、これって……」


 他とは明らかに違う乱雑な書面。

 目立たないような箇所にあったが、自分の目は釘付けになった。


『この文字が読める者へ——早急に仲間を求む。報酬は求めるのであれば、いくらでも。だが、危険は計り知れない。覚悟ある者のみ、このふみを携え【霧鴉の酒場】へ集え。月灯りの席で待つ』


 それは——で書かれていた。



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