「「「っ!?」」」
(自国の建国祭に、その愚か者は300年前の悲劇を繰り返そうとしているのか!?)
言葉を失う皇帝と宰相とマーザスに、静かに跪いたレクシャは眉を顰めるとノルベルトの計画を話した。
「奴はその日、儀式のために王宮から出てくる国王が乗った馬車を襲撃して暗殺。そして、魔法陣を使い全ての国民を廃人と化して自分の駒にした後、宣戦布告無しで帝国に攻め入るつもりです」
「……それは、本当のことなのですか?」
厳しい顔をした宰相からの問いに、レクシャは静かに首を盾に振った。
「はい。王宮に潜り込ませている者……私の次男からの定期報告に加え、私自ら聞きましたから」
「はぁ!? お前、自らそんな危険なことをしていたのか!?」
「それに、ご自身の息子さんを王宮に潜り込ませているのですか!?」
(万が一にもバレたらどうするのだ!? それに、人質同然の家族の1人を王宮に潜り込ませて定期報告させるなんて、正気の沙汰じゃないぞ!?)
唖然とする皇帝と宰相に対して、レクシャは困ったように笑った。
「ご安心ください。私も息子も気配を消すことが出来ますし、息子の魔法があれば、相手に見つからずノルベルトがいる部屋の中を覗くくらい容易いことです」
「確かに、我が弟弟子ならそれくらい容易いかもしれませんね」
苦笑を漏らしたマーザスの反応に、皇帝と宰相は互いにゆっくりと顔を見合わせた。
(いいか、引き続きレクシャを敵に回すようなことは絶対にするなよ。その気になれば、この腹黒宰相は、いつでも国の機密事項まで盗み見ることが出来るからな)
(もちろんです。私だって帝国の宰相。我が帝国の死神の血を引く御仁を、わざわざ敵に回すような愚かなことは決して致しません)
険しい顔でアイコンタクトを交わした2人は、軽く頷くとレクシャに視線を戻した。
「レクシャよ。どうして奴は、300年前の過ちを繰り返そうとする?」
地を這うような低い声で問い質す皇帝に、謁見の間に緊張が走る。
そんな中、眉を顰めたレクシャが小さく拳を握った。
「奴は……ノルベルトは、王国を自分の物にすることで、300年前の雪辱を晴らし、その上でインベック家の悲願を果たしたいのです」
「インベック家の悲願? 何だ、それは?」
何かを見定めるように目を細める皇帝に向かって、レクシャはインベック家の悲願を口にした。
「世界征服です」
「世界征服ですか?」
(そんな大それたことを本気でやろうとしているのですか?)
正気を疑うような目を向ける皇帝の横で、首を傾げた宰相の問いに、レクシャは静かに頷いた。
「えぇ、大それたことだと思っていらっしゃるかもしれませんが……現に300年前、ノルベルトと同じ改竄魔法の使い手だった当時のインベック公爵は、改竄魔法で世界が征服出来ると本気で考え、あの悲劇を起こしたのです」
「っ!? まさか、本当に……」
顔を青ざめさせる宰相の隣で、ひじ掛けで頬杖をついた皇帝が不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「フン、何回聞いてもやはり馬鹿馬鹿しいとしか思えないな。そんな叶うかどうかも分からないもののために、自国も他国も巻き込むなんて」
「陛下は、ご存知だったのですか?」
「当たり前だ。これでも一国の主。これくらい、皇太子時代に聞いていた」
(恐らく、インベック公爵が事を起こした理由までは、皇帝以外は知らなかったのだろう)
「ノルベルトは、300年前に失敗した原因は『ごく一部の有力貴族しか手駒にしなかったから』だと考えています」
「ほう? だから今度は、国王全員を自分の手駒にしたら世界征服を出来ると?」
「はい。彼にとって改竄魔法は神に等しい力だと思っているようですから」
「フン、本当に馬鹿馬鹿しい。だが……」
ひじ掛けで頬杖をついていた皇帝が、ゆっくりと背を正した。
「そんな古い雪辱と悲願を果たすために、我が国を焼かれてはたまらん。それに、お前だってこんな独りよがりな理由で多くの国民の命を落としたくはないだろ? レクシャ」
「もちろんでございます」
(そのために、わざわざ下級文官に扮して帝国に来たのだから)