俺はいま、美人のお師匠と同じ湯につかっている。
タオルなんてないからお互い体を隠すことはできない。全身をさらけださなければならない。真っ裸だ。
ま、視界は真っ黒なんだけどな。
「……ったく、こりゃないぜ」
俺は囚人服のズボンで目から上をぐるぐる巻きにされた。
「父より、裸は心を許した者にのみ晒して良いと習っている」
「そういや、そんなこと言ってたな……」
なんてこった。これなら別々に入った方がマシだった。と思ったんだが、
「……っ!?」
ピト。と、背中に、モチッとした感触が当たった。人間の体温を感じる。首に、くすぐったい髪の毛の感触がある。
「ふぅ」
甘い吐息が、真後ろから聞こえた。
間違いない。いま、俺はハーツと背中合わせになっている。
「しかし、この迷宮は優しいな」
「優しい?」
「ああ。第一層に悪魔を配置しない。道は全て明るく、セーブポイントを浅い層に設置する。悪魔もそこまで強くない。こちらに都合がよすぎる。10歳の時からエクソシストとして働き、多くの迷宮を踏破してきたが、こんなにも優しい迷宮には遭遇したことがない」
「そうなのか。ってかあんた、そんなガキの頃からエクソシストだったのか!?」
「ああ」
「……どうしてエクソシストになったのか、聞いてもいいか?」
「深い理由はない。なるべくしてなっただけだ。物心ついた時からエクソシストになるための訓練が始まった。
「つまんねー人生だな」
俺も人のことを言えた義理じゃないけど。
「エクソシストになる動機って、『悪魔に家族を食われたから』とか、『悪魔から人類を守るため』だとか、そういうモンじゃないのか?」
「お前の言う通り、ほとんどの人間はそういう動機さ。私が特殊なんだ。……私は、復讐のために、誰かを守るために戦うという人間が理解できない。生まれた時からただ、『悪魔を滅ぼすため命を賭けて当然だ』と教え込まれていた。そこに『誰かのために』という感情はない。私には、守りたい人間というのがいない」
ハーツは、少しだけ落ち込んだ声で、
「私には好きな人間が存在しない。だから、彼らが羨ましく感じる時がある。私にも守りたい大切な存在が居れば、もっと私は……彼らのように、強くなれたのだろう」
こいつの気持ちは少しだけ……わからんでもない。
俺も同じだ。守りたい人間が居ない。守る強さというものがない。
俺とこいつは同じ弱さを抱いている、それなら、
「ならよ、俺の恋人にならないか?」
なんてことない調子で俺は聞く。
「……恋人とは、両想いの間柄を言うはずだ。婚約を前提とした付き合いをしている関係を言うのだろう」
「そうだ。別にいまあんたが俺のこと好きじゃなくても、デートを重ねる内に俺のこと好きになれるかもしれないだろ? 誰かを好きになりたいなら、好きになる努力をまずしようぜ」
「断る」
バッサリと言われた。
「父によって決められた婚約者がいる。だから、私はお前と婚約を前提とした付き合いはできない」
「なんでもかんでも父親の言うとおりかよ。もうおとなしく父親の言うことを聞く歳でもないだろ?」
「私の父はエクソシストの頂点、教皇だ。エクソシストである以上、私は父親には逆らえない」
父親だからではなく、教皇の命令だから逆らえないってわけか。
それにしても父親がエクソシストの頂点とはね。だからずっとエクソシストとしての教育を受けさせられたわけだ。
でも、ムカツクな。
まだ見たこともないハーツの父親に憤りを感じる。娘の人生を全部操る気かよ……。
「それなら、俺があんたの親父より偉くなれば、あんたは俺と付き合ってくれるのか?」
俺が聞くと、数秒の沈黙が流れた。
「ほ、本気で……言っているのか?」
ハーツがはじめて、動揺した声を出した。
「大真面目さ。で、どうなんだ?」
「それは……お前が、父より偉くなったのなら、私に拒否権はないだろう、な……」
「ははっ! じゃあ決まりだ。俺はあんたの父親より凄いエクソシストになって、あんたを貰い受ける」
いいね。
俄然、エクソシストの修行をやる気になってきたぜ。
外に出たらエクソシストなんてやめるつもりだったけど、まぁいいか。別に外に出てやることもなかったしな。
俺は教皇を目指す。
教皇になって、それで、この絶世の美女を恋人にする。
――悪くない。
「……ふっ。まぁいい。やれるものならやってみろ」
そう言うハーツの声は、どこか嬉しそうだった。