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第12話『握った手は離さない』

 霧鴉の酒場の薄暗い店内。


 木のテーブルには使い込まれた傷跡が刻まれ、壁の燭台の炎がゆらめく中、二人の影が揺れている。


 月光が差し込む『月灯りの席』で、シルバは黒いフードの人物——アランと向かい合っていた。


「ふむ、見た目は子どもだが………中身はいくつだ?」


「え、年齢ですか?……えっと、にじゅ————」


「待て待て、冗談だ! 俺より年上だったら気まずいから、答えなくていい!なんだ真面目かよ、お前」


「…………」


 少しムッとするが、アランが軽い口調で続ける。


「冒険者になってどれくらいになる?こっちはマジの質問だ」


「……今日、冒険者登録したばかりです」


「今日!? ハハハハハ! それで、あの貼り紙見て俺のところに来るとはな! いや、感心したぜ、シルバ!ガッツあるじゃねえか!」


「ちがッ!そういうのじゃなくて!………同じ転生者に会ってみたくて……まさか、同じ境遇の人に会えるとは思わなかったから、つい……なんか、冷やかしみたいで………すみません」


「なんだ、そういうことか。まぁ、珍しいもんな、転生者。気にすんなよ。こっちからしたら、転生者に会えたらそれでいいわけだからよ」


「? 、それ…って、どういう————」


「オイ、オヤジ! エール二つ! 一つは軽めでな!」


 アランはカラカラと笑い、カウンターに手を振った。


「酒!?あの、僕この世界でまだ飲んだことないんですけど」


「ハハ、この世界じゃ酒に年の決まりなんざねえ。冒険者の一歩目だ、試しに飲んでみろって。これも何かの縁ってことで、気楽に行こうぜ!」


 アランはウインクし、気さくに笑う。


 そうこう言ってるうちに、老店主が木製のジョッキを二つ運んできた。


 一つは泡立つ濃い麦酒、もう一つは透明感のある軽い酒。

 ジョッキを手に、恐る恐る匂いを嗅ぐ。


 前世でも酒はあまり飲まなかったのだが………。

 一口飲むと、ほろ苦い味が喉を通り、ほのかに温まる。


「…う、なんか、変な感じ」


「ハハハ! 最初はそんなもんだ! 慣れるさ、慣れる!」


 アランはジョッキを一気に半分飲み干し、満足げに息を吐いた。


「せっかく転生者同士で会えたんだ。少し話そうぜ。…お前、前世の記憶ってどれくらい残ってる?」


 心臓が跳ね、前世の怪人としての罪が脳裏をよぎる。


「前世は………ろくでもない人生でしたよ」


「へェ?お前もか、俺もしがないサラリーマンでさ、毎日クソ忙しかったけど、よく漫画とアニメに逃げてたよ」


「漫画……」


 前世にそういう娯楽があったことを思い出す。

 洗脳される前は自分も漫画を読み漁っていたが、組織に縛られてからは、そういうこともなくなった。

 なんだか懐かしさがこみ上げくる。


 ——————


 ——————————


「おい、噓だろ!?『こ○亀』が完結したって、マジで言ってんのかよ!?あれって、終わるもんなのかよ!!」


「どうだったかな。前の記憶はいまだに途切れ途切れで……でも、たしかに完結してたはずですよ。あ、他のメジャーどころなら『進○の巨人』も——」


「はぁッ!?進○も!?」


 アランがジョッキをテーブルに叩きつけ、驚愕の声を上げる。


「うろ覚えでいいなら、最後どうなったか教えましょうか?」


「いや、それは………ちょっと、まだいい。ちなみに『ハン○ー×ハン○ー』は?」


「あー、あそこは休載が多くて、まだ終わりそうにないですね」


「お互い転生のタイミングに差はあれど、あそこの作者は相変わらずなんだな」


「ですね。まさかアランさんがこうも漫画好きだとは思いませんでしたよ」


「へへ、前世じゃ読んでない漫画はないってくらいだぜ」


「へぇ。でも、この世界ってそういう娯楽ないですよね。辛くないですか?」


「そうなんだよ、ファンタジーな冒険は楽しいけどよ、生活かかってくると純粋に楽しめねえんだよな。もう娯楽っつったら、こうやって飲むくらいしか……って、顔赤くなってんぞ、シルバ」


「え、へへ…この酒、結構イケますね………」


「……体はまだ子どもだからな。飲みすぎんなよ」


「そういえば、アランさん」 


 ふと思い出したように尋ねる。


「転生者を集めていたのは…何か理由があるんですか?」


「ん?ああ、それな」


 アランはジョッキをテーブルに置き、ニヤリと笑う。


「この世界に、ダンジョンが存在することは知ってるか?」


「ダンジョン………ええ、村で聞きました。神が気まぐれで作りあげた遺物だと」


「そう!罠だらけの通路、牙むく魔物、んで、運が良けりゃお宝…まあ、死にかけることもザラだがな、冒険者の飯の種ってやつだ。潜る価値は大いにあるってもんよ」


「で、転生者の募集がそのダンジョンと関係あるってこと?」


「その通り!」 


 アランは声を上げ、続ける。


「実は、今狙ってるダンジョンがな。ちょっとばかし厄介なことになってんだよ」


「厄介?」


「んー、奥にでっかい扉があってな。そこを守ってるガーディアンって獣がいるんだけど、他の魔物は片付けたのに、そいつだけが…まぁ、ぶっちゃけバケモノ級にタフでさ。手こずってるってわけ」


「へぇ。そいつって。どれくらい強いんですか?」


「そうだな……生身の人間なんか一捻りで潰すし、剣も魔法もまるで効かねぇ鉄の要塞みたいなもんだな」


「……マジですか、それ」


「マジだ。俺のパーティーも、あっという間に返り討ちにあってな。そこに潜るには、普通の冒険者じゃ心もとねえって結論になったんだよ。そこで目をつけたのが転生者だ。ほら、俺らってその辺の奴らとは比べもんにならない『力』を持ってんだろ」


 アランは片眉を吊り上げ、こちらを値踏みするようにじろりと見る。


「シルバ、お前も、何か持ってるよな?」


 アラクネのが脳裏を過る。

 だが、言葉が喉に引っかかり、口から出てこない。


 「ハハッ! 図星か? ま、いいって。転生者なら誰だって一つや二つ、秘密抱えてるもんだろ。無理に聞き出したりしねえよ。信頼ってのはさ、時間をかけて築くもんだ。」


「……………」


 アランはジョッキを傾け、ふっと笑みを浮かべる。


「俺さ、いつか前世の世界に戻りてえんだよ。クソ忙しかったけど好きに生きれたあの日常にさ」


「前世に戻る? そんなこと、できるんですか?」


「わかんねえ」 


 アランは肩をすくめ、苦笑する。


「でもよ、ダンジョンには、なんでも願いを叶えるって噂の『神』がいるらしい。もしそれが本当なら、俺は試してみてえ……バカみたいな夢だって、笑うか?」


 首を振る。


「………笑いませんよ」


 この世界じゃ、生きるってだけで命懸けだ。

 モンスターと対峙して、命を落とす冒険者なんて珍しくないはず。


 それに比べれば、前世の日本は……なんて平和だっただろうか。


「アランさんの気持ち、わかる気がします。僕も時々、思い出すんです。前の世界のこと。友達とか、家族とか…なんか、恋しくなるんですよね」


「へえ、お前もか。やっぱ転生者同士、話が合うな!」


  ジョッキを軽く掲げ、アランは続けた。


「なぁ、シルバ。これも何かの縁だ、パーティに加入してみねえか? 必要なときに力を貸してくれたらそれでいい、あとは俺に任せとけよ」


「え、そんな急に————」


 いきなりダンジョンって——新米冒険者の自分には流石に荷が重すぎる。


 うつむいて、テーブルの木目に目をやる。


 どうする。


 この世界に来てから、ずっと自分の存在意義を探してきた。

 誰かの役に立ちたい、って。


 そう思っていたはずだ。


 初めてできた仲間。

 アランが前世に戻りたいと願うなら、その夢に手を貸すべきじゃないか?


「どうだ…シルバ?」


 ゆっくりと顔を上げる。

 期待の眼差しと気さくな人柄が心を動かす。


「僕みたいな新米でも、本当に役に立てますか?」


「新米だろうが、関係ねえよ」


 そう言ってアランは少し照れた笑みを浮かべながら、右手を差し出す。


「大事なのは、挑まんとする『覚悟』だよ」


「……僕でよければ、よろしくお願いします、アランさん」


  目の前の手を力強く握り返した。


「よっしゃ!!これでお前も正式にパーティメンバーだ! 難攻不落のダンジョン!ぶちかましてやろうぜ!」


 アランの勢いに押されつつ、思わず笑う。

 握手の温もりに、緊張と期待が混じった不思議な高揚感が胸に広がった。


 窓から差し込む月光が二人の影を長く伸ばす。


「そういえば、他のメンバーは?」


「メンバー?ああ、今もダンジョンに潜らせてるぞ、ガーディアンの体力を少しでも削りたくてな。でも、まぁ……結構、時間経ったし……もう死んでるかもな」


「は?」


「大丈夫、大丈夫。俺ら転生者と違って、あの連中は代えが利くんだ。仲間ってほどじゃねえしさ。減った分はちゃんとする。効率ってやつだ」


「ちょ、ちょっと」


 アランの目に底知れぬ何かを感じる。


「なんだよ、安心しろって。見てるだけでいいからよ。な?楽なもんだろ?」


 背筋に冷たいものが走った。

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