本の大群で防御を固める図書館悪魔。
俺はロウソクを振りかぶり、本の密集地点へぶん投げる。
「【無駄なことを】」
ロウソクの行く手を阻むよう、本が集まった――瞬間に、
「ボン!」
1本の蝋全てを費やし、ロウソクを爆破。
本の集合体は一気にはじけ飛び、黒煙が図書館悪魔の視界を覆う。
「【爆発!?】」
おかしい。と、俺は爆発の規模を見て思う。
(てっきり図書館まで爆発が届くと思ってたんだがな。
まぁいい。
(本のガードはぶっ飛ばした。及第点の働きはした……!)
俺は新たなロウソクを手にする。
「フォウ! 俺を図書館の天井まで投げてくれ!」
「わっかりましたぁ!!」
巨大たぬきが俺を右手に乗せ、黒煙に向かって投げる。
「憑神ッ!!」
空中でロウソクにティソーナを憑かせる。
黒煙から飛び出し、図書館の屋根の上に乗っかる。
「【降りなさい!!】」
四方八方から本棚が飛んでくる。
「
俺は向かってきた本棚を全て炎の刃で斬り裂く。
すると本棚は炎を灯し、天井に落下。そこから火が天井に燃え移る。
「【いけないっ!】」
図書館悪魔はなんとか消火しようと色々な道具を火に押し付けるが、炎は燃え移るばかりだ。
「1つ、知識をくれてやるよ」
俺はロウソクを両手で握り、剣先を真下に向ける。
「【やめろ! 私はもっと……もっと知識を……!!】」
「図書館は……
俺は炎の剣を屋根に刺し、そこを起点に火力を投入。図書館を燃やしていく。
「「ぶっ燃やす!!」」
炎が棚に、本に引火し、次々と燃え移っていく。
「【ぬわああああああああああああっっ!!?】」
――図書館は全焼した。
◆
「私の図書館があああああああああああああああああああああっっ!!?」
悪魔を祓って、依頼人にも感謝されて一件落着――とはならなかった。
依頼人の女性は燃え尽きた図書館を見て、膝を崩し、絶叫する。
「30年間……守ってきたのにっ!」
「まぁ元気出せよ」
「燃やしたのはあなた!! 見てましたからね! どう責任取ってくれるんですか!?」
いや、あれはもう図書館ごと
「まぁまぁ、その辺にしてあげてください」
そう言って、1人の男が割り込んできた。
俺よりも背が高い、180ぐらいあるか? 灰色の髪の男だ。両耳に弾丸がついたピアスをしている。
「悪魔保険には入っていますか?」
「え、ええ。入ってます」
「なら大丈夫。我々が責任もって図書館を修繕します」
男は遅れて到着した助祭の女性に指示を出す。
「後は任せるよ」
「了解です。
大司教?
「あーっ! ロビン大司教じゃないですか!」
子たぬきの姿のフォウが、俺の頭に乗って弾丸ピアスを指さす。
「よっ! 助けに来たぜ」
「遅いですよ!」
「大司教……」
ハーツに聞いた話だと教団の階級の中で上から3つ目のランクだったな。
結構偉い方だ。
「最後の方だけ見させてもらったぜ。お前さんの戦いぶり」
ロビンは俺の頭をポンポンと二度叩く。
「合格だ。もうFランク任務はいい、聖教学校の入学試験を受けな」
「いいのか? 本来なら、あと2つFランク任務をこなさないといけないんだろ?」
「この任務はついさっきDランクに引き上げられた。Dランク任務をできるんだ、試験を受ける資格は十分だよ」
ロビンは一枚の紙きれを渡してくる。
「今夜8時、ここに書かれている住所に来い。入学試験の日程や場所を教えてやる」
ロビンは「またなー」と手を振って、姿を消した。
「エルさんはこれから入学試験ですか」
「そうみたいだな」
「大変ですねぇ。中途入学の試験は難しいらしいですよ~」
中途入学?
そっか。いまは6月、すでに入学式とかは終わっているか。
「……エルさん」
フォウは珍しく真面目な声色で、
「思い出、大切にしてください。さっきみたいなこと、もうやめてくださいよ」
「記憶の書を斬ったことを言ってるのか? さっきも言ったけど、俺に大切な記憶なんか――」
「あるじゃないですか」
フォウは、あの時俺の記憶の本を読んだ。
だから、彼女は俺の過去を知っている。
「8歳の時、剣の腕をお父さんに褒められたとか、10歳の時、お母さんが焼いてくれたクッキーが美味しかったとか。もういない、ご両親との思い出が……あの本には書かれてましたよ」
「別に、大した思い出じゃないさ」
「亡くなった人との思い出は、もう増えることはありません。た、大切にしてあげてくださいっ……!」
諭すように、フォウは言う。
俺にとって、あれらは大切ではない記憶だと認識している。
だけど、あの記憶の書は印象深い記憶から記録されていたはず。ってことは、心の奥底で……俺は両親との思い出を、重要な記憶として刻んでいたのだろうか。
「あとハーツ枢機卿との甘酸っぱい約束とか、剣闘士として戦っていたこととか、全部書いてありましたよ。ふっふっふ! エルさんの秘密はもうフォウに筒抜けです! フォウはエルさんの弱みを握ったも同然……」
「……11歳までおねしょ癖があったのは、どこの誰だったかな」
「はうっ!? そ、そんなことまで書いてあったのですか……」
「弱みを握ってるのはお互い様だな」
俺はフォウに背を向ける。
「またな。次は聖教学校で会おうぜ」
「あ、あの!」
ボォン! と背後で音が鳴った。
振り返ると、クセの強い茶髪の女子が、布団を被って現れた。ダボダボだがエクソシストの制服を着ている。なんとなく、さっきのたぬきの面影がある。
フォウだ。記憶の書の表紙にあった写真と同じ姿である。
フォウの後ろには人間とたぬきを足して2で割ったような人型守護神が立っている。獣人とでも評すればいいのだろうか。小柄なフォウと違ってナイスバディなタヌキ娘だ。クールな顔つきをしている。
(そういや、こいつの記憶の書に、『心を許した相手にしか、人の姿は見せない』って書いてあったっけな)
俺の記憶を、過去を見たことで、心を許してくれたのだろうか。
「試験、が、頑張ってくださいね」
紅潮した顔で、目をうるうるとしながら、上目遣いでフォウは応援してくれた。
「憑神ッ!」
フォウは
「で、ではまた、聖教学校で!」
「おう。ありがとな」
俺はフォウと別れた。
「【なぁ相棒】」
肩のティソーナが声をかけてくる。
「なんだよ?」
「【そういや、俺様ってお前の過去とかまったく知らねぇんだよなぁ。教えてくれ】」
「別にいいけど、俺の過去なんて面白くないぞ……」
俺は夜になるまで、ティソーナに過去のことを話した。
ティソーナは話を聞き終えると泣いていた。
う~む。もしかして、俺の過去って、俺が思ってるより悲惨なのか? 他の連中の反応を見るとそう思えてくる。
なんだろうな、この違和感。
ティソーナやフォウにあって、俺に欠落しているものがあるような気がする。