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第7話 天国へ

 霊感を掴んだところで、俺達は迷宮攻略を再開することにした。


「少年。名前はなんと言う?」

「エルだ」

「ではエル、まずは迷宮のセーブポイントに行くぞ」

「セーブポイント?」

「水や果物がある階層だ」

「随分と人間側に都合の良い階層があるんだな」

「家畜に餌をやるのと変わらん。我々を太らせて食べた方が効率的だからな」


 セーブポイントを目指して、ハーツは歩き出した――のだが、


「おい」


 俺はハーツを呼び止める。


「なんだ?」

「そっちは来た道だろ。第一層に戻る気か?」

「……そうだったか。間違えた」


 ハーツは改めて奥に進みだす。

 悪魔に出くわさないまま、突き当りに行きつく。

 道は左右に1本ずつ。


「右に行くぞ」


 ハーツの先導で右の道へ行く。

 しかし、残念ながら道は行き止まりだった。


「戻るぞ」


 道を戻っていく。このまま真っすぐ行けば、さっき選択していない道に入るのだが、なぜかハーツは左に曲がった。


「ちょっと待て」

「なんだ?」

「そっちはいま通ってきた道だ」

「そうだったか? すまん。間違えた」


 ハーツは反転し、また突き当りへ。

 左右に一本ずつ道がある。右はもう行った道だ。なのに、ハーツは右の道へ入った。


「……待った」

「なんだ?」

「あんた……方向音痴って言われないか?」


 ハーツは無表情のまま、


「自慢じゃないが、百度通った道も覚えん」

「ほんとに自慢じゃねぇな! 後ろへ行け。俺が前を歩く!」


 隊列を変更し、先へ進む。


(しかしこいつ……結構天然気質だよな)


 今まで隙がない感じだったから、ちょっぴり可愛げを感じた。

 歩くこと5分。俺達はまた悪魔に出会った。


「犬型の悪魔か」


 六つ目で、真っ黒な体毛を持つ犬。戦闘態勢になる俺に反して、ハーツは腕を組み、壁に背を預けた。


「どういうつもりだ?」


 少し怒りつつ、俺は聞く。


「私は手を出さない。迷宮はお前が攻略しろ」

「はぁ!?」

「アドバイスはしてやる。だが絶対に手を貸したりはしない。例えお前が死のうとも、私は傍観する」

「そりゃきつ――」


 話の途中で、悪魔犬は吠えながら俺の首に噛みついてきた。


(いって!?)


 霊力でガードしても、首の皮は貫通され、血が滴る。

 俺は犬の尻尾を掴み、引きはがし、そのまま地面に叩きつけた。


「……子犬が!」

「油断するな。人間の血に、悪魔は群がる」


 前後から多数のプレッシャーを感じた。

 さっきの悪魔犬と同種の悪魔が何匹も、俺達を囲んでいる。


「おいおい……!」

「どうした、もう限界か?」

「……弟子が逃げ出すわけだぜ」


 そこからは地獄の時間だった。 

 悪魔の大群を相手に、拳を振り回す。倒しても倒しても悪魔は湧いてくる。

 ハーツは自分に襲い掛かってきた悪魔を瞬殺するだけで、俺に対してはなにも支援してくれない。たまに「油断するな」、「限界か?」、「その程度か?」と声をかけてくるだけだ(ただの迷惑)。


 悪魔を倒しながら迷宮を進んでいき、俺は階段を見つける。


「あった! 次の階に繋がる階段だ!」


 俺は階段を下った。



◆第3層◆



 階段を下った先にあったのは――オアシスだった。


「セーブポイントだな」


 周囲は岩壁。部屋の中央には湖があり、湖の周りには木がある。木には木の実が成っている。幸い、悪魔の姿は見当たらない。

 他の部屋に繋がるような道はなく、いま下りてきた階段のすぐ隣に下へ繋がる階段がある。

 部屋の中を一通り見まわしたら、頭がクラッとした。


(やっべ)


 意識の糸が悲鳴をあげている。

 俺はその場に膝をつく。視界は霞んでいく。

 初めての感覚だ。体の芯から力が消えていくような感覚。


「霊力を消費し過ぎたな。霊力がなくなれば魂は休憩に入る。魂倒こんとう、というやつだ」

「は、初耳だ……」


 俺はそのまま倒れこむ。


「……やれやれ、看病ぐらいはしてやるか」


 最後にそんな言葉を聞き届け、俺は魂倒した。



 ◆◆◆



 魂倒から目を覚ました俺は、ハーツが用意してくれた果物を食べていた。リンゴの見た目にみかんの食感の果物だ。味はほとんどない。


「エル」


 ハーツが湖の側で『こっちへ来い』と手を振る。

 湖に近づくと、熱気が肌を撫でた。


「こいつは……湖じゃ無くて、温泉か!」

「そのようだ」

「へぇ! いいじゃねぇか。入ろうぜ。どうする? あんたから入るか?」

「断る」

「ん? じゃあ俺が先にもらっても――」

「一緒に入ろう」

「え?」


 聞き間違い……だよな?


「師弟は共に湯につかると仲間から聞いたことがある」


 聞き間違いじゃなかった。


「いや、でもそれは……同性の師弟の場合で……」

「嫌なのか?」

「いいや、一緒に入りましょう。お師匠!」


 地獄が天国に早変わりだ。

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