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1-16 卑劣な策略



白笶びゃくや公子、お世話になりました。このような状態で失礼するのをお許しください。このお礼はまた後日、改めてさせてください」


 それらしく挨拶を交わし、竜虎りゅうこたちが先に邸を後にする。もう夜も明け外は明るい。三人が一緒にいる所を従者や他の親族に見られても厄介なので、別々に戻ることにしたのだ。


 姿が見えなくなった後、残された無明むみょうも邸を出ようと歩き出したその時、一瞬力が抜けてぐらりと身体が傾いだ。前のめりに倒れかけた身体を片腕で支えられる。油断していた。ここまで調子が悪くなったのは初めてだった。


「邸まで送る」


 答える前にひょいと抱き上げられ、唖然とする。


「だ、だ、大丈夫っ。ひとりで帰れる!」


 じたばたと暴れてみたが、少しもひるまないし動じもしない。何事もなかったかのように白笶びゃくやはさっさと歩き出してしまったのだ。


 明け方から騒がしい庭先に、ふたりの従者が同時に顔を出す。白笶びゃくやはふたりに視線だけ送って「少し出てくる」とひと言声をかけると、ふたりは「お気を付けて」と同時にお辞儀を返した。


「······君の邸は?」


 もはや暴れるだけ無駄と悟った無明むみょうは、諦めて大人しく邸の方向を指差す。無明むみょうが住む邸はここからそんなに離れていない場所だった。


「公子さまは見かけによらず力持ちなんだね、」


「····君が軽すぎるのでは?」


「そうかなぁ? 普通だと思うけど。公子さまは背も高くて美男子だから、人気者なんじゃない?」


「······私は他人とはほとんど話さない」


「そうなんだ。でも、初対面の俺とはこんな風にお話してくれるの?」


「·········それは、」


 口ごもるように白笶びゃくやは言葉を詰まらせ無言になる。うーん、と無明むみょうは首を傾げる。初対面で他人の自分に対して優しくしてくれるのは、痴れ者と名高い金虎きんこの第四公子であることを知らないから?


「みんな俺のことを厄介者扱いしてるんだ。まあ、俺がいつもふざけて遊んでるからなんだけど。母上や竜虎りゅうこたち以外は、みんな俺のこと痴れ者って呼ぶんだよ」


「君は君だ····痴れ者かどうかなんて、私には関係ない。それに、厄介者でもない」


 なんの抑揚もなくそんな事を言うので、無明むみょうはますます白笶びゃくやが不思議でならなかった。でも「君は君だ」という言葉がなんだか嬉しくて、口元に自然と笑みが生まれる。


 その後も無明むみょうが十しゃべり、白笶びゃくやが一返すというやりとりが続いたが、不思議なことにまったく苦ではなかった。


 見慣れた邸の低い塀の前まで来た所で、やっと地面に足が付けられた。細身なのにどこにそんな体力と腕力があるのか、まじまじと下から上にかけて眺めていたら、視線が合った。


「えっと、奉納祭まではまだ時間があるから、狭いけど休んでいく?」


 断ると思っていたが以外にも頷いてくれたので、嬉しくなって後ろに回り、背中を押して一緒に前に進む。門を開けて庭に入ると、年老いた桜の木が迎えてくれた。縁側からそのまま中へ入った無明むみょうは、邸の様子がおかしいことに気付いた。


 まだ朝早いが、いつもなら藍歌らんかは起きている頃だ。奉納祭の準備があったとしてもそれにはまだ早すぎる。


「母上?」


 声をかけながら奥へ進む。しん、とした邸の中を歩くのは久しぶりで、不安が過った。後ろをついて来る白笶びゃくやはゆっくりと辺りを見回す。


 自分たち以外の物音はしない。


「母上、入るよ?」


 藍歌らんかの部屋に声をかけながら入ったその時、不安は的中してしまう。


「母上っ」


 駆け寄って、うつ伏せになって倒れている母の身体を仰向けにする。思わず揺さぶろうとした手を白笶びゃくやが制止させた。


「動かさない方がいい」


 言って、ゆっくりと抱き上げ寝台の方へと連れて行き丁寧に降ろす。顔色が悪いのもそうだがなによりもどこか違和感があった。


「母上、聞こえる?」


 声をかけると、瞼が少し震え半分だけだがゆっくりと開かれる。失礼、と白笶びゃくや藍歌らんかの手を取り脈を診る。それから眉を顰め、何かを確認するように部屋を見回し始めた。


「夫人、起きてから倒れるまでになにか口にしましたか?」


 いいえ、と弱々しく細い声で答える藍歌らんかは本当に辛そうだった。


「母上には奉納舞が終わるまでは、自分が用意したもの以外は口にしないようにって、言ってたから」


「·····これは、毒の症状だ」


「毒!?」


「鍼をうって気を正せば、毒の巡りも少し抑えられる。白群びゃくぐんは医学にも通じているから、役に立てると思う」




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