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第5話 生存確率5%

 弟子になった俺に、まずハーツが聞いてきたのは、


「お前は、悪魔と戦ったことがあるか?」

「ない。見たことすらさっきのが初めてだ」

「なら戦ってみろ」


 ハーツは俺の背後を指さす。

 俺の後ろには、子供ほどの背丈の鬼が立っていた。人型の鬼だ。肌が青く、角を2本生やしている。筋肉はあまりなく、細身だ。


(よくよく考えれば、俺が悪魔に勝てないって、決まってるわけじゃないよな)


 鬼は飛び上がり、俺の喉ぼとけに噛みつこうとする。


――遅い。


 俺は悪魔の腹を蹴りつけた。


「なんっ!?」 


――だよ、この蹴り応えの無さは!?


 まるで粘土を蹴ったみたいだ。

 俺は鬼の背後に回り、首を腕で絞める。だが鬼は苦しむ様子は見せても、一向に死ぬ気配はない。


「悪魔は生身では傷つけることはできない。悪魔を叩くには、霊力が必要だ」


 そう言ってハーツは右手を出す。ハーツの右手はなんの変哲もないが、なにか大きな力を感じる。何らかの力が彼女の手に集まっているのは感覚で読み取れる。


 ハーツは手刀を振るい、俺が取り押さえていた悪魔の胸を貫いた。悪魔は四散する。


「霊力は全人類に存在するものだ。ただ、自覚していないだけでな。エクソシストになるのに霊力の自覚は必須だ」

「どうすれば霊力を引き出すことができる?」

「方法は3つある」


 ハーツは人差し指を立てる。


「まず1つ、『悪魔をかせる』。

 人間は悪魔に取り憑かれると反射的に己の霊力で追い出そうとする。お前の潜在的霊力が高ければ、強引に霊力を引き出し悪魔を追い出す。そして霊感を掴むことができる。成功率は5%、失敗すれば死亡もしくは廃人」

却下きゃっかだ!」


「方法その2。『死の淵を彷徨さまよう』。

 生死を彷徨えばたまに霊感が掴める。具体的な方法としては、私が一方的にお前をボコボコにして瀕死にする。運よくお前が霊感を掴み、運よく命を留めることができれば霊力を扱えるようになる。霊感を掴める可能性は10%、蘇生に失敗すれば死ぬ」

「却下!!」


「方法その3。『“洗礼せんれいの果実”を食べる』。

 “洗礼の果実”は教団が人工的に作った果実だ。これを食べることで霊感を掴めることがある。成功率15%、失敗しても死なない。一番安全で安定な方法だが、いま手元に果実はないからこの方法は使えない。どうする少年、方法その1とその2、どっちがいい?」

「……どっちも嫌なんだが」


 ハーツは背中を向ける。


「ならば、お前を弟子にはできない。ここでおさらばだ」

「選べばいいんだろ! 選べば!」


 生存率がすでに1割を切ってしまった……。


(一見、その2の方が良さそうに見えるけど、霊感を掴める可能性が10%なだけで、そこからこの医療設備のない場所で瀕死の状態から回復できる可能性を合わせると……1%以下だ)


 ならば、


「その1だな」

「わかった」

「つーかよ、俺ってこれまで何度も瀕死になったことあるんだけど、生死を彷徨っても霊感なんて掴めなかったぜ。その2の方法で駄目だった俺が、その1の方法をやったからって霊感を掴めるのか?」

「大丈夫だ。その2とその3で駄目でもその1で霊感を掴めた者は多く存在する」

「それなら安心だ。いや……安心ではないか」


 5%……失敗すれば死ぬか、廃人。

 でもやらなきゃコイツは俺を置いて先へ進む。脅しじゃなく、コイツはマジで俺を置いて行くだろう。


 ハーツは怖気づく俺に「ところで」と言い、


「これまで何度も瀕死になったと言っていたな。お前、ここに来るまでなにをしていた?」

「剣闘士だよ」

「剣闘士……聞いたことがある。たしか、闘技場で見世物として決闘を繰り返す戦士だったか」

「そうだよ。334戦321勝13引き分け。それが俺の成績だ。引き分けは互いに戦闘続行不可能になった場合のこと。だから引き分けの数だけ俺は瀕死を経験している」


 ハーツは腕を組み、なにか考え込んでいる。


「……なるほど」


 ハーツは組んだ腕を解き、俺に背中を向ける。


「雑魚悪魔を捕まえてくる。その内に覚悟を決めておけ」

「あいよ」


 ハーツは一瞬で姿を消し、一瞬で戻ってきた。手には小さな鬼が握られている。


「覚悟は決まったな」

「猶予が短すぎるっ!」

「目を閉じて、力を抜け」


 ったく、落ち着く暇もありゃしない。


 瞼を下ろし、脱力する。


「頭の中に憎い相手を浮かべろ」


 憎い相手……憎い相手……マハルトだな。


「そいつに殺意を向けろ」


 あの野郎、ここから出たら真っ先にぶっ飛ばす!


「どんな手を使ってでも、そいつを殺したいと願え」

(どんな手を使っても……マハルトをコロ——)


 瞬間、全身に力が漲った。


「うっ――!」


 体のコントロールを失った。胸から淀みが広がっていく。まさか、悪魔が体に入ったのか?

 瞼が勝手に開く。すでに目の前のハーツは悪魔を持っていなかった。やはり、俺は悪魔に憑かれたようだ。


 右手は勝手に握られ、俺はハーツに殴りかかった。


「うおおっ――ぶへあっ!?」


 ハーツは俺の腹を蹴って反撃した。

 俺はその場にうずくまる。


「次、私に襲い掛かってきたら殺す」

(スパルタ過ぎるだろ!!)


 ツッコミの声すら出せない。


「早く自分の魂の部屋を見つけ出せ」

(魂の、部屋……?)

「お前の“心”だ」


 自分の体内に意識を向ける。

 臓器よりもさらに深い所へ――

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