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第237話 反撃の手筈(前編)

「建国祭の前日、いつものように夜中に魔力を注入したノルベルトは、翌日に備えて王宮に作らせた豪華な自室で深い眠りにつくでしょう」

「……それは、今まで見てきた奴の行動から推測したものか?」



 皇帝からの問いに、レクシャが小さく頷いた。



「もちろん、それもあります。ですが、建国祭の前日は何かと最終調整で忙しく、私も陛下に許可を頂いて客間で仮眠をとっていましたから」

「つまり、宰相としての経験則も入っているということか?」

「そういうことです」

「そっ、それにしても、王族の住まう場に宰相の自室を作らせるなんて……想像しただけで身震いがしますね」



(もし、私が皇族の住まう場所に自室を作れと命令したら……)



「ん? どうした宰相? 急に顔色を悪くして」

「いっ、いえ……お気になさらず」



 血の気が引いた顔で苦笑いを浮かべる宰相と、不思議そうに小首を傾げる皇帝。

 そんな2人と隣で静かに聞いていたマーザスを一瞥したレクシャは、ノルベルトが計画していることを口にした。



「奴の計画では、建国祭の前日は王都の警備に力を入れるため、国境付近の警備を手薄にさせるつもりです」

「はぁ? どうして、国境ではなく王都の警備に力を入れるんだ? 普通、こういう大事な日は王都と同じくらい国境も力を入れるだろうが」



(万が一にも他国が攻めてきたらどうするんだ?)


 眉を顰める皇帝に、レクシャは僅かに視線を地面に落とした。



「恐らく、ノルベルトは自分のいる王都……正確には、王城さえ守られれば良いと思っているのでしょう」

「つまり、万が一にでも他国から攻め込まれた場合、その愚か者は王都以外にいる国民は見捨てるということか?」



 静かに頷くレクシャを見て、皇帝は心底呆れたように深いため息をついた。



「全く、ここまで愚かだったとは……300年前にバカをやらかした奴以上の愚か者ではないか」

「同感です。ですが、その愚かさこそ、レクシャ様が先程申し上げていた『隙』になるのですね?」

「その通りです」



 視線を戻したレクシャは、建国祭前日に実行する作戦を3人に伝えた。



「そして奴は、日が沈む前に王都の警備を強化したいので、国境にいる騎士達に対して転移魔法を使って王都に来るように召集をかけるつもりです」

「だとしたら、王国に潜入するのは日が沈み切ったタイミングですね?」

「はい。日が沈み切ったタイミングで、私自ら帝国に繋がる国境まで赴き、無効化魔法が使えるサザランス侯爵家の皆様を王国に引き入れます」

「レクシャ様、自らですか?」

「はい。閉じられた国境を開けることが出来るのは、国境のことをある程度知っている私しかいませんから」

「「たっ、確かに……」」



 引き攣った顔をする宰相とマーザスをよそに、皇帝が再び小首を傾げた。



「だが、引き入れる際に王国の騎士達に見つかるということはないのか? 例えば、念のために国境に1人だけ騎士を置いておくとか……」

「そちらに関しては、問題ありません。なにせ、今の彼らは少しでも宰相の覚えめでたくしようと必死で、召集がかかればすぐに転移魔法で王都に向かうでしょうから、国境に誰かが残ることは無いでしょう」



(それに、万が一誰かが残っていたとしたら、その時は申し訳ないが、事が終わるまで暫くの間、安全な場所で眠っていてもらおう)



「フン、どうやら今の王国は、国王よりも宰相の方が偉いようだな」



 再び顔を青ざめさせる宰相の隣で、不機嫌そうに鼻を鳴らす皇帝。

 そんな2人を一瞥したマーザスは、レクシャに視線を向けた。



「……つまり、その前にサザランス侯爵家の人間と、その親戚筋にあたる無効化魔法が使える者達を、日が沈む前に国境に集めればよろしいのですね?」

「えぇ、ノルベルトのお陰で今の王国は周辺諸国の動きにはとことん疎いので、すぐ近くで待機していただいても大丈夫です」

「そこまでとは……」



 王国の現状にマーザスが唖然としていると、小さく溜息をついた皇帝が、青ざめている宰相に目を向けた。



「だとしたら、その前に根回しを済ませないといけないな。宰相」

「ハッ!……もっ、もちろんです!」



 主からの助言で我に返った宰相が力強く頷くと、皇帝の表情が途端に厳しいものになった。



「だが、引き入れたところで王国全土にある全ての魔法陣に無効化魔法が使える奴らを配置するのだろ? だとしたら、どうやってそいつらを配置させるんだ?」



(転移魔法を使おうにも、無効化魔法のお陰で使えない。かといって、転移魔法が付与された魔道具を使えば、魔力を流した瞬間に付与された魔法は本人の意思に関係なく無効化してしまう。それは、目の前にいるこいつが一番分かっているはず)


 険しい顔をする皇帝に、レクシャは小さく笑みを浮かべると、腰に携えたマジックバックから懐中時計の形をしたものを取り出した。

 その瞬間、今まで静かに話を聞いていたマーザスの目が光った。


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