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第22話 “図書館の声” その2

 この図書館は2階建て。

 例の変な声がしたのは2階奥の倉庫だ。痛んだ本などを管理していた倉庫だったらしいが、それらの本は1月前に一斉処分し、いまはなにもないそうだ。

 まず1階。入ってすぐに階段があったが、すぐに階段は上らない。一応1階も探索しておこう。


「怖いなぁ……悪魔とか出て来そうですよ」

「そういう任務だろうが」

「たしか道具型の可能性が高いんですよね」

「らしいな。本に憑いてる可能性大だってマーサ司祭は言ってたな」

「この数の本を全部調べるのは無理じゃないですか?」

「いざとなったらやるしかねぇだろうよ」

「うげぇ~、めんどくさっ」


 ざっと1階を周ったが、怪しい点はなし。


「入口の階段へ戻ろう」


 そう言って、階段のある場所へ戻った際に異変を見つけた。


「あれ? あれあれ!?」

「こいつは……」


 階段が――なくなっていた。

 2階へ繋がる手すりはある。なのに、階段だけが削られている。


「【相棒! 入り口が……!】」


 ティソーナの言葉で入り口の扉があった場所を見ると、扉が――消えていた。

 窓とか、外に繋がる物も全部壁になっている。


「ぽぽぽ、ポルターガイストだぁ!?」

「ティソーナ。1つ聞きたいことがある」

「【なんだ?】」

「この図書館が迷宮って可能性はあるか?」

「【ありえる】」


 俺の質問に答えたのはティソーナではなく、フォウの中にいる怪狸だった。若く、クールな感じの女性の声だ。


「【迷宮の形は様々……天高くそびえ立つ塔もあれば、地下深く続く洞穴のこともある。なんてことない砂漠、樹海が実は迷宮だったなんてこともある。果てには、国そのものが1つの大迷宮だったこともあった】」

「迷宮説ですか。可能性は高そうですね」

「もしここが迷宮なら迷宮主がいるはず。迷宮の主は最上階もしくは最下層に居ると決まってる――上の階へ進もう」

「え? アホですか? ここは退避一択ですよ!」

「ここから出るには壁を壊さないと駄目だ。迷宮説がハズレだったら場合、図書館は壊さずに済ませたい」

「それは、そうですね……」


 俺は手すりを走って渡り、上の階へ行く。2階の探索を始める。


「へぇ~、ここの図書館、けっこう幅広くおさえてますね」


 フォウは本棚を物色しながら言う。


「好きなのか? 本」

「はい。子供の頃から本が友達で……あれ?」


 フォウは言葉を途中で区切った。


「フォウって、子供の頃本読んでましたっけ?」

「俺に聞かれてもわかるはずないだろ……」

「エルさんは本とか読むんですか?」

「いまはあまり読まないけど、ガキの頃は読んで――」


 ガキの頃……。


「ん? 俺、ガキの頃本読んでたっけ?」

「エルさん、あの……」


 フォウは声を震わせ、


「子供の頃のこと、覚えてます?」

「いや、覚えてない。すっぽり抜けた感じだ」


 まさか。とフォウと目を合わせる。


「記憶が消えてる!?」

「いいや、奪われてるってのが正しいだろうな。――ティソーナ、お前は変化ないか?」

「【俺様は生まれてからこれまでのこと、ぜーんぶちゃんと覚えてるぜ】」

「怪狸はどうです?」

「【拙者も問題なし】」

「つーことは、対象は人間だけか。異変が起きたのはほぼ間違いなく図書館に入ってからだろう……急いだほうが良さそうだな」


 俺は奥へ歩を進める。

 例の倉庫、変な声のする倉庫の扉の前に辿り着いた。


「ここが妙な声がするって部屋だ」

「は、早く入って悪魔を倒しましょう! じゃないと、記憶が全部なくなっちゃいますよ!」


 扉を引いて開き、中に入る。

 倉庫の中には本棚がいくつかあり、本が詰まっている。


(聞いた話と違うな)


 ここにある本は……なにか、妙な霊力を感じる。


「見てください! エルさん!」


 フォウは本棚から抜き取った本を見せてくる。

 本の表紙には、30歳ほどの男性の写真が張り付けてあった。


「おかしいです。この本の中は多分、表紙の写真の人の人生が延々とつづられてます!」

「他も同じだ。全部、歴史書みたいな形式で人生が書かれている。タイトルも、まんま名前だしな」


 本棚の中に、茶髪の女子が表紙の本があった。

 低身長で、愛嬌のある少女だ。


(これは……?)


 タイトルは……“フォウゼル=ヘルマン”。


(これ、フォウの写真か! なんだよ、美少女じゃねぇか。この見た目のなにが恥ずかしいんだか)


 中を覗く。


 フォウゼル=ヘルマン。医者の父とエクソシストの母の間に生まれる。

 幼少期は明るく元気な子供だったが、6歳になった頃に母親が悪魔と戦い戦死し、そのショックで引きこもるようになる。10歳の時、淫魔に憑かれた父親に襲われる。必死に抵抗するも、首を絞められ生死を彷徨う。この際に霊感を掴み、霊力の力で父親を絞殺する。父親は死に際に『お前は母さんにそっくりで、お前を見ていると母さんの姿を思い出す。その度、苦しくて辛かった』と言い残した。その後、シャルブック教団に保護されるも心に負った傷は深く、他人と接することを怖がるようになる。


 他人とうまく接することができないまま2年の時が流れる。ある日、ロビン大司教の計らいで母の守護神だった怪狸を守護神にし、怪狸の能力で自分の姿を化けさせることで他人とのコミュニケーションが取れるようになった。


「……」


 他にも色んなエピソードが書き込まれている。本を読むのが好きだったとか、11歳になるまでおねしょ癖があったとか、変化の術を上手く使って授業とか任務をサボってきたとか、心を許した相手にしか人間の姿を見せないとか。


 10ページぎっしり書いてあり、11ページには今まさに新しいエピソードが書き込まれている。黒い文字が浮かび上がってきている。


(図書館に入った人間の記憶を抜き取り、ここにある本に書き込んでいるのか。書いてあるのは大まかなエピソードばかり……最初はその人間の印象深い出来事を抜いているのだろう。だから俺もフォウも、言葉を習った記憶とかは抜けてない。ゆえに言葉を喋れるし文字もわかる)


 ずっとここに居たらそういう細かい記憶もいずれ抜かれるだろう。


 名づけるならこれは“記憶の書”。

 そしてここは“記憶の部屋”ってところか。


「なに勝手に人の本読んでるんですか!?」


 フォウは俺の手にある本を見て、顔を赤くさせた。


「悪い。つい目に入ったからな」

「もう! プライバシー侵害です! あ、エルさんの本みっけ! フォウもエルさんの本見ちゃいますからね!」

「勝手にしろ」


 問題はどうやって記憶を戻すかだな……。

 本棚に本を戻す。すると、背後に気配が現れた。


「ようやく、主のおでましか!」


 振り向くと、扉を背に、時計が浮いていた。霊力を纏った時計だ。


「【ようこそ我が神殿へ。ミスターエル、ミスフォウゼル】」


 丁寧な口調で、悪魔はそう言った。老いた男の声だ。

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