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第8話 約束

 俺はいま、美人のお師匠と同じ湯につかっている。

 タオルなんてないからお互い体を隠すことはできない。全身をさらけださなければならない。真っ裸だ。


 ま、視界は真っ黒なんだけどな。


「……ったく、こりゃないぜ」


 俺は囚人服のズボンで目から上をぐるぐる巻きにされた。


「父より、裸は心を許した者にのみ晒して良いと習っている」

「そういや、そんなこと言ってたな……」


 なんてこった。これなら別々に入った方がマシだった。と思ったんだが、


「……っ!?」


 ピト。と、背中に、モチッとした感触が当たった。人間の体温を感じる。首に、くすぐったい髪の毛の感触がある。


「ふぅ」


 甘い吐息が、真後ろから聞こえた。

 間違いない。いま、俺はハーツと背中合わせになっている。


「しかし、この迷宮は優しいな」

「優しい?」

「ああ。第一層に悪魔を配置しない。道は全て明るく、セーブポイントを浅い層に設置する。悪魔もそこまで強くない。こちらに都合がよすぎる。10歳の時からエクソシストとして働き、多くの迷宮を踏破してきたが、こんなにも優しい迷宮には遭遇したことがない」

「そうなのか。ってかあんた、そんなガキの頃からエクソシストだったのか!?」

「ああ」

「……どうしてエクソシストになったのか、聞いてもいいか?」

「深い理由はない。なるべくしてなっただけだ。物心ついた時からエクソシストになるための訓練が始まった。すぐれたエクソシストを作るため食事を与えられ、優れたエクソシストを作るため寝床を与えられた。私も……そして、妹も」

「つまんねー人生だな」


 俺も人のことを言えた義理じゃないけど。


「エクソシストになる動機って、『悪魔に家族を食われたから』とか、『悪魔から人類を守るため』だとか、そういうモンじゃないのか?」

「お前の言う通り、ほとんどの人間はそういう動機さ。私が特殊なんだ。……私は、復讐のために、誰かを守るために戦うという人間が理解できない。生まれた時からただ、『悪魔を滅ぼすため命を賭けて当然だ』と教え込まれていた。そこに『誰かのために』という感情はない。私には、守りたい人間というのがいない」


 ハーツは、少しだけ落ち込んだ声で、


「私には好きな人間が存在しない。だから、彼らが羨ましく感じる時がある。私にも守りたい大切な存在が居れば、もっと私は……彼らのように、強くなれたのだろう」


 こいつの気持ちは少しだけ……わからんでもない。

 俺も同じだ。守りたい人間が居ない。守る強さというものがない。


 俺とこいつは同じ弱さを抱いている、それなら、



「ならよ、俺の恋人にならないか?」



 なんてことない調子で俺は聞く。


「……恋人とは、両想いの間柄を言うはずだ。婚約を前提とした付き合いをしている関係を言うのだろう」

「そうだ。別にいまあんたが俺のこと好きじゃなくても、デートを重ねる内に俺のこと好きになれるかもしれないだろ? 誰かを好きになりたいなら、好きになる努力をまずしようぜ」

「断る」


 バッサリと言われた。


「父によって決められた婚約者がいる。だから、私はお前と婚約を前提とした付き合いはできない」

「なんでもかんでも父親の言うとおりかよ。もうおとなしく父親の言うことを聞く歳でもないだろ?」

「私の父はエクソシストの頂点、教皇だ。エクソシストである以上、私は父親には逆らえない」


 父親だからではなく、教皇の命令だから逆らえないってわけか。

 それにしても父親がエクソシストの頂点とはね。だからずっとエクソシストとしての教育を受けさせられたわけだ。


 でも、ムカツクな。


 まだ見たこともないハーツの父親に憤りを感じる。娘の人生を全部操る気かよ……。


「それなら、俺があんたの親父より偉くなれば、あんたは俺と付き合ってくれるのか?」


 俺が聞くと、数秒の沈黙が流れた。


「ほ、本気で……言っているのか?」


 ハーツがはじめて、動揺した声を出した。


「大真面目さ。で、どうなんだ?」

「それは……お前が、父より偉くなったのなら、私に拒否権はないだろう、な……」

「ははっ! じゃあ決まりだ。俺はあんたの父親より凄いエクソシストになって、あんたを貰い受ける」


 いいね。

 俄然、エクソシストの修行をやる気になってきたぜ。


 外に出たらエクソシストなんてやめるつもりだったけど、まぁいいか。別に外に出てやることもなかったしな。


 俺は教皇を目指す。

 教皇になって、それで、この絶世の美女を恋人にする。


――悪くない。


「……ふっ。まぁいい。やれるものならやってみろ」


 そう言うハーツの声は、どこか嬉しそうだった。

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