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第16話『豆腐』

 真雲とガルザックが対峙する中、シルバは必至に助けを呼ぼうともがき続けていた。

 魔力感染に意識をむしばまれながらも、わずかに残る自我で懸命に抵抗を試みる。


「余計なことすんじゃねえぞシルバ!」


 アランの命令と同時に、シルバの体が硬直する。


「黙って見てろ。お前のせいで、また誰か死ぬところをな!」


「ぐっ……」


 シルバは自分の無力さに奥歯を噛み締める。

 その傍らで、アランは今の戦況を冷静に分析していた。


 アランにとって、シルバは今回のダンジョン攻略におけるかなめだ。


 戦闘の巻き添えで死なせるわけにはいかない。


 ましてや、ガルザックの足手まといになるくらいなら、余計な加勢は不要。

 その場で完全に身動きを封じた方がよほど賢明だと、アランは踏んでいた。


 そんなアランに真雲は吐き捨てる。


「いい歳こいて、自分に都合いいような解釈ガキに押しつけてんじゃねぇよ。ヴォ〇デモートか、てめぇは」


「ああ゛……?」


 アランの標的が再び真雲に移る。


「ハッ、状況みろよ!お前も少しはやるようだが、今のソイツを前に……んなこと言える余裕あんのか?」


「…………」


 真雲は先ほど刀身を掴んでいた強化義手グローブに目をやる。


 浅いながらも--てのひらの部分にくっきりと傷跡がついていた。


 この世界に足を踏み入れて以来、真雲にとってこれは初めてのだった。


 目の前の現実が、今までの敵と違うことを突きつけてくる。


 真雲は強化魔法バフという概念が、この世界に存在することを身をもって理解した。

 その上で、目の前の剣士と自身の力量差を測る。


 もし、あのじいさんがもっと強くなってるってんなら……厄介だな。


 内心で舌打ちする。


「おい、じいさん」


 声をかけるが、ガルザックはピクリともしない。


 剣を再び構え、僅かに切っ先を下げて次の行動を待っている。


「あんたも、そこにいるクズの仲間なのか?」


「…………」


 やはり、ガルザックからの返答はない。


 俺の言葉が理解できないのか、聞く気がないのか、それとも……ガチで操られてんのか。


 目が死んでいる。

 クズの後ろにいる二人もだ。


 何も答えてくれない。

 いや―――。


 剣先が……微かに震えている。


「………そうかい、よく分かったよ」


 真雲は語りかけるように呟いた。


 その間にも、二人の魔術師がガルザックに強化魔法を重ね掛けする。


『𝖆𝖊𝖗…𝖗𝖉𝖊…𝖆𝖆𝖑𝖗𝖉!(肉体に宿りし……古き血潮よ……)』


『𝖗𝕺𝕮𝖔𝖑𝖎𝖛𝖎……𝖆𝖗𝖉𝖊!(虚空に揺らめく光よ……今こそ邪なるものを断ち斬る刃と……)』


 真雲は詠唱している様子をまじまじと見る。


 『がんばれ!がんばれ!』と二人の男が応援しながら、じいさんにきらめく光のエフェクトをかけてるようにしか見えない。


 ちょっと自分でも何を言っているのか、分からなくなっていた。


「さて、と……」


 強化外骨格パワードスーツから、金色のラインがぼうっと浮かび上がる。


 ゼルドとリナスの詠唱がぴたりと止まった。


 どうやら、準備は整ったらしい。


「やれ」


 アランの一声で、そこにいたはずのガルザックが、一瞬で真雲の眼前に迫った。


 さきほどの剣閃とは比べ物にならない、音を置き去りにするほどの速度で剣が振り下ろされる。


 真雲はその攻撃を掴むのではなく、紙一重で払い、いなした。


 急所を狙う正確な軌道は、彼にとって読みやすいものだったのだ。


 すかさずガルザックの顔面へ右足を振り上げるが、カウンターを狙うかのようにガルザックは剣を引く。


 突如、重りがのしかかったような感覚が襲った。


「っ!やばッ!」


 すぐに足を引っ込め、ガルザックとの距離をとる。


『𝔒𝔥, 𝔄𝔢𝔯𝔱𝔥𝔞...𝔈𝔩𝔡𝔯𝔙𝔞𝔩𝔬𝔯(大地に縛られし影よ……永久に歩みをとざさん……)』


『𝔖𝔥𝔞'𝔄𝔯……𝔞𝔫𝔄𝔩𝔲𝔫𝔑𝔦…𝔯(からの嘆きよ……の息吹を奪い去れ……』


 奥にいる二人が、真雲に向かって何かを唱えていた。


 なぜだか足取りが重い。

 呼吸もわずかに苦しい。


弱体化魔法デバフもあんのかよ!」


 そうツッコミながら、迫りくる剣を紙一重で躱し続ける。


 その後も攻撃をしかけるが、蹴りのモーションに入ると体が止まってしまう。


「くそっ、やりづれぇ!!」


 いつもの軽快な動きができない。

 体幹がブレ、無理に動けば余計に体が力んでしまう。


 後衛にいる2人が鬱陶うっとうしい。


 一定で圧力かけてくるならまだしも、交互にデバフをかけてくるもんだから、足がカクカクする。


 一人でもいいから後衛をどうにかしようと動くが、その度にガルザックがそれを阻む。


 正面からの斬撃、下からの突き上げ、変幻自在の軌道を描く斬り払い。

 そのどれもがスーツの装甲を掠める。


「クソっ……!」


 身体を捻り、最小限の動きで剣を避けていく。


「ッ……!」


 当っていないはずのテーブルが両断される。


 斬撃の勢いは止まらない。

 床には次々と深い傷跡が刻まれ、剣は加速を続けていく。

 ガルザックの斬撃が、最高速度に達しようとしている。

 放たれる剣圧のみで、周囲の物体がいとも容易く断ち切られていく。


 回避を繰り返すたび、足元の畳や板張りの床がけたたましい悲鳴を上げる。


「しまっ―――」


 足場の床が、自重に耐えきれなくなった。

 真雲の体が後ろに向かって、大きく傾く。


 ガルザックがそんな隙を見逃すわけもなく、渾身の突きが真雲の胸元目掛けて、一直線に迫る。


 真雲の視界には、ニタニタと笑っているクズが映った。


 勝った、そう思っているのだろう。


「このタイミング、この角度……」


 この短い時間で、真雲はガルザックの攻撃パターン、そしてほんのわずかな剣の振りの癖さえも記憶していた。


 これなら……。


「いける」


 ガルザックに余計な損害を与えず、剣だけを無力化できるこの一瞬を待っていた。


 右足が閃光と化す。


 ガード、回避は不要。

 狙うはただ一つ。


 右膝を真上に跳ね上げ、その勢いをもって刀身に叩きつける。


――ガギン。


 けたたましい金属の悲鳴が響き渡る。


 鍛え上げられた鋼があっけなく断裂し、破片が四方へ飛び散る。


 そのまま右足を流れるように前へと伸ばし、トンっと、ガルザックの腹部へ。


 気持ち強めに前蹴りを放った。


 衝撃でガルザックが数メートル吹っ飛び、後衛のゼルドに激突する。


 二人はそのまま奥の壁に叩きつけられ、失神した。


 真雲は体勢を立て直し、もう一人の後衛、リナスの方へ走り出す。


 身を守ろうと何か詠唱しているが、かまわずその頬に軽いビンタをくらわせる。

 一回転して頭から床にめり込み、伸びて動かなくなった。


「あー、やっと終わったぁ」


 アランが目を剝きながら、真雲を見る。


「……なぜだ、なぜそれほど……たやすく……」


「たやすいわけねぇだろバカ!お前、豆腐を崩さず蹴ったことあんのか!?半端に強くなってるから、力の加減すげぇ大変なんだぞ!?」


「と、豆腐……」


 何度も攻撃を止める羽目になった。


 いつもの蹴りだと力が強すぎて、うっかりガルザックを殺しかねないからだ。


 真雲はこの世界に来て――まだ本気を出せていない。


 良くても、せいぜい三割程度の力。


 ミノタウロスを蹴り殺したとき、まさか頭が破裂するとは思ってもみなかったし、アランに裏拳をかましたときも、もう少し強めにスナップをかけていたら、顔面が陥没して即死していたかもしれない。


 グローブの傷は、紙で指を擦った感覚くらいのもので、ガルザックに関しても、どれだけバフがかかっていようと真雲からすれば『豆腐』が『厚揚げ豆腐』になった程度の認識でしかなかった。


 この世界は――真雲にとって、あまりにももろすぎるのだ。


 アランの目が恐怖で凍りつく。


「待て……死にたくない……」


「……安心しろ。さっきので、加減は覚えた。殺さねぇ程度に蹴るからよ……歯ぁ、喰いしばれ」


「そん――」


 アランの言葉を遮るように、真雲の蹴りが顎に吸い込まれる。


 衝撃でアランの体が浮き上がり、そのまま――。


 ―――


 ―――――


「ふぅ、スカっとしたぜ!」


 頭上から、パラパラと木の破片と埃が降り注ぐ。

 床には血と、砕けた歯が散らばっていた。


「な……な……」


 シルバは、あまりの結末に腰を抜かしていた。

 『え、これ死んでない……!?』と言いたげに、天井に突き刺さり、ぐったりとぶら下がるアランを凝視する。


 たとえ生きていたとしても、あんな蹴りを食らえば――顎は砕け、生涯まともに話すことすら、ままならないだろう。


 真雲はシルバの方へ歩み寄ると、手を差し出す。


「動けるか?」


 シルバには一瞬の躊躇ためらいがあった。

 相手は前世で敵対していた存在、根深い因縁がある。

 しかし、この男は自分を助けてくれたのだ。


 小さく息を吸い込む。


「……はい」


 シルバの手が、差し出された掌を掴む。


 冷たい機械のグローブ——。

 それなのに、触れた掌はなんだか温かかった。


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