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第18話 『偽りの英雄』

〖???視点〗


 アランとの戦闘から数日が経った。


「ふう……、よしっ!」


 重厚な木製扉を押し開け、慣れ親しんだ冒険者管理ギルドの受付へと足を踏み入れる。


 広間から活気に満ちた談笑が聞こえてくるはずが、今日は妙に静まり返っていた。


 ギルド内にはひそやかなざわめきが漂い、冒険者たちはこちらを視界の端に捉えては、ひそひそとささやき合っていた。


『おい、あいつだろ。例の冒険者失踪事件の首謀者を捕まえたってヤツは…』


『まじか、あの新参者が?』


『とんでもねぇ化物だな……』


 向けられる視線に、居心地の悪さを覚える。


――頼むから、こっちを見ないでくれ。

 心の内でそう叫びながら、受付窓口へ向かうと、受付嬢が出迎えてくれた。


「お待ちしておりました」


 彼女の声が響く中、背後で冒険者たちの囁きが続く。


『それだけじゃねえ。【百獣殺しビースト・スレイヤー】【高速詠唱の賢者クイック・キャスター】【刻印の魔術師ルーン・エンチャンター】、首謀者と密かに通じていた名うての猛者たちを一人で相手どり、完膚なきまでに叩きのめした男……その名も――』




■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


〖シルバ視点〗




「…………」


「どうかされましたか?」


「あ、いや、その」


「ご気分が優れないのでしたら、日を改めましょうか?適性試験もまだでいらっしゃるのに、受付を通さず、一晩で指名手配犯の捜索依頼クエストを片付けてしまったシルバ様?」


「うぐっ」


 動揺のあまり上ずった声で答える。

 アリアさんはニコニコと微笑みながら小さな革袋を差し出す。


 目が全く笑ってないのですが。


「こちら、報酬金でございます♪」


「……ありがとうございます」


「無事でしたから良かったものの。今後、独断行動はお控えくださいね♪」


 言葉の端々に刺を感じる。


 唇を噛んだ。


 この世界では、冒険者として依頼を受けるには、まず冒険者管理ギルドに登録し、適性試験を通過しなければならない。

 ギルドは依頼の管理や冒険者の安全確保、報酬の分配を厳格に行う機関だ。

 自分の独断行動は、ギルドのルールを無視し、アリアさんのような管理職員の仕事を軽視する行為だった。


「……はい、ごめんなさい」


「本気で反省してます?」


「二度としません、神に誓って」


 転生者との出会いに好奇心を抑えきれず、軽率な行動を取った挙句、親切に接しくれたアリアさん含め、ギルド全体に迷惑をかけてしまった。


 これほど居たたまれない気持ちはない。


 そんな自分の顔を見て、アリアさんは少しだけ口元の笑みを深くした。

 ようやく、本気で反省したようだと。


「もうっ!ここのギルド長は『結果さえ良ければすべて良し』なんて考の人ですから、おとがめもありませんでしたが。本来なら、シルバ様のような駆け出し冒険者が手を出していい依頼ではないんですからね?」


「……はい」


 しゅんと肩をすぼめ、目を伏せる。


「でも、まさかシルバ様が、失踪事件の犯人を単独で捕まえた上に、裏で加担していた3人を制圧するなんて。今やバクラダ中が大騒ぎですよ。『百年に一度現れるかどうかの、とんでもない冒険者が出てきた』って!」


「は、はは……正直、僕も信じられません…」


 本音である。

 なんでこうなった。

 死んだような目で苦笑しながら、小さな革袋を握りしめる。


「でもシルバ様、どうやって犯人の居所いどころを?」


「えっと…まぁ、成り行きで、たまたま酒場に立ち寄ったら」


「たまたま……そういうこともあるんですね。これにて、受付は終わりとなります。次回は必ず、せ・い・き・の、手順を踏んでくださいね?」


 アリアさんの念押しに対して、上手い返しもできず、こくこくと頷くしかできなかった。


 ふところにしまった小さな革袋から、金属の触れ合う音が小気味よく鳴っている。


 バクラダの大通りを歩きながら、深いため息をつく。


 通り沿いのパン屋から漂う香ばしい匂いに、思わず足を止める。


「……せっかくだし、何か買って帰ろう」


 パン屋の木製カウンターには、こんがりと焼き上がったパンが整然と並んでいた。


「クルミ入り、ちょっとカタそう。あ、こっちはソーセージ入り…真雲さん、こういうの好きそう」


 チーズがたっぷり入ったソーセージパンと、甘い蜂蜜がかかった菓子パンを自分の財布から購入した。


 紙袋を抱え、急いで宿へと向かう。


 街外れの宿屋、『月影の休息所』。


 やや古びた木造の建物だが、部屋は清潔で居心地がいい。

 ここの店主は口数が少なく、お金さえ払えば詮索はしないタイプだ。


 状況が状況だけに、有難ありがたい。

 階段を上がり、きしむ廊下を進む。


 トン、トトン、トン。


 鼻歌交じりに、小気味よくドアをノックし、鍵を開けた。


「おう、おかえり!」


 ベットで涅槃仏ねはんぼとけのように横たわった真雲さんが、小本を読んでいた。

 顔は例の仮面マスクで隠れ、Tシャツに短パンというラフな格好。

 とてもヒーローには見えない。


「ちょっと!それ、僕の!」


 真雲さんは読んでいるのは、冒険者登録時に貰った『冒険者心得:ギルド公式手引書』。


 中には、ギルドの規則やクエストの基本的な進め方、冒険者の階級、魔物の危険度や討伐時の注意点、はては武器の手入れ方法に至るまで、新米冒険者が必要とするであろう情報がびっしりと詰まっている。


ワリぃ、ワリぃ。部屋にずっとこもってると退屈でよ」


「でも、真雲さん、リヴェア語読めないでしょ?意味ないじゃないですか」


「そうでもねえよ?図とかで意外と分かるもんだ。ほら、このページ。たぶんギルド内の組織図とか記されてんだろ?」


「それ、ギルドのトイレの位置を示した図面ですよ」


「…………」


「時間作って真雲さんにリヴェア語教えてますけど、そんなにすぐ身につくものじゃありませんよ。僕だって、最低限の語学習得に6年くらいかかったんですからね?」


「そんなのんびりしてらんねぇよ。酒場での一件、覚えてるだろ?誰が通報したのか、衛兵が10人くらいドカドカ入ってきて…なんて言ってたっけ?」


「『なんでこんなところにモンスターが!』ですね」


「そう、それ」


 苦笑する。


「あの時は僕もビックリしましたよ。みんな剣抜いて威嚇いかくしてましたし。真雲さん、僕が説明する前に、スライム抱えたまま壁ごと突き破って逃げちゃうし」


「前に(ハディのダンジョンで)似たようなことがあってな。つい逃げちまった。あいつらもあいつらだよ。スライム一匹にあんな驚くなんてよ」


「いや、あの人たちの反応、真雲さんを見ての反応ですよ?」


「え?」


「え?」


「………ともかく、なるはやでこの世界の言葉と常識をマスターして、『俺はお前らと同じ人間だ』って、堂々と外のやつらに言ってやりたいんだよ」


「だったら、そのマスク外しましょうよ。そっちのほうが手っ取り早いですって」


「いやこれは……ちょっとなぁ」


「?、外せない理由があるんですか?」


「いやそれは……ゴホンっ!それより、帰り遅かったじゃん。ギルドで受付のねーちゃんにチヤホヤされてたのか?」


「は?むしろ怒られましたが?」


 イラっとしてしまい、紙袋をテーブルにドンと置く。


「そんな怒るなよ…ゴメンて」


「…すみません。元を正せば僕にも原因がありますし。ほら、パン買ってきたんで、食べますよね?」


「おお!食べる食べる!」


 真雲さんが紙袋に手を突っ込むと、ソーセージパンを取り出す。


「ソーセージパン!!俺このパン好きなんだよ!!」


「ふふん」


 子どものようにはしゃぐ真雲さんを見て、口元を緩め、得意げな表情を見せる。


 やはり、自分の観察眼は間違っていない。


 真雲さんはマスクを半分ずらすと、吸い込むかのように大口を開ける。

 ソーセージパンを丸々一口で頬張ると、すぐにマスクを戻した。


「ゴクン……ふぅ、ごっそさん」


 ガッとそのマスクを掴んで揺さぶる。


「それやっぱ外せ!!カー〇ィかッ!もっとちゃんと味わえッ!」


「すまん、お茶ある?」


「ああ、もうこの人は!」


 自分の口調は、まるで息子に甲斐甲斐かいがいしく世話を焼く母親のそれだった。


 なんだなんだとベットの下からスライムがゆっくりと這い出てくる。


 『おっ』といった反応で、テーブルに乗る。

 パンの入った紙袋に興味津々である。


「こら、お前はパン食わねぇだろ」


 真雲さんがスライムを軽く押しのけると、スライムは『むぅ~!』とでも言いたげに激しく体を揺さぶり抗議している。


「はいはい、わかった、わかった」


 そう言いながらスライムを膝上に乗せてなだめる。


「真雲さん、この世界に来てまだ1週間も経ってないですよね……慣れすぎでしょ」


 呆れたように蜂蜜パンを手に取って、ベッドに腰を下ろした。


「で、アランの件、どうだった?」


「関係者ということで、ギルドから色々情報を共有してもらったんですが。やっぱりおかしいです。アランは勿論もちろん……ガルザック、リナス、ゼルドも」


「全員がおかしいって?」


「はい。アランによると、冒険者に虚偽の高額報酬を提示したり、家族を人質にして危険なダンジョンに送り込んだのは、ダンジョンの金銀を独占するため。ここまでは保身のため、転生の話や『魔力感染スパム・ウイルス』のことを黙っていただけかと思ったんですが」


「…………」


「別々の場所で尋問を受けていたガルザックたちも一様に意識がはっきりした状態で、アランの犯行に加担したのは脅されたからじゃなく、『面白そうだったから』だと。すべて自分の意思だと証言したんです」


「無理矢理、操られていたはずなのに。か」


「ええ。被害者のはずのガルザックたちがこれまでの経緯を秘匿にする意味が分かりません。まるで、アランの力が最初から存在しなかったかのように……」


 ためらいがちに、言葉を続ける。


「そして、一番不可解なのは……酒場での戦闘で、真雲さんと戦ったはずの全員が、なぜかと証言してるんです」


「え?じゃあ、俺のことなんて言ってんの?」


「そんなやつがいた気もするが影が薄すぎて覚えてない。たぶんソイツが店主殺した、と」


「おい、なんちゅう証言してくれてんだ!?」


「とにかく、この世界…なんか、変ですよ。まるで誰かが都合よく『過去』を書き換えてるみたいで」


「ねぇスルー!?今、もっと不可解なとこあったよ!?ちゃっかり罪を押し付けられたよ!?」


「まあ、真雲さんのモンスター扱いは、おいおい僕がなんとかしますから」


「はぁ……当面は引きこもり生活だなこりゃ。後は頼んだぞ、ヒーロー」


「勘弁してくださいよ…」


 小さな革袋を懐から取り出すと、それもテーブルに置いた。

 金貨がわずかに覗いている。


「本来、この報酬金も真雲さんが貰うべきなのに。周りをあざむいて手柄を横取りするなんて、罪悪感で死にそうですよ……」


「細かいこと気にすんなって。今はお前が頼りなんだからよ。なあ、お前もそう思うだろ?」


 スライムは我関せずといった様子で、真雲の膝上でプニプニとした体を上下させながら眠りこけていた。


「……ほらな。ちゃんとうんうん頷いてるぜ」


 スライムを軽くつつく真雲さんに対し、眉をひそめ、複雑な視線を向ける。


 ………ん?

 あれ?


「……ねえ、真雲さん。今、なんか……」


「え、どした?」


「いえ……なんでもないです………」


 見間違いなのかもしれない。


 真雲さんの後方にある窓。

 それが風もないのに一瞬、不自然にカタカタと鳴った気がした。


 一瞬の出来事に首を傾げたが、言いそびれていた頼み事を思い出し、話題を替える。


「それより、一つお願いがあります」


「なんだ?」


「あの根っこの塊、捨ててください。ほんとキモいです」 


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