「だが、それでは帝国の悪魔達を転移させる前に、貴様が手配して待機させている騎士達が、魔法陣の見張りをしている奴らに見つかるのではないか?」
「確かにそうですね」
眉を顰めた皇帝と宰相に対し、レクシャは小さく笑みを浮かべると左胸に右手をあてた。
「ご安心を。待機させている騎士達には、日が沈む少し前にこちらが用意した……正確には、我が次男が事前に用意した転移魔法が付与された魔道具を使い、今の王国騎士が知らない場所に待機させます。ですので、そうやすやすは見つからないかと」
「そうだとしても、万が一にでも巡回でその場所が見つかりでもしたら……」
「ご心配なく」
きっぱりと言い切ったレクシャは、先程口にしたことをもう一度繰り返した。
「先程も申し上げましたが、今の彼らは少しでも宰相の覚えめでたくしようと必死です。ですので、ノルベルトから『魔法陣を守れ』と命令されれば、その通りに魔法陣の傍から離れないでしょう」
「……本当、今の王国は愚かな宰相が一番上なのだな。今なら、余裕で王国を我が国の領土にすることが出来るぞ」
「陛下!」
「冗談だ。だから、レクシャ。そんな怖い顔で私を睨まないでくれ」
「……失礼致しました」
深々と頭を下げたレクシャに、皇帝は小さく溜息をつくとひじ掛けで頬杖をついた。
「それにしても、作戦としては至って単純ではあるが、一歩間違えれば魔法陣を無力化する前に、作戦が愚か者にバレて、焦って国民を廃人にしかねないから油断出来ないな」
「そうですね。下手したら、そのまま帝国に攻め入られる可能性だってありますし」
「そうだな。それに、作戦がその日のうちに成功したとしても、翌日になれば愚か者に気づかれるぞ?」
険しい顔をした皇帝が、宰相からレクシャに視線を移すと、レクシャは笑みを浮かべたまま小さく頷いた。
「良いのです。最優先は、国民全員が廃人になるのを防ぐこと。それに、ノルベルトに気づかれた時には、既に水晶は次男によってノルベルトが手に届かない場所に置かれていますし、ノルベルト単体なら私の無効化魔法であっという間に捕縛できます」
(そう、我が家に伝わる禁断の魔法を使えば、ノルベルトを無効化出来る)
胸にあてていた手を見つめたレクシャに、皇帝は再び小さく溜息をつくと口角を上げた。
「そうか……ならば、他国の人間に対して自国の防衛拠点を曝して良いのか?」
(普通に考えたら、『どうぞ自国を攻めてください』と言っているようなものだが?)
突然挑戦的な笑みを浮かべる皇帝を見て、レクシャは笑みを深めた。
「他国の手を借りるのです。でしたら、その程度のこと、作戦を遂行する上で些細な問題でしかございません」
「ほう、自国の防衛拠点を他国の人間に曝すことを『些細な問題』とのたまうか?」
「えぇ」
(この作戦を思いついた時点で、この程度の対価は織り込み済みだ)
「そもそも……」
レクシャが目を細めた瞬間、謁見の間に『王国の盾』が現れた。
「大陸イチの大国であるフィアンツ帝国が、小国である我がペトロート王国に対して、どさくさ紛れに攻め入る……そんな末代の恥になりそうなこと、賢明な皇帝陛下ならば致しませんよね?」
「レッ、レクシャ殿! 確かに、大国である我が国がそんなことをしたら、間違いなく末代までの恥になりますが……そもそも、あなた様には人質がいるでしょう!? 万が一にでも、あなたが仕組んだことを愚か者にバレたとしたら、その方たちはどうなるのですか!?」
レクシャの静かな気迫に押され、引き攣った表情で冷や汗を掻く宰相。
そんな彼の言葉に共感するように、皇帝は小さく鼻で笑った。
「フッ、確かにそうだな。家族思いである貴様に、自分の人質である家族を今まで以上の危険に晒す覚悟があるのか?」
「もちろんです」
目を僅かに見開いた皇帝に、レクシャが不敵な笑みを浮かべた。
「そもそも、私の家族は、私を含め全員が名前と身分を偽っておりますので」
「そう言えば、貴様は『下級文官マクシェル』として我が国に来たのだったな」
「そうです。ですので、王族や貴族にしか興味がない奴に、私の家族がバレるはずがありません。それに、万が一に備えて、次男以外の家族はそれぞれ信頼出来る者達のところに身を寄せておりますので、危害を加えられることはございません」
(ロスペルは宮廷魔法師団の見習い魔法師として、妻のティアーヌはシュタール辺境伯家でメイドとして、長男のリュシアンはヴィルマン侯爵家で騎士見習いとして。そして、娘のフリージアは……)
家族の所在を思い出し、小さく拳を握ったレクシャは笑みを潜めた。
(大丈夫、私の家族なら大丈夫だ。特に、あのじゃじゃ馬娘は今、国民のために1人頑張っているらしいからな)
同じ下級文官から聞いた娘の活躍が脳裏を過り、レクシャは真剣な表情で皇帝と宰相を交互に見ると覚悟を口にした。
「ですので、覚悟なら、とうの昔に出来ております」