五年前。北の森で迷子になり、そのまま陽が沈み辺りが暗闇に包まれる中。大きな木の下でふたりでぴったりくっつきながら、大人たちが助けに来てくれるのを不安な気持ちで待っていた。
ざわざわと木々がざわめく音さえ恐ろしく、ほんの少し前まで仄かに空を照らしていた月明かりさえも、遂に暗い雲に隠れてしまう。
すぐ目の前をよろよろと彷徨い歩く殭屍たち。陰の気を浴びて本能のままに動く恐ろしい死体に、思わず声を上げそうになった。ふたりはお互いの口を交互にしっかり押さえて、さあぁと青ざめる。
その時だった。
背にしていた木の上からふたりと殭屍の丁度真ん中に降り立った影が、符を数枚投げ印を結んで緑色の炎で闇夜を照らしたのだ。
殭屍は人のそれと違う、獣に似た大きな悲鳴を上げてもがいた後、その緑の炎に焼き尽くされて跡形もなく灰へと化し散っていく。
(父上? ······ん? 虎珀兄上? ········誰?)
人を喰う凶暴な殭屍をいとも簡単に倒したのは、自分と同じくらいの子どもだった。ゆっくりと雲が晴れ、闇夜がうっすらと明るさを取り戻す。
頭の後ろで手を組んでくるりと振り向いた子どもは、従者が纏う黒い衣を纏い、白い仮面を付けていた。へへ〜と笑ったその子供は、おまたせ~と楽しそうに笑うと、組んでいた手を闇夜に掲げて万歳をしてみせた。
普段だったら「誰がお前なんか待つかっ!」と突っ込んでいただろうが、竜虎はその時ばかりは大泣きした。つられて璃琳もわんわん泣き出す。
「ふたりとも、無事か!?」
ざっざっざっと大勢の足音が駆け寄ってきて、宗主である父が先頭をきって駆け寄って来た。
しかし、ふたりの姿を見つけた夫人が宗主を追い抜いて恐ろしい形相で駆け寄ってきたかと思えば、有無を言わさず無明の頬を怒りに任せてぶったのだ!
「お前、私の大事な子どもたちになにをしたの!」
「やめなさい!」
「なぜ止めるの!? あなたは自分の子どもたちが心配じゃないのっ」
「無明も私の子だ。君はそこのふたりだけが私の子で、無明は他人か従者だとでも言いたいのかい?」
もう一度手を振りかざした夫人の手首を、思わず宗主が掴んで止める。姜燈夫人のその言い方にさすがに宗主も呆れた。夫人が無明に従者の衣を着せた時から薄々感じていたが、そこまでだとは思っていなかった。
「どうせこの子がふたりを無理やり森に連れ込んだのでしょう? どうなの無明? 黙っていないで答えなさい!」
夫人は無明がふたりを唆して、森で危険な目に遭わせたと思い込んでいるのだ。
しかし宗主は知っていた。夕刻が過ぎふたりがいなくなったことに気付いた時、無明はいつものように藍歌と一緒におり、宗主もまた共にいたのだ。
邸で大人しく待っているようにとあれほど釘を刺したというのに、まさか自分たちよりも先にふたりを見つけてしまうとは····。
「長居をすれば妖者たちが騒ぎ出してさらに危険に晒すだけだ。子どもたちを連れて、まずは森から離れた方がいい」
宗主は控えていた虎珀に視線を向ける。こくりと頷いて、虎珀は呆然としている三人の前まで行って屈むと、
「竜虎、璃琳、ふたりとも怪我はない? もう大丈夫だからね、」
よしよしとそれぞれの頭を優しく撫でた後、ふたりの手を片方ずつ取ってゆっくりと立たせた。
「無明、頬が腫れているよ? さ、こっちにきて。冷やしてあげよう」
ふたりを立たせた後、今度は無明の前で地面に膝を付き、虎珀は仮面を避けるように頬を包んで冷やしてくれた。
無明は珍しく驚いているようだったが、すぐにいつものようににっと笑って、「へーきだよ」と右手を挙げた。
その不自然なほどに明るい態度は、先程までの夫人の行動に対して罪悪感を覚えているかもしれない竜虎たちに、気を遣っているようにも見える。
「虎珀兄上、ありがとっ」
とても嬉しそうに笑って見せる無明に、竜虎も璃琳もなにか言いたげだった。
なぜなら無明は、夫人に対してなんの言い訳もしなかったからだ。このままでは何の関係もない、むしろ自分たちを助けてくれたはずの無明が罰を受けることになるだろう。
しかし夫人の気は収まるどころか、さらに悪化していた。