霊感を掴んだところで、俺達は迷宮攻略を再開することにした。
「少年。名前はなんと言う?」
「エルだ」
「ではエル、まずは迷宮のセーブポイントに行くぞ」
「セーブポイント?」
「水や果物がある階層だ」
「随分と人間側に都合の良い階層があるんだな」
「家畜に餌をやるのと変わらん。我々を太らせて食べた方が効率的だからな」
セーブポイントを目指して、ハーツは歩き出した――のだが、
「おい」
俺はハーツを呼び止める。
「なんだ?」
「そっちは来た道だろ。第一層に戻る気か?」
「……そうだったか。間違えた」
ハーツは改めて奥に進みだす。
悪魔に出くわさないまま、突き当りに行きつく。
道は左右に1本ずつ。
「右に行くぞ」
ハーツの先導で右の道へ行く。
しかし、残念ながら道は行き止まりだった。
「戻るぞ」
道を戻っていく。このまま真っすぐ行けば、さっき選択していない道に入るのだが、なぜかハーツは左に曲がった。
「ちょっと待て」
「なんだ?」
「そっちはいま通ってきた道だ」
「そうだったか? すまん。間違えた」
ハーツは反転し、また突き当りへ。
左右に一本ずつ道がある。右はもう行った道だ。なのに、ハーツは右の道へ入った。
「……待った」
「なんだ?」
「あんた……方向音痴って言われないか?」
ハーツは無表情のまま、
「自慢じゃないが、百度通った道も覚えん」
「ほんとに自慢じゃねぇな! 後ろへ行け。俺が前を歩く!」
隊列を変更し、先へ進む。
(しかしこいつ……結構天然気質だよな)
今まで隙がない感じだったから、ちょっぴり可愛げを感じた。
歩くこと5分。俺達はまた悪魔に出会った。
「犬型の悪魔か」
六つ目で、真っ黒な体毛を持つ犬。戦闘態勢になる俺に反して、ハーツは腕を組み、壁に背を預けた。
「どういうつもりだ?」
少し怒りつつ、俺は聞く。
「私は手を出さない。迷宮はお前が攻略しろ」
「はぁ!?」
「アドバイスはしてやる。だが絶対に手を貸したりはしない。例えお前が死のうとも、私は傍観する」
「そりゃきつ――」
話の途中で、悪魔犬は吠えながら俺の首に噛みついてきた。
(いって!?)
霊力でガードしても、首の皮は貫通され、血が滴る。
俺は犬の尻尾を掴み、引きはがし、そのまま地面に叩きつけた。
「……子犬が!」
「油断するな。人間の血に、悪魔は群がる」
前後から多数のプレッシャーを感じた。
さっきの悪魔犬と同種の悪魔が何匹も、俺達を囲んでいる。
「おいおい……!」
「どうした、もう限界か?」
「……弟子が逃げ出すわけだぜ」
そこからは地獄の時間だった。
悪魔の大群を相手に、拳を振り回す。倒しても倒しても悪魔は湧いてくる。
ハーツは自分に襲い掛かってきた悪魔を瞬殺するだけで、俺に対してはなにも支援してくれない。たまに「油断するな」、「限界か?」、「その程度か?」と声をかけてくるだけだ(ただの迷惑)。
悪魔を倒しながら迷宮を進んでいき、俺は階段を見つける。
「あった! 次の階に繋がる階段だ!」
俺は階段を下った。
◆第3層◆
階段を下った先にあったのは――オアシスだった。
「セーブポイントだな」
周囲は岩壁。部屋の中央には湖があり、湖の周りには木がある。木には木の実が成っている。幸い、悪魔の姿は見当たらない。
他の部屋に繋がるような道はなく、いま下りてきた階段のすぐ隣に下へ繋がる階段がある。
部屋の中を一通り見まわしたら、頭がクラッとした。
(やっべ)
意識の糸が悲鳴をあげている。
俺はその場に膝をつく。視界は霞んでいく。
初めての感覚だ。体の芯から力が消えていくような感覚。
「霊力を消費し過ぎたな。霊力がなくなれば魂は休憩に入る。
「は、初耳だ……」
俺はそのまま倒れこむ。
「……やれやれ、看病ぐらいはしてやるか」
最後にそんな言葉を聞き届け、俺は魂倒した。
◆◆◆
魂倒から目を覚ました俺は、ハーツが用意してくれた果物を食べていた。リンゴの見た目にみかんの食感の果物だ。味はほとんどない。
「エル」
ハーツが湖の側で『こっちへ来い』と手を振る。
湖に近づくと、熱気が肌を撫でた。
「こいつは……湖じゃ無くて、温泉か!」
「そのようだ」
「へぇ! いいじゃねぇか。入ろうぜ。どうする? あんたから入るか?」
「断る」
「ん? じゃあ俺が先にもらっても――」
「一緒に入ろう」
「え?」
聞き間違い……だよな?
「師弟は共に湯につかると仲間から聞いたことがある」
聞き間違いじゃなかった。
「いや、でもそれは……同性の師弟の場合で……」
「嫌なのか?」
「いいや、一緒に入りましょう。お師匠!」
地獄が天国に早変わりだ。