〖真雲視点〗
「転生、特別な力、ねぇ………」
助けた子どもから話を聞いた結果、あのクズはアランという名前だと知った。
生きたまま人間を
どうやら、この世界に足を踏み入れた者は、まず自称『神』とやらから人智を超えた力を授かるようだ。
普通ならこんな話、『へー、そうなんですね。ちょっと用事思い出したんで、失礼します』でスルーするところだが…………もうここまで来ると、ね?
転生者にチートスキルとか、ファンタジー系のラノベじゃ常識だろうし。
「いや、待て。俺、そういうの貰ってないんだけど」
「え」
「え」
「それは、ちょっと僕にも…」
「あ、でも道中でこれ貰ったんだった。もしかして、伝説級のアイテムとか――」
胸ポケットから取り出したのは、石サイズの根っこの塊。
それをキュッとつまむと、ドクンドクンと脈打ち、女の叫び声のような音を上げながら、数センチの触手が飛び出る。
「キモッ!!え、なんですかそれ!キモいキモいキモい!!」
えー。
何その反応。
やるせないんですけど。
泣きそうなんですけど。
見せなきゃよかったと、それを胸ポケットに戻す。
「……そういや、さっき俺のことを『マスクドレイダー』って言ったよな」
「あ」
『
それは俺が怪人をやめた時、組織の連中に宣戦布告として名乗った呼称だ。
「えっと、言いましたっけ?」
「いや、そういうのいいから」
「でも、やっぱり……知らないほうが……お互いのためというか」
「言えよ! こっちはレアアイテムだと思って我慢して受け取ったのに、結局呪いのアイテム扱いされてガッカリしてんだよ! 今さら大した話じゃないかもしれないけど、俺がテンション上がる情報かもしれないだろ!」
「…じゃあ……」
―――――
――――――――
――――――――――――――――
「はああああああああ!? あのときの蜘蛛怪人!?お前が!? いやいやいやいや――!」
目の前に立ってるのは、背丈160センチにも満たない、垢抜けない顔をした銀髪の青年。
「だって、いや……でも雰囲気違いすぎるし………ガキだし」
「ガキじゃなくて、シルバです。転生しましたからね、見た目だって変わりますよ」
「……………」
「あの、聞いてます?」
「あ、ああ、聞いてる聞いてる」
俺は咳払いしてシルバに目をやる。
「い、一応確認するが、俺の本名は?」
「真雲零」
即答。
「最後に戦った場所は?」
「廃工場だったかな。十五人の戦闘員たちが一瞬でやられて……」
そこまで覚えているのか
ならば――。
「俺が今まで怪人に使った武器は――」
「全部蹴りで終わってますよね」
「必殺技の名――」
「ないですよね?僕のときも『いねや!』って適当な掛け声で、飛び蹴りかましてきましたよね?」
「すごい、全問正解」
同時に膝をつく。
間違いない。
目の前のガキ……いやシルバは、俺がかつて戦った蜘蛛怪人だ。
……え、ええ………。
たしか、ハディも言っていた。
『転生は輪廻の定めに従うが、転移は別。どうやら、何者かの手によって、この世界に迷い込んだようだな……』
あの言葉が、急に重みを帯びてくる
あの口ぶり。
前の世界の人間がこの世界に来るなら、普通は転生を通じてってことだよな?
だから……。
『知人の許へ送ってやる』
知人って、コイツのことだったのかよ!
複雑な気持ちになった。
だって転生だろ?
それ、俺が殺したのが原因ってことだよな。
だとしたら、気まずい、気まずすぎる……何してくれてんだ、ハディあの野郎。
どんな顔してコイツと話せばいいんだよ。
マスクで顔が隠れてるのが唯一の救いだわ。
シルバの言う通りだと思った。
強引に聞き出すべきじゃなかった。
この気まずい空気、シルバが渋っていたのは、こんな雰囲気になることを見越していたからだろう。
「あの、この際ですが……前世のことはすみません」
突然、シルバが急に頭を下げる。
何?
なぜ謝る?
言葉が出てこない。
「言い訳になりますが、僕もその……組織に洗脳されてて。でも、真雲さんの人生台無しにしたこと、ずっと心残りで――」
「わ、分かった!頼む!それ以上はもういい!それ以上は……俺の良心が耐えられない!」
慌てて手を振って言葉を遮る。
敵とはいえ、殺した相手に気を遣われるって……。
シルバは、滅茶苦茶いいヤツだった。
だからこそ、心のHPがゴリゴリ削られる。
うーん、うーんとしている俺をよそに、シルバはあたりを見回していた。
周囲を見回すシルバの視線に、俺もハッと我に返る。
散乱したテーブルと椅子、血と酒が混じる床、割れた窓ガラス。
気絶した老剣士と魔術師二人。
そして――天井に突き刺さったアラン。
シルバが遠慮がちに口を開く。
「あの………とりあえず、この状況を……」
「!そ、そうだな!話したいことは山ほどあるけど、まずはそっちが先だな!」
内心、ほっと胸を撫で下ろす。
話題がそれて助かった。
こんな気まずい空気の中、過去話掘り下げられたら、自分のメンタルが持たない。
腰にあるポケットから、ダンジョンでちゃっかりくすねてきたポーションを取り出す。
老剣士の装備を外し、服を慎重にめくる。
目に見える重い外傷はなかったが、胸部を軽く押すと、かすかに軋む感触がある。
骨折している。
意識を失っている以上、脳にも強い衝撃が加わっている可能性がある。
後遺症でも残れば、俺の心に重いわだかまりが残る。
「……効くか知らんけど、こっちもぶっかけとくか」
ポーションの蓋を外し、老剣士の体と頭に惜しみなくジャバジャバと注ぐ。
液が肌に染み込み、かすかな光を放つ。
他の2人にも適当にポーションを振りかける。
これで全快してくれたらいいんだけどな。
「わっ!アイアンスライム!」
シルバの声に目をやると、ひっくり返ったテーブルと床の隙間にスライムがぴったり挟まって、身動きが取れなくなっていた。
「ははっ、こんなとこにいたのかよ」
もがくその姿が、なんとなく『ぐ、助けてくれ!』と訴えているようにも見える。
テーブルをどけてスライムを持ち上げようとすると、ものすごい勢いで胸に飛び込んできた。
『ふぅ、助かったぜ!』と言いたげに腕の中にブルブルと収まる。
「……ったく、ほっとけないやつめ」
ついついニヤニヤしてしまった。
「いいですよ、真雲さん。そのまま抑えてください」
「は?」
シルバが真剣な顔で、携帯用のナイフを抜いている。
「やらせねぇよ!?」
思わずスライムを両手でぎゅっと抱え、シルバから隠すように背を向ける。
「え、でも」
「こんな小動物に何!? 正気か、お前!」
「小動物って、それ、モンスターなんですけど……」
シルバの呆れた声が背中に突き刺さる。
――ドダンッ!
突然、重い物体が床に落ちる音。
天井からズルリと抜けたアランが、勢いよく床に叩きつけられた音だった。
「あ、そういや、こいつ忘れてたな……」
「息……まだありますね。でも…顔が…」
アランの顎から鼻までが。
ぐしゃぐしゃに潰れている。
シルバはジト目で俺を見つめる。 『どこが加減は覚えただ』、とでも言いたげな顔だ。
バツが悪くなり、視線をそらしながら最後のポーションを取り出す。
「まあ、ほら、これで治るだろ」
そう言って、アランの顔面にポーションをぶっかけるが、シルバは慌ててポーションに手を伸ばす。
「 ちょッ、そんなにかけたら完治しちゃいますよ!?こんな危険人物元に戻したら、また厄介なことに――!」
「あ、やっべ……裁縫道具持ってたりする?目と口、縫うから貸して」
「クズに対する道徳が、モンスターより欠けてる!!」
「最悪また悪さしたら、またはっ倒せばいいじゃん。コイツ気絶させたら、能力解けるんだろ?ほら、現にシルバはピンピンしてるわけだし」
「そんな簡単な話じゃ………あ、あれ?そういえば……」
俺の言葉にハッと動きを止めた。
「……頭がぼやけた感じが、もうない……」
「お、おう」
「術者が気絶したから…能力が解除された?ホントにそれだけ?いや、 でも、そんな都合よく………」
まだ、腑に落ちない顔でブツブツ言っている。
「お、おい大丈夫か?」
「……ッ!?」
シルバがビクッとした顔でアランを凝視する。
つられて俺もアランに目をやる。
俺が作った外傷は綺麗に治っている。
ぐちゃぐちゃだった顔が、なにかも全部元通りだ。
やっぱ凄ぇなこの回復薬。
え、肌ツヤも良くなってんじゃん!
ジャイ○ンと綺麗なジャイ○ンくらい、ちげぇ。
目尻の
「え、こんな顔だっけ」
「違いますよ。こいつ……アランじゃない」
「いや、けどよ」
身なりは変わってないから一応、アランではあるはずなのだが。
よく見ると、背丈まで微妙に変わってる気がする。
「ポーションのせいか? 無理やり治したからとか――」
「真雲さん」
シルバは首を振る。
「これは、そういう問題じゃないと思うんです」
「……だよな」
ここは誰もが夢を抱くような、単純なファンタジー世界なんかじゃない。
もっと深い、底知れぬ謎が潜んでいる。
俺たちは今も――何者かの