「『動かす』だと?」
「ヒッ!」
(本気で怒ったフェビル団長並みに怖い!)
地を這うような低い声で問い質してきたルベルに、引き攣り顔のシトリンはわざとらしく咳払いをすると口を開いた。
「コホン! つまり、この場にいるダリア嬢とリアン様を動かし、ダリア嬢がカトレア嬢に本当に魔法を撃ったのか確かめようと……」
「そんなことは、この状況を見れば一目瞭然だろうが!!」
(ダリア嬢が魔法陣を展開している方角からして、明らかにカトレアの方に向かって撃っている! ならばわざわざ確かめる必要は無い!)
声を荒げたルベルが鬼の形相でシトリンを睨みつけていると、近くで傍観していたジルがシトリンの前に出る。
「ルベル団長、ここはシトリン様の提案に乗った方が良いでしょう」
「……なぜでしょうか?」
シトリンからジルに視線を向けた瞬間、ジルの傍に控えていたザールがルベルの前に立ちはだかった。
「貴様、そこをどけ……」
「ルベル団長、一先ず落ち着いて下さい」
「はっ?」
一向に怒りが収まらないルベルを見て、小さく溜息をついたジルはと片手で騎士の動きを制すると一歩踏み出す。
「確かに、ここからの方角ですとカトレア様がいらっしゃいます」
「だろ! だったら……」
「ですが、そこにはカトレア様いがだっていたはずです。例えば、あなた様やメスト様もそうではなかったでしょうか?」
「っ!?」
(そうだ、あの場にはカトレアの他に俺やメスト君と……あの平民もいた)
ジルの言葉で頭が冷えたルベルは、大きく息を吐くとジルを真っ直ぐ見据えた。
「つまり、カトレアの近くにいた奴らも狙われていたということか?」
「その可能性もあります。だからこそ、シトリン君の提案には乗っておいた方が良いでしょう」
すると、今までの会話を静かに聞いていたフェビルがルベルに目を向ける。
「それに、ここはシトリンの時魔法で作り出した空間。私たちが彼らに見つかることは万に1つありません。それに、あの2人の会話を聞けば、どうしてダリア嬢がカトレア嬢に魔法を放った理由も分かるでしょう」
「確かに、お前の言う通りだな」
(まさか、年下の騎士団長から諫められる日が来ようとは。俺もまだまだだな)
フェビルから諫められたルベルは、小さく笑みを浮かべると、そのままジルに向かって頭を下げた。
「ジル様、あなた様の意見を一方的に否定してしまい申し訳ございませんでした。そのようなことを考えてシトリン君の提案に乗ろうとしていたとは考えが至りませんでした」
「良いのです。部下が貶められ、怒りで我を忘れていたのでしょう」
(その気持ちは、痛いほど分かるから)
深々と頭を下げるルベルと、傍に控えているザールをそれぞれ一瞥したジルは、優しく微笑むとシトリンに視線を移す。
「そういうことですのでシトリン様、今からこの2人を動かしてくれますでしょうか?」
「はい、分かりました」
小さく頷いたシトリンがダリアとリアンに向かって魔法陣を展開しようとした時、フェビルがシトリンの傍に駆け寄った。
「なぁ、シトリン」
「何でしょう?」
「ここから、あの2人の会話は聞けるのか? 少し離れているが」
「はい、2人から少し離れたここからでも十分聞けます」
「そうか。だが、念のために近づいて聞いた方が良いな。聞き漏らしがあるかもしれんし、より表情が見えた方が良いだろう」
「分かりました。そういうことですので皆様、ここから少しだけ移動しましょう」
シトリンの合図で、その場にいた者は全員、ダリアとリアンの顔がはっきり見えるところまで近づいた。