「アランさん……今の、それ……どういう意味ですか」
聞き間違いだったら、どれだけよかっただろうか。
アランの言動に、酔いが一気に
「ん? 何が?」
「死んでるかもって……仲間じゃないって」
「ああ、あれか!ちがう、ちがう、お前はちゃんと仲間だよ!んだよ、同郷の仲だろ?」
「とぼけないでください!さっきだって、代えが利くとか言ってましたよね?なんでそんな、ここの人たちを……人じゃないみたいに———」
「人じゃねぇよ」
「……は?」
「知ってるか?俺たちの体って、脳や筋肉、血なんかの人間らしい機能は半分で、残りは内包されてる魔力で生命を維持してんだ。見た目は人と一緒なのによ、骨はスカスカ。所々開きまくった穴に、魔力が通ってんだぜ」
この世界の人体構造なんて………知らない。
けれど、その言葉には何ともいえない嫌悪感がこみ上げてくる。
「……それが、どうしたって言うんですか」
「この世界に生まれて9つくらいか、父親を名乗ってたが
アランの目がわずかに細まる。
「なぁシルバ。この世界には『人』なんていねぇ。俺も、お前も、ここにいる誰もが、ただの人の形をした異物だ。だから死んでも、なんとも思わねぇ」
喉が詰まる。
アランの考えは異常だ。
間違ってる。
「お前を産んだ母親だって———」
———ダンッ。
思わずテーブルを叩き、言葉の続きを遮った。
「やめろ……俺の親を、あんたの歪んだ価値観で汚すな」
「見損なったよ、アランさん。僕は……いや、俺はあんたと同じ世界の人間であることを、今、
「………………」
「俺はこの世界で、誰かの助けになりたいと思って生きてきた。あんたみたいに命を軽んじるヤツは、絶対にわかり合えない。パーティーの件、やっぱり断らせてもらう」
「それ……本気で言ってんのか?」
アランの声が低くなる。
「ああ、二度とあんたの顔は見たくない」
立ち上がり、革袋を肩にかけ直す。
「……そうかい。ま、いいけどさ」
アランは少しの間だけ自分を見つめ——不意に口元を歪めた。
「あーあ、やっぱ使うことになるかー」
「………どういう意味だ?」
アランはテーブルに身を乗り出し、カウンターの方へ目をやった。
「 𝖒𝖆𝖑'𝖘 𝕰𝖈𝖍𝖔, 𝕿𝖎𝖒𝖊!(おい、オヤジ! ちょっとこっち来いよ!)」
カウンターの隅でジョッキを磨いていた店主が、ゆっくりと顔を上げる。
目は濁っていて、どこか虚ろだった。
無言のまま、こちらに歩み寄ってくる。
「 𝖚𝖑'𝖘 𝕰𝖈 𝖊𝖓𝖙 𝕾𝖙𝖆𝖗𝖉𝖊𝖗𝖘, 𝕮𝖔𝖘𝖒𝖕𝖔𝖙𝖍𝖊𝖔𝖘𝖎 𝕺𝖇𝖑𝖎𝖛𝖎 𝖎𝖒𝖊(今からシルバに俺の力を説明したいんだ。言葉だけじゃ説得力に欠けるからさ、死んでくれ。できるだけ派手にな)」
アランのふざけた言動に、心臓が凍りついた。
「は!? 何を!? ふざけ——」
『 𝖘' 𝕮𝖆𝖑𝖑(ああ、いいとも)』
店主は低くつぶやき、カウンターからナイフを取り出す。
そして——何の
———プシュ
血がテーブルに飛び散る。
「う゛……あ゛ッ…………」
こめかみからナイフを離すと、さらに強く、深くまで突き刺す。
それを何度も、何度も。
勢いは止まらない。
「やめろ! やめろって!」
店主に駆け寄ろうとした。
だが——。
「動くな、シルバ」
アランの声が、脳の奥を揺さぶる。
思考が縛られる。
顔をそむけることすらできない。
店主が自らを切り刻む様を、ただじっと見続けることしかできなかった。
やがて、店主は床に崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。
「あーあ、この店、根城にすんのに丁度よかったんだけどよ。うん、ダメだ、酔った勢いで命令すんのは……。よくよく考えたら、殺すの…このオヤジじゃなくてもよかったじゃん」
アランは肩をすくめ、死体を横目にジョッキを飲み干す。
視線をアランに向き直す。
「な……何を…した」
「転生した時、神を名乗るヤツからもらったんだよ。『
アランはジョッキの中を覗きながら続ける。
「この世界の連中、体の半分は魔力で動いてるつったろ?なんつーか上手く説明できねぇが………俺に一度でも触れた奴は、そいつの魔力を通じて、俺の命令を聞くようになる。脳の電気信号みたいな感じにな」
「まさか、俺にも……」
「おお、勘違いすんな?保険としてだぞ?マジで仲間だと思ってたんだからな。それをお前、裏切りやがって」
「……ッ」
「抵抗しても無駄だ。さっき手ぇ握ったろ、もうお前は俺の駒だ」
油断した。
神から授かった力に、精神を干渉するような、そんなふざけたモノまであるなんて……。
「まだ初期段階だから、『従ったほうがいい』って気分になる程度だけどな。ま、すぐに俺の指示なしじゃ何もできなくなるぜ。そこの死体みたいにな」
コイツ……!
そんなくだらない証明をするために店主を……!
「そうそう、お前くらいの
話の最中、アランの下腹部が不気味に膨らんでいた。
「狂ってる……」
アランは笑う。
「ハハぁ。気持ちいいなぁ。抵抗できねぇヤツに、自分をさらけ出すって最高にギモチいぃよなぁッ!そうだシルバ、お前も晒せよ!隠してる力とか、ここで言ってみろ!」
手の内を見せると、いよいよこの場を切り抜ける手段がなくなる。
でも……。
「……手から、俺にしか見えない糸を出す。強度や形は自由に操れる……あと、触れた相手を溶かす毒が、血に宿ってる」
言葉が自然にこぼれ落ちる。
「ふーん、能力二個持ちか。そのわりには地味っていうか。パッとしないな」
アランは期待外れだとばかりに落胆する顔を見せる、が…。
「………いや、まてよ。自滅覚悟でコイツをガーディアンに突っ込ませたら、その毒で……お、これいけるんじゃ?やっべ、俺天才じゃねえか!」
胸の奥で、怒りが渦を巻く。
アランの言葉が、命を玩具のように弄ぶ子供の戯言のようで——。
「可哀想なヤツ」
思わず口に出す。
「?、なんつった?」
「誰かを傷つけることでしか、自分の存在を誇示できない、そんな可哀想なヤツだって言ってるんだ。前の世界に戻ってところで、お前は……はみ出し者だ。それで、見下されるんだよ……お前と同じ、口先だけの連中にな」
アランの顔が、素に戻る。
「へぇ、偉そうな口、叩くじゃねぇか。これからガーディアンと心中するってのによ………気が変わった。意識があるうちに、灸を据えてやろう」
「やってみろ、お前なんかに——」
「右腕の人差し指を折れ」
体が勝手に動いた。
右手をテーブルに置き、人差し指を左手で勢いよく掴む。
グキッという音とともに、鋭い痛みが走る。
「がうあ゛ッ」
鋭い痛みが走り、思わず声が出る。
「次、中指を折れ」
———バキッ。
「ぁ゛あ゛ッ゛」
さらなる痛みが襲う。
汗と涙が頬を伝う。
歯を食いしばっても、抗うすべもない。
「次は薬指。ほら、さっさとやれ」
———
—————————
——————————————————
「はぁ、はぁ」
右腕の指が全て不自然に曲がっている。
それでも、目だけはアランを睨む。
「へぇ、まだそんな目ができんだな。じゃ、今度はその減らず口を使って左手の指な。終わったら、綺麗に治してやるよ。そしたら、また最初からだ」
「ハァ、ハ……グ……」
あれだけ叫んでも客たちは、こっちを見ようともしない。
もしかしたら、この店の全員がアランの支配下にあるのかもしれない。
アランは愉悦に満ちた目でこっちを見ていた。
「俺がションベン終わらせて戻ってくる頃には、お前の目は従順な犬のそれになってるはずだ。せいぜい気張れよ、シルバ」
「ぐっ………くそ……くそ………」
涙をこぼし、左手の人差し指を奥歯でしっかり固定する。
そして———。
〖アラン視点〗
「うヴヴヴヴヴァ゛ヴヴァァ゛ッ!!!!!」
アランは悲鳴を背にして独り言を呟く。
「はあ、やっとまともな奴に出会えたと思ったのにな。バカに説教されるとか、ほんとムカつくぜ」
軽い足取りで、カウンター横の厠へ向かう。
扉の取っ手に手をかけるが、開かない。
「…………?こんな立て付け悪かったか?」
今度は力を込めて扉を引く。
ブチッ、と何かが千切れる音がした。
扉の内側にはジュクジュクと
「なんだよ。これ………」
灯りを含めて室内全体が根に覆われていた。
中に、誰かいる。
暗い空間に、人の形をした影があった。
背後からの光で目を凝らす。
それはマスクを被っていて、じっとこちらを見つめていた。