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1-14 無明と白笶



 太陽が昇る少し前に、先に目覚めたのは無明むみょうだった。身体を起こし、傍らで器用な格好で眠っていた竜虎りゅうこを見つけて、思わずほっとする。


(よかった。怪我は、していないみたい)


 衣が少し汚れているだけで、大きな怪我などはなさそうだ。ふと向かい側に視線を移せば、先に逃がしたはずの璃琳りりんがすやすやと眠っている姿が目に入った。


 あれからなにがあったかは解らないが、みんな無事だったようだ。


 寝台を下り掛けてあった衣を纏って、無明むみょうは音を立てないようにこっそりと部屋を出る。縁側から庭に出てみれば、塀の先の遠くの空がうっすらと明るくなっているのが見えた。


「平気か?」


 前触れもなくかけられた声に、油断していた無明むみょうは思わずびくっと肩を揺らした。その声はすぐ後ろからかけられたものだったが、それまでは気配すらなかった。


 しかしこの声には聞き憶えがあった。


 あの時、殭屍きょうしの群れから救ってくれた者の声と同じ、低い声音。


「えっと、うん。あなたは俺を助けてくれたひと、だよね?」


 頭ひとつ分は背の高い、すらりとしたその青年。自分たちより少し年上だろうか。


 にっと口元を緩めて微笑んだ無明むみょうに対して、青年はまったくの無表情。眉の一つも動かさず、瞬きさえもしない。ただ無感情にじっと見下ろしてくる青年を見上げ、無明むみょうは両手を頭の後ろに組んで、懲りずににっこりと笑みを浮かべた。


「助けてくれて、ありがとう! 俺は無明むみょう。お兄さん、じゃなくて····公子様の名前は?」


 ここは一族の邸のひとつで、客用の邸だろう。そして衣の色が薄青なので、碧水へきすい白群びゃくぐんの公子であることは解る。


 だが無明むみょうは本邸には入れてもらえないため、公の場で他の一族の者と交流したことがなかった。


白笶びゃくや、」


「びゃくや、公子様、ありがとう!」


 臆せず無邪気に笑って、無明むみょうは改めて礼を言う。無口な青年が名前を教えてくれたことが嬉しかったのだ。相変わらず無表情で、真っすぐに姿勢を正したまま、物差しのように綺麗に立っているのがなんだか面白い。


「霊力が回復していないようだが······、」


 灰色がかった青い瞳は切れ長で、低い声は抑揚がない。淡々としている青年は、ほんの少しだけ怪訝そうな表情を浮かべると、眉を顰め首を傾げた。


「やっぱり? ちょっと無茶しちゃったからな~」


 仮面を付けた状態で霊力を大量に消費すると、しばらくは修練初めの門下生並みの霊力しか使えなくなる。この仮面は霊力を抑えるための封印具で、強すぎる霊力に幼い身体が耐えられないと宗主が判断し、生まれて間もなく施された特別なものだった。


 故に、間違って外れてしまったり誰かに外されることのないように、厳しい制約をかけてある。このことは自分と宗主と藍歌らんかの三人だけの秘密だった。


「元々大した霊力じゃないから、大丈夫」


 納得してくれたのか、そうでないのかさっぱり解らなかったが、白笶びゃくやはそれ以上はなにも訊いてはこなかった。




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