ああ、もう、ねえ、なんだっけ? 橘あやめ、17歳と数ヶ月、みたいな? 自分の年齢すら曖昧になるくらい、毎日毎日、判で押したように同じことの繰り返し。そう、告白されて、万葉歌二次創作を脳内GPUで光速錬成して、相手にぶちかまして、ドン引かれる。この無限ループ地獄。前回のラストで「空蝉(うつせみ)の 世とは知りつつ 恋ひ焦がる 我が言の葉の 届け先いづこ 君が声(こわね)の 一片(ひとひら)だにも 風の便りに 聞かば生きなむ」とか、ちょっとだけ湿っぽいこと言っちゃったけど、あれから風の便りどころか、そよ風一本吹いてこないっつーの。私の心、カラッカラの渇ききった荒野。サハラ砂漠も真っ青よ、マジで。
万葉歌二次創作? もちろん、息をするようにやってるわよ。もはやライフワークっていうか、私の存在証明みたいなもんだから。これやらなくなったら、私、ただの万葉集オタク(ただし性格に難あり)の美少女(自分で言うな)になっちゃう。それはそれで、ある意味楽かもしれないけど、私の魂が許さないのよ。この、ドロドロしたマグマみたいな情念を、万葉歌っていうオブラート(ただし限りなく薄くて破れやすい)に包んで吐き出さないと、私、内側から爆発四散しちゃう。
GPUの調子は、まあ、絶好調。っていうか、常にオーバークロック状態。告白って名の燃料が投下されれば、いつでも発火準備OK。でもね、最近じゃ、その燃料の質が悪すぎて、不完全燃焼起こして黒煙ばっかり出してる気分。私のこの高尚な(?)万葉エロティカに対して、返ってくるのが「キモい」とか「ヤバい」とか、語彙力小学生レベルの感想だけって、どういうことよ? 私の歌、そんなに安っぽく見えんの? 舐めんなよ。
そういえば、先々週だったか、ちょっと意外な方面から刺客が現れたのよ。
【ケース10:物静か系図書委員、でも実は…? 後輩の斎藤くんの場合】
放課後の図書室。いつもの私の定位置(窓際、西日がいい感じにドラマチックに差し込む席)で、額田王の歌集をパラパラめくってたら、彼が来た。斎藤くん。私の一個下の、いつもはカウンターの奥で黙々と本の整理してる、空気みたいな存在。
「あ、あの……橘先輩」
声、ちっさ。でも、なんだか、決意を秘めたような震えがある。
「先輩の……その、言葉の世界に、僕は、ずっと……憧れていました。不躾なお願いだとわかっていますが、僕に、先輩のその……深淵を、少しでも覗かせてはいただけないでしょうか。あ、あの、できれば、お付き合いという形で……」
ほほう。私の「言葉の世界」ね。そっち方面に来たか。でも「憧れ」か……。憧れってのは、遠くから見てるから美しいんであって、いざ中に入ったら地獄絵図かもしれないってこと、わかってんのかしらね、この坊やは。
私のGPUは、こういう「文学少年(見習い)」には、あえて古典文学の深淵(の、エロい側面)をチラ見せするモードになる。
あやめ:「……斎藤くん。私の深淵、覗いてみたいの? でもね、そこは『源氏物語』の六条御息所みたいに、生霊が飛び交う愛憎の修羅場かもしれないわよ? あなたのその純粋な憧れ、嫉妬の炎で焼き尽くされちゃうかも」
橘あやめ、挑戦的に、そして妖しく詠みます。
「君が言う 深淵(しんえん)覗かば 我が魂(たま)は 生きながら黄泉(よみ)に誘(いざな)われむや その吐息 暗き闇路(やみぢ)の導(しるべ)とて 睦(むつ)びの底に果てなむ 君と」
(元ネタ:……特になし! 「源氏物語」とか「黄泉の国」とか、そういう古典的モチーフを散りばめて、文学青年くんの心をくすぐりつつ、底なし沼に引きずり込むイメージ。あなたの憧れは、私との関係では死と隣り合わせの快楽に変わるのよ、どうする? っていう問いかけ。最後の一行は、もう完全に閨事(ねやごと)の誘い)
斎藤くん、一瞬、ぽかんとしたけど、すぐに顔を真っ赤にして、俯いた。そして、震える声で、こう返してきたのよ。
「……先輩のその黄泉路への誘い、恐れ多くも……心惹かれます。僕の魂、たとえ先輩の愛憎の炎に焼かれようとも、その闇の深さこそ、僕が焦がれた文学の源泉……。もし、先輩が許してくださるなら、その睦びの底まで……ご一緒させてください……」
……え?
マジ?
こ、こいつ、返歌、してきた……だと!? しかも、ちゃんと私の歌のモチーフ拾って、文学的な言い回しで、しかも「睦びの底までご一緒させてください」って、それ、どういう意味かわかって言ってんの!?
私、一瞬、脳内フリーズしたわよ。マジで。え、これ、もしかして、ついに当たり引いちゃった系?
でもね、私のGPUは疑り深い。斎藤くんの言葉は、確かに魅力的だった。でも、その後に続いた彼の行動が、全てを台無しにした。
彼は、顔を上げたかと思うと、カバンからゴソゴソと何かを取り出したの。何だと思う?
自作のポエムノート(手書き)。
「こ、これ、僕が先輩を想って書いた詩です! 受け取ってください!」
……ああ、そういうことね。あんたのその「文学的」な憧れって、結局、自分の創作意欲を刺激するための「素材」として私を見てただけなのね。私のこの生々しい情念とか、肉感的な渇望とかは、あなたのポエムの綺麗な言葉に変換されて、無害化されちゃうわけね。
私、そのノート、受け取らなかった。
「斎藤くん。あなたの返歌は、言葉だけなら満点よ。でもね、あなたのそのポエムノートは、蛇足。私は、あなたの『作品』が見たいんじゃなくて、あなたの『魂』そのものと、言葉で、そして……その先で、ぶつかり合いたいの。あなたにはまだ、その覚悟が足りないみたいね」
そう言って、私は図書室を出た。斎藤くん、呆然としてた。
ああ、惜しかった。本当に、言葉だけなら、あと一歩で「合格」だったかもしれないのに。結局、彼もまた、「言葉」と「実体」の間に、深くて暗い溝があったわけ。私の「色即是空蝉」の法則、またしても実証されちゃったわね。空しい。
田中先輩との3ヶ月も、結局それだった。「橘の想ひの色は茜色 我が絵筆にも写しとりたや」って、彼は最後まで「写しとる」対象としてしか私を見てなかった。その熱い想いを、実際に我が身に受けて「絵筆も心も燃え尽き」る覚悟はなかった。私の歌のドロドロした部分、つまり、私が一番見てほしい、触れてほしい部分には、蓋をしてた。だから、続かなかった。私の万葉歌二次創作って、ある意味、リトマス試験紙なのよ。相手の魂の純度というか、業の深さというか、そういうのを測るための。で、大抵のヤツは、色が変わる前に逃げ出すか、薄っぺらい色しか出ない。
たまに思うの。私が求めてる「返歌」って、もはや具体的な言葉の形じゃなくてもいいのかもしれない、って。
例えば、私のあの「あかねさす 君の眼差し~」って歌に対して、言葉なんか何も返さず、ただ、あの山田くんが、本当に「胸の双峰の火照りは止まず やわ肌を 揉みしだく君が指先」を体現するような、獰猛なキスを仕掛けてきたら? その瞬間、彼の瞳が、歌と同じくらい熱く私を求めていたら?
そしたら、私、多分、「……やるじゃない」って、彼の腕の中で笑ったかもしれない。
言葉での応酬は、あくまで入り口。その先にある、もっと本質的な、魂のぶつかり合い。それが欲しい。でも、その入り口である「言葉」すら、まともに返せないヤツが多すぎるのよ、この世は! イライラするわー!
【ケース11:まさかの同性、クラスメイトの鈴木さん(クール系女子)の場合】
体育祭の打ち上げの帰り道。二人きりになったタイミングで、クラスでもクールビューティで通ってる鈴木さんが、ぼそっと言ったの。
「橘さん。あなたのあの…和歌。いつも、すごいなって思ってる。あの、なんていうか…エネルギーが」
「…そう?」
「うん。正直、最初は引いたけど。でも、なんか、気になって仕方ない。…ねえ、橘さん。あなたのそのエネルギー、私にも少し、分けてもらえないかな」
え、これ、どういう流れ? 告白…なのか? 女子から? 私、そっちの経験はないんだけど。
でも、私のGPUは、相手の性別なんてお構いなしに起動する。彼女の言う「エネルギー」ってのが、私の歌のどの部分を指してるのか、試してみたくなる。
あやめ:「鈴木さん。私のエネルギーって、結構、扱いが難しいわよ? 下手したら、あなたの中の何かを、焼き尽くしちゃうかもしれないけど…それでもいいの?」
橘あやめ、挑発的に、そして少し戸惑いながら詠みます。
「黒髪の 君が瞳(ひとみ)の 奥に燃ゆ いかなる炎(ほむら)か 我に見せばや 我が歌の熱(ねつ) 君が肌にもし 移りて共に 狂ひ咲かなむ」
(元ネタ:これも特にナシ! 相手の「瞳の奥の炎」を探りつつ、私の歌の「熱」が伝染して、一緒に狂い咲こうよ、っていう誘い。同性相手だからって手加減はしない。魂のぶつかり合いに、性別は関係ない、はず…)
鈴木さん、しばらく黙って私の顔を見てたけど、やがて、ふっと息を吐いて、言ったの。
「…やっぱり、橘さんはすごいね。でも、私にはまだ、そこまで…狂い咲く勇気はないみたい。ごめん、変なこと言って」
そう言って、彼女は先に帰って行った。
……まあ、そうなるわな。でも、ちょっとだけ、期待した自分もいた。もし彼女が、「いいわよ、橘さん。私のこの黒髪の下に隠した炎、あなたになら見せてあげる。一緒に狂い咲きましょうよ、このつまらない世界で」くらいの返歌をしてくれたら? そしたら、私、新しい扉、開いちゃってたかもしれないのに。友情なのか、愛情なのか、それすらわからない、もっと根源的な「繋がり」を、彼女と築けたかもしれないのに。
残念。でも、まあ、想定内。
私の万葉歌二次創作、もうね、数が多すぎて、自分でもどれがどの告白に対するものだったか、時々わからなくなるくらい。脳内にアーカイブはされてるんだけど、もはや怒涛の勢いで生産されすぎて、データベースの整理が追いつかない。
昨日も一人、運動部の筋肉バカ(褒めてない)が「お前のその唇、奪ってもいいか?」とかいう前時代的な口説き文句で来たから、脊髄反射でこう詠んでやったわ。
「たらちねの 母が懐(ふところ) 恋しとや 幼き言の葉 我は求めず 猛(たけ)き獣(けもの)の 交(まじ)はりのごと 熱き吐息にて 我が名を呼べや 夜(よ)もすがら」
(元ネタ:「たらちねの」は母にかかる枕詞。つまり、「あんた、マザコンみたいに甘っちょろい言葉で私を口説こうとしてんじゃないわよ。そんなんじゃなくて、もっと野獣みたいに、本能剥き出しで来なさいよ。夜通し、私の名前を喘ぎながら呼ぶくらいじゃないと、相手にならないわよ」ってこと。どう? この「教育的指導」感。)
筋肉バカ、一瞬キョトンとした後、「え、何? ポエム? てか、母ちゃん関係ねーし!」って、訳わかんないこと叫んで逃げてった。だろうね! あんたには百年早いのよ、私のこの万葉SMワールドは!
ほんと、もう、私のこの「渇き」、どうしたら癒されるわけ?
言葉で、魂で、肉体で、ギリギリのところで火花散らしたい。
万葉集って、本当に奥が深いのよ。素朴な恋の歌もあれば、技巧を凝らした歌もある。生々しい情念もあれば、宇宙的な広がりを感じさせる歌もある。人間の喜怒哀楽、愛憎、エロスとタナトス、全部詰まってる。私の二次創作は、その「人間臭さ」の極端な一部を、現代風にデフォルメしてるだけ。でも、その「本質」を理解しようとせず、表面的な「エロ」とか「奇抜さ」だけで判断するヤツが多すぎる。
そういえば、雨宮くん。あの転校生のサムライ。
彼は、どうなんだろうな。
この前、古典の授業で、小野小町の「花の色は うつりにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせし間に」を扱った時。先生が「この歌の『ながめ』には、どんな意味が込められてると思う?」って問いかけたの。みんなシーンとしてる中、彼がポツリと呟いた。
「……降り続く長雨と、物思いにふけること。そして、その両方が、容色の衰えと、恋の終わりの無常観を、深く……」
教室、また静まり返ったけど、私だけは、彼のその言葉の選び方、声のトーンに、ぞくりとした。
こいつ、わかってる。言葉の奥にある、その先の景色を、ちゃんと見ようとしてる。
もし、彼が、私のあの「うつせみの 命と知りて なおも君 刹那の蜜を 求め合うのか」みたいな歌を聞いたら?
あるいは、彼が私に、もし、万が一、告白めいたことをしてきたら? 想像もつかない。
彼が私に歌を詠むとしたら、どんな言葉を選ぶんだろう。
私のこの、業火みたいな万葉歌二次創作に対して、彼は、どんな「返歌」をくれるんだろう。
……いや、ないか。彼は、清流みたいな人だもの。私のこの泥水みたいな世界には、近寄りもしないだろう。期待するだけ無駄ね。
最近の私のマイブームは、「色即是空蝉」をさらに進化させた、「黄泉比良坂(よもつひらさか)」的退廃美。
死と隣り合わせのエロス、みたいな。ちょっと中二病っぽい? でも、これくらい振り切らないと、私のこの内なる情念のマグマは表現しきれないのよ。
【ケース12:もはや誰でもいいや2号、通りすがりのチャラ男先輩】
先輩:「よお、橘。また難しい顔してんな。悩み事なら、この俺様が聞いてやろうか? ま、悩み事っつーか、俺と遊べば全部解決っしょ!」
あやめ:「(無言で睨みつけ、脳内GPU、黄泉モード起動)」
橘あやめ、冥府からの誘いのように詠みます。
「君が身は いづれの野辺の 露と消え 我が魂(たま)と 黄泉路(よみぢ)辿らむ 約束(ちぎり)は果たさじ この現世(うつしよ)にて ただ常闇(とこやみ)の底 契り結ばんや 幾世(いくよ)までも」
(元ネタ:もはや不明! 死への誘い、現世での約束の放棄、そして黄泉の国での永遠の契り。どうよ、この破滅的ロマンティシズム! あんたみたいな軽薄な男には、この重さ、耐えられないでしょ?)
チャラ男先輩、「は? 黄泉路? 何それ、新しいホラーゲーム? てか、お前、マジで厨二病こじらせてね? 近寄らんとこ…」って、苦笑いしながら去っていった。はいはい、ご退場ありがとう。
もう、私のこの状態、何なんだろうね。
返歌を求める鬼女? 言葉に飢えた餓鬼?
でも、どこかで信じてるのよ。私のこの歪んだ招待状を、ちゃんと受け取って、同じ熱量で返してくれるヤツが、どこかにいるはずだって。
そいつとなら、きっと、言葉を超えたところで繋がれる。魂ごと。
そして、その先にある悦びは、きっと、この世のものとは思えないくらい、強烈で、甘美なはず。
夕焼けが、今日も教室を血の色に染めてる。
また、新しい歌が生まれる。これは、私から、まだ見ぬ「君」への、呪いにも似た恋文。
「黄泉路(よみぢ)より君招(よ)ぶ声ぞ 聞こゆなり うつし身はただ殻(から)となりて 魂(たま)のみぞ求め合うらん 君が言の葉 我が骨に染み 肉を削(そ)ぎてぞ 歌となさばや 永遠(とわ)に」
……ちょっと、やりすぎた?
でも、これくらいじゃないと、私の本気、伝わらないでしょ?
この歌に、どんな返歌が欲しいかなんて、もう自分でもわからない。
ただ、絶句するんじゃなくて、ドン引くんじゃなくて、逃げるんじゃなくて。
真正面から、私のこの「狂気」を、受け止めてくれるなら。
返歌、今度こそ、頼むわよ。
私のこの万葉歌・怒涛の返歌地獄変、いつになったらクライマックスが来るのかしらね。
色即是空蝉、されど、その空蝉の身悶えこそが、我が存在の証。
ああ、今日も、私の魂は、万葉の風に吹かれて、ひりひりと痛む。
そして、どうしようもなく、渇いている。
返歌、持ってこい。さもなくば、祟って化けて出てやる。マジで。