〖アラン視点〗
いったい、いつから……そこにいた。
今日は一日、この酒場を貸し切りにしていた。
端っこでエールをちびちび飲みながら、張り紙を見てやってくる転生者を待っていたのだ。
なのに、こんな怪しい奴、店に来た覚えはない。
警戒の色が自然と濃くなる。
そいつは
冒険者には見えない。
傭兵でもない。
何だ、こいつは。
「………………」
そいつは無言で、じっと俺を見据える。
月光が窓から差し込み、その顔を半分だけ照らす。
仮面のようなものを付けていて、表情が全く読めなかった。
「どうも」
突然、そいつが語りかけてきた。
しかも、場違いな軽い挨拶で。
「…あ、え…どうも…」
一瞬言葉を失いそうになるが、思わず反射的に答えてしまう。
「おおおおおおおお!通じたぁあああ!!マジか、すげえッ! やっと言葉の通じる人間に会えた!」
急なテンションの上がりように、ビクッとなる。
こいつ、転生者…!
いや、だが……。
転生した割には、この世界のものとは思えない機械的で、奇妙な装いが目につく。
まるで、別の世界からそのまま来たような——。
「いやぁ、助かった!成り行きで、気づいたらここまで来ちまったって感じでさ!」
そいつは興奮気味に声を上げ、ズカズカと俺に歩み寄ってきた。
無遠慮な足音が木の床を軋ませる。
背後からの酒場の光で、そいつの姿が鮮明に見えてきたが——。
ギョッとなり、さらに後ずさった。
全身に血がべっとりと、こびりついていた。
「?、お、おい、なんで離れるんだよ」
そいつは首を傾げ、自分の姿を見下ろす。
「やべ、返り血が——」
めちゃくちゃ物騒なことを呟いていた。
「ち、ちがっ、人じゃないから!安心しろ決して怪しい者じゃない!ほら、よく見てくれ!」
両手を上げ、武器は所持していないとアピールしている。
なんだろう、モンスターが威嚇してるようにしか見えない。
足元でスライムが飛び跳ねていた。
「そのモンスターと…共闘して……」
「だから、ちげぇっ!!」
スライムは厠の出口に向かって跳ね、俺の前を素通りしていく。
「おい、勝手に——」
そいつもスライムを追いかけて駆け出す。
しまった!
その先は……!
——ヴヴヴァ゛ヴヴァァ゛ッ!!!
甲高い、苦痛に満ちた叫び声が酒場に響き渡る。
シルバの声だ。
カウンターに戻ると、そいつは一つの方向を見ている。
酒場の薄暗い店内、月光が差し込む一角。
そこにはテーブルに突っ伏して痛みに喘ぐシルバがいる。
細い腕が震え、折れた指が不自然に曲がっていた状態で——。
近くには、頭部にナイフが突き刺さった店主の死体もある。
「……なんだよ、これ」
「チッ」
見られた。
面倒なことになってしまった。
誰にも邪魔されないと
そいつは死体を
「おい……しっかりしろ!おい!」
シルバの肩を掴んで顔を覗き込んでいるが、焦点が合っていない。
無理もない。
折れた指の痛みに加え、俺の能力で精神を
「待ってろ!まだくすねたやつが……今、治してやるからな!」
そいつはポケットをゴソゴソと漁ると、緑色の小瓶を取り出した。
瓶の中の液体に、金色の沈殿物が見える。
高純度の回復ポーション——ハイポーションだった。
ダンジョン攻略の要ともいえるレアアイテム。
冒険者なら喉から手が出るほど欲しいものだが、入手が難しく高位の冒険者でも1つ、2つ、持っているかどうか。
こいつ、レアアイテムを
本来、数滴かければ十分なポーションを、そいつはシルバの折れた指にぶっかける。
指が目に見えて、修復していく。
骨が整い、肉が再生し、シルバは喘ぎながらも息を整える。
「う……うぅ、ッ!?」
シルバはそいつの存在に気づく。
血まみれの姿に一瞬ビクつきながらも、かすれた声で呟く。
「どうしてここに……レイダーが…」
「??………今、俺のこと…」
シルバの知り合いか?いや、反応を見る限り違うようだが。
シルバはハッとし、震える目で離れたところにいる俺を睨む。
とんだ邪魔が入り込んだ………が、転生者ならむしろ好都合だ。
俺はそろりとそいつの背後に立つ。
負傷してるやつをみて、すぐに助けようとするあたり、こいつもシルバと同じ正義感の強いタイプ。
能力を発動させるには、触れるだけでいい。
背中でも肩でも、指先が触れれば、こいつは俺の駒となる。
「へあぶっ!!」
振り向きもせず、そいつは払うような裏拳を俺の顔面に叩き込んだ。
鈍い衝撃。
視界が白く光る。
鼻と口から血が流れ、床にぽたぽたと滴る。
たまらず地面に
「ぐぞっ…」
「なぁ」
そいつは振り返り、冷ややかな声で続ける。
「そこに転がってる死体も合わせて、やったのお前か?」
「ふぅ、ふぅ………それ…答え聞く前に殴るか……普通…………」
「不意打ちかまそうとしてきたやつが、『普通』を語るなよ。いいから答えろ……でなきゃ次は
「………はァ。ペッ」
唾液と絡めた血を吐き捨てる。
「ああ、やったよ………で、それがどうした。説教でもする気か?ヒーロー気取りがよ」
「ヒーロー?そんな立派なもんじゃねぇよ」
「だったら、なんだ」
「ガキに手を出すようなクズを見ると、いてもたってもいられねえ。この生き方を選んだ以上、お前みたいなクズを放っとくわけにはいかねぇんだよ」
「………偽善者め。幕切れだ、
この力は、触れた相手を魔力を通じて心を縛る。
一度触れれば、誰も逆らえない。
それは、他者から触れてきても例外なく発動する。
「ククク。終わったよ、お前」
「…………」
そう、これで終わりのはず。
だが―――。
「……何言ってんだお前」
「…!? ……」
命令をきかない!?
裏拳を受けた瞬間、確かにこいつは俺に触れた。
発動条件は満たしている。
なのに、なぜ——。
「そんな、何が起きてる………なんで言うことをきかねぇ!…俺の力は…どんなやつでも操れるんじゃねえのかよ!!」
「……操る?ばっかじゃねぇの?」
やれやれと呆れた様子で話す。
「話は終わりでいいか?」
「く、くるな」
「ったく。なんでこうも俺は、洗脳とか操るとか、そういう厨二病こじらせたサイコパスどもに縁があるのかね」
そいつの足音が近づくたび、心臓が締め付けられる。
初めてだ、こんな感覚。
殺気とでもいいのか。
まだ何もされていない。
それなのに。
ヤツが右足を振り上げ、そのまま俺の顔面を——。
脳裏に、死のイメージが浮かんだ。
「ガルザック!助けろ!」
焦って叫ぶ。
裏で控えさせていた老剣士が立ち上がる。
5メートルほど離れていた距離を数歩で詰め、俺とヤツの間に入り込む。
抜き放たれた刃が月光に反射し、ヤツの首に——。
——ギンッ
「……ありえねぇ」
並の冒険者なら、視認する前に首が飛んでいる。
だがそいつは
「ゼルド!リナス!お前らも出てこい!」
壁際でカードを置いた二人の男が動く。
ローブをまとい、杖を握った魔法使いたち。
一人が老剣士に呪文をかけると、赤い光に包まれる。
「え、なにこれ。じいさんが光ってんだけど…もしかしてバフ?バフかけてるのか?」
刀身が振動し、掴んでいた手が弾かれた。
老剣士は距離をとり、剣を再び構える。
「おお、手が……」
そいつの軽い口調に、
駒たちはいつも通り動く……俺の能力に問題があるわけじゃねぇ。
だったら、おかしいのはコイツか?いや、降りかかってきた剣を掴む時点で十分おかしいとは思うが。
転生者の力?俺の能力を無効化するような……。
——『いやぁ、助かった!成り行きで、気づいたらここまで来ちまったって感じでさ!』
あの言動。
あのふざけた格好。
……まさか!
思考の末、一つの結論にいたる。
「てめぇ……前の世界の体のまま、
「は?お前もそうだろ?」
そいつは首を傾げ、さも当然のように返答する。
この反応、間違いない。
前の世界に、魔力なんて概念はない。
当然、魔力を流通する肉体だって存在しない。
だからだ。
能力が通じなかった。
転生ではなく、転移。
自分でも
魔力という媒介がないなら、俺の力はただの言葉にすぎない。
こんなイレギュラー放っておく理由がない。
それに。
「どうやってここまで来たか、細かく教えてもらおうか」
「どうやってって、光に吸い込まれて、牛と戦って、根っこに絡まってここまで来たけど」
「…………」
「…………」
「話したくないのなら、いたぶってから吐かせてやる」
「いや、言ってんだろ!聞けよ!」
釈然としない空気の中、戦いが始まる。