「んが」
気が付くと、俺はソファーで横になっていた。
窓から朝陽が差し込んでいる。
「朝か……ここは……」
昨日のキャバクラだな。
ロビンの姿もないし、キャバ嬢の姿もない。
「あら、起きたのね」
バーカウンターに、1人の大柄な女性がいた。
カウンターに肘をついたその女性は、筋肉質で、金のモヒカンで、褐色肌で、タンクトップを着ている。ムキムキだ。脂肪ではなく、筋肉で100㎏あるだろう。
「ぐっ!?」
頭が、痛い……。
「昨日、あなた間違えてアルコール入りのお菓子食べちゃったのよ。でもまさか一口で気絶するとは思わなかったわ」
ロビンに勧められてチョコを食ったところから記憶がない。
あのチョコがそうだったのか……。
「あんたは……」
「アタシはマスター=ヘヴンアウト。この店の店主よ。気軽にヘヴンって呼んでね♡」
「【おいエル!】」
俺と同時に起きたティソーナが、時計を指さして叫んでいる。
「【やべぇぞ! もう8時半だ! 試験があと30分で始まっちまう!】」
「……ホントだ。急がねぇとな」
俺はソファーから体を起こす。
「一晩泊めてくれてありがとう。迷惑かけた」
「いいのよ別に。そうそう、怪我してたみたいだったから、ついでに治しておいたわ」
「え?」
そういや、昨日の図書館悪魔との戦闘でついた傷がなくなっている。
頭は重いが、体は軽い?
「最近の傷薬は凄いでしょ。試験、頑張ってね」
「……おう」
俺は店を出た。
会場に向かって走る。
――しかし。
(あれだけの傷を一日で治せる傷薬なんて、あるわけないよな……)
◆
試験会場である訓練場の前に着く。
「ここが会場か」
会場は石造りの建物で、特に華美な装飾はなく簡素なものだ。
長い階段をのぼらされたわりにがっかりである。
「【入口ん所に誰かいるぜ】」
入り口と思しき木造りの扉の前に、紺色の髪の男が立っている。身長は俺より少し低い。
「……やっとここまで来たよ、姉さん。あと少しで、解放してあげられるから……待っててね」
そう言って、男は建物に入っていった。
「【1人でぼそぼそと、気色悪いやつ】」
「だな~。でも……相当やるぜ、あいつ」
あの野郎、軽く俺に殺気を飛ばしていたな。それも霊力混じりの冷たい殺気だ。
背後に立たれたら警戒するのが当然とは言え、良い気分じゃないな。
(あいつも受験生かな。もし、試験が受験生同士を戦わせるような実戦形式なら……戦ってみてぇな)
建物に入る。
玄関を抜けて、正面の扉を開くと、控室のような小さな部屋に着いた。
俺含め、人数は4人。
俺と、さっきの紺色の髪の男。
そんで目つきの悪いバンダナ男と、緑髪の細長い男。全員、男だ。
中途入学の試験だから人数はこんなもんか。
ガタン。と、奥の扉を開く。
「集まったか。時刻9時00分、試験の説明を始めよう」
スーツ姿の男性。声が渋い。
今回の試験を監督する人間なのだろう。
しかし、俺はいま、試験の内容より気になっていることがある。それは試験官の外見だ。
なぜか試験官は……バケツを被っていた。
バケツは試験官の右眼の部分だけ穴が空いていて、そこから見える瞳は鋭く尖っている。
「私は第三教団所属大司教のシュベルト=ライデン。シャルブック聖教学校の教師もしている。今日はこの試験の担当者だ」
「どうしてバケツを被ってるんだ?」
俺はつい聞いてしまった。
「なぜ私がバケツを被っているか。それを語るためには3時間要する……だから割愛する」
(軽く流しやがった)
「試験についてだが、試験の形式は受験生同士の1対1の決闘にすることにした。勝った人間を合格にするわけではない。戦闘スタイルを見て、教団に必要だと判断したら例え敗北しても合格とする。逆に、もしも教団に必要でないと判断すれば勝ったとしても不合格にする場合もある」
実戦形式、好都合だ。
どうせやるならあの紺髪のやつがいいな。
「第1試合はエルvsヴィッツだ。名を呼ばれた2人は立ち上がれ」
俺と同タイミングで立ち上がったのは残念ながら紺髪の男じゃなかった。緑髪のやつだ。
「第1試合は30分後、この奥にある決闘場にてやる。双方、準備を済ませておけ」
説明を終えると、バケツ教師は部屋を去った。
俺はヴィッツと目を合わせる。
「……」
「……」
いけ好かない目つきの野郎だ。
その後、俺は決闘場を確認した。
決闘場の中央には正方形の浮き上がった岩板があった。この岩板の上で戦うみたいだ。
部屋の両脇には梯子で上がれる2階、ギャラリーがある。ギャラリーには大人がたくさんいた。
大人に紛れて学生も多少おり、中にはロビンも居た。
フィールドの確認が済んだところで控室に戻り、壁に背をつけて座る。すると、対戦相手のヴィッツが歩み寄ってきた。
「今日はよろしくお願いします。エル君」
「よろしく」
ヴィッツは俺の肩の上に乗った、手足の生えたロウソクを見る。
「もしかしてですけど、それが……あなたの守護神ですか?」
「そうだよ。ティソーナ、挨拶しろ」
「【コテンパンに負かせてやるから覚悟しな!】」
「ふ、ふふっ」
ヴィッツは「失礼」と笑みを消し、
「まさかロウソクの付喪神とはね。いやはや、これはユニークだ」
「【て、テメェ! ロウソクを馬鹿にしてやがんのか! ロウソクはな! 部屋を照らせるし、持ち運びは簡単で、ランプにもシャンデリアにも使われる便利な最強アイテムなんだ!】」
「なにを言ってるんですか。もう、ロウソクなんて時代遅れですよ」
「【なんだと!?】」
「この部屋を照らす物を見なさい」
俺は天井を見る。
そこには白く輝く電球がある。
「20年前、電球が開発され、すでに都市部のほとんどの照明はロウソクではなく電球になっているのです。このまま電球の普及が進めば、ロウソクは存在価値を無くし、その数を減らしていきます。もうロウソクは腐りかけているのですよ」
「【ば、馬鹿な……俺様が迷宮にいる間に、そんなことにっ! そういや、この街に来てから全然ロウソクを見かけねぇ……】」
「わかりましたか? 時代遅れの付喪神さん。ロウソクなど、いずれ消えゆく粗悪品なのですよ」
ヴィッツはそう言い切って、決闘場に向かった。
ティソーナは床に膝をつき、蝋の拳を何度も叩きつける。
「【ちくしょう――ちくしょうちくしょうちくしょう! あの野郎は、言っちゃならねぇことを言った! ロウソクがいずれ消えるって? そんなわけあるか! この美しい白き体、なによりも美しいこの灯火が、消えるはずがねぇ!!】」
ティソーナは蝋の涙を流す。
「【許せねぇ……アイツぜってぇ許せねぇ!! なぁ、相棒!!!】」
「ん? お、おう。そうだな……(やべぇ。あんまり気が乗らねぇ)」
「【くそっ! くそっ! くそぉ!!】」
ロウソクのプライドなんてまったくわからねぇけど、ティソーナが馬鹿にされるのは毎度面白くはねぇな。
「……」
……試したい技もある。
「なぁティソーナ、お前がそこまで言うならよ……」
俺は頬杖をつき、言い放つ。
「やるか? 瞬殺」
「【――っ!?】」