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第3話 ハーツ=ヴァンクード

(さてと)


 まず部屋の中の使えそうな物を確認する。


……何度見てもロウソクと骨しかない。


 武器、なし。

 食料、なし。


 これでどう攻略しろと……。


「俺はやるぞ!!」


 刺青を顔に入れた20歳ほどの男が拳をあげる。


「絶対生きて帰ってやる! 俺は死刑になるようなことは一切してないんだ! 全部……全部冤罪だ……! あのクソッタレ裁判官共め!!」


 お! 俺と同じようなやつもいるもんだな。


「女だって3人しかレ〇プしてないし、ガキを攫って売り飛ばしたのなんか2回ぐらいだ! 盗みに入った家の家族4人皆殺しにしたことはあるけど、あれは不可抗力というもの! 殺されるほどの罪じゃない!」


 前言撤回。早く死んでくれたまえ。


「俺は迷宮を攻略する! でも、1人じゃきっと無理だ。全員で力を合わせて迷宮を攻略しよう!」


 刺青男の提案に、囚人のほとんどは乗り気だった。


「た、たしかに、まとまって行動した方が攻略の可能性は高いよな?」

「うん。こいつについていくのは不安だが、言っていることは正しい」


 刺青男を除いた8人中、5人は刺青男に賛同した。

 俺と、さっき執行人に文句を言っていた大柄な男と、銀髪の女だけが腰を上げずにいた。


「おい! お前らはいいのか!?」


 刺青男は残った3人に言葉を向ける。


「へっ! 悪魔は、頭数揃えたからって勝てる相手じゃねぇよ!」と大柄な男は言う。

「私は、お前らと行動する気はない」と銀髪の女は言う。

「2人の意見を足したのが俺の意見だよ」と俺は言う。


 刺青男は「馬鹿な奴らだ」と吐き捨て、5人を連れて階段を下りていった。

 部屋に、俺と、大柄な男と、銀髪の女だけが残る。


 俺は天井を見上げる。

 10メートル上に緑のスライムの膜。あそこまで登るのは無理だろうな。この部屋の壁は凹凸が少なく、掴める場所がない。迷宮から脱出するのは物理的不可能。


 腰を上げ、部屋にある人骨を見る。


 骨にあまり破損が見られない。殴られた形跡や、噛み砕かれたりした形跡が一切ない。恐らく、死因は餓死。ここにある死骸は悪魔に殺されたわけじゃない、だとすれば、ここに悪魔は来ない可能性が高い。

 そして、ここでいくら待っても食料および水は沸いて出たりしない可能性も高い。つーか、ほぼ間違いなくそうだ。


 生きるためにはどのみち、進むしかないってわけか。


(無策で進むのは危険だ)


 いま俺の体調は万全じゃない。

 最後にメシ食ったのは12時間前。ベストパフォーマンスはできない。

 しかも武器もない。


 悪魔を相手にするなら、『空腹を満たすこと』と『武器を手に入れること』は必須。


 この条件を満たす悪魔の案が、俺の頭にはある。

 まず、この部屋にいるあの巨漢を殺す。そしてあいつの肉を食らって腹を満たす。そんであいつの骨を武器にする。


 他に策が出なかったら、実行するしかない。

 そんなことを考えていると、階段の先から多数の悲鳴が響いてきた。


「ふん。先に行った連中の声だな」


 大柄な男はそう言って笑った。


 断末魔の叫び、というやつか。

 ご愁傷様。


「おい」


 大柄な男が銀髪の女に近づく。


「どうせよ、このまま俺達は死んじまうんだ。だからよ、最後に良い思いしないか?」


 男は舐めるように女の肢体を見る。俺も釣られて、彼女の体を見た。


 腰まで伸びる銀色の髪、

 白くて張りのある肌、

 血のように、真っ赤な瞳。鋭く尖っていて、刺々しい。

 胸は大きく、囚人服を引っ張り上げている。


 歳は俺より上だ、18~20ぐらいかな。

 こんな掃きだめでも、高貴なオーラを感じる。とても罪人には見えない。


(この世に、あんな美人がいるとはな……)


 俺が見てきた女性の中で、最も美しい。

 ハッキリ言おう。俺は彼女に一目惚れした。


「……お前の言っている意味がわからない。お前は、私になにを要求している?」

「脱げ、って言ってるんだよ。服を全部脱いで、犬のように舌を出せ」


 おいおい、ここでおっぱじめるつもりか?

 男は強硬手段の構えだ。


「それはできない。父より、裸は心を許した者にのみ晒して良いと習っている」


(変な断り方だな……)


 助けるか? 

 いや待て。タイミングが重要だ。

 もうちょい追い詰められてから助けた方がポイント高いだろ。


「テメェの父親の言葉なんざ知ったことかよ!!」


 男が女に襲い掛かる。


(やばい、タイミング間違えた!)


 慌てて俺は飛び出すが、到底間に合わない。

 男が、女の胸倉を掴んだ――と思ったら、



「ぐへあっ!?」



 男の巨体が大きく宙を舞った。

 女が拳を握っているから、きっと彼女が殴り飛ばしたのだろう。それにしても――まったく殴る動作が見えなかった。


 男は地面に伏し、動かなくなった。


(つ、つよぉ……!)


 間違いなく、俺より強い。


「そろそろ行くか」


 女は1人、階段の方へ向かう。

 俺は立ち上がり、女の背中を追う。


「待て!」


 と言うも、女は止まらず、階段を下っていった。


(くそっ!)


 俺は階段を下りた。



◆〈ティソーナ〉第二層◆



 階段を下った先には、薄暗い一本道があった。一定間隔でロウソクが設置されていて、ロウソクの火で道は明るい。


「待てって!」

「む?」


 ようやく、女は足を止めた。


「あんた、すげぇ強いな。何者だ?」

「私は……」


 ゾク。と背筋に悪寒が走る。

 女の後ろに、角の生えた、筋肉質の人型のがいた。


(あれが、悪魔か!?)


 人型悪魔は腕を振り上げる。


「避けろ!」


 俺の警告は無意味だった。

 間に合わなかった、という意味ではない。必要ではなかったという意味だ。

 女は、いつの間にか悪魔の頭をもぎ取っていた。そんで握りつぶした。紫色の血が飛び散った。


「私はハーツ=ヴァンクード。悪魔祓いエクソシストだ」


 血飛沫越しに見えた彼女の顔は、美しくも……恐怖を感じた。

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