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1-19 痴れ者、舞台にて弁舌をふるう



 夫人の顔色がさあっと青ざめる。金虎きんこの一族の皆が夫人と同じ心境であったはずだ。


「誰だ、あの仮面の少女? 少年? は」


「仮面といえば、ほら、例のちょっとあれ・・・・・・な第四公子では?」


「だがあの衣裳、女物では····ちょっとあれ・・・・・・な第四公子だけあって、そういう趣味もあったとは、」


 その姿に対して、その場に騒めきが広がり始めた。そんなことなどまったく気にもとめずに、美しいひらひらとした女性用の舞の衣裳を纏い、真っ赤な口紅を塗った仮面の少年が颯爽と舞台の真ん中に舞い降りた。


 白を基調とした薄い衣の裾は赤い金魚の尾のように美しい色合いで、中に纏う朱色の下裳がよく映えた。髪の毛は左右ひと房ずつ赤い紐と一緒に編み込まれ、後ろで軽く括られている。


 しかし仮面というたったひとつの特徴だけで、全一族が同時に脳裏に浮かべたのは、ちょっとあれ・・・・・な第四公子の一択だった。噂ばかりで本当に存在しているかもわからない、金虎きんこの第四公子。あの数々の不名誉な噂はどうやら本当だったようだな、と一同が興味津々だった。


「お願いですから、こっちに戻ってきてください無明むみょう様!」


 若い従者は広間の入り口から先には入ってこれないようで、だいぶ憤っていた。


 やがて広間がその中心にいる仮面の少年に注目し始めた頃、夫人がなんとか感情を落ち着かせ抑えた声で訊ねた。


無明むみょう、この騒ぎはなんなの?」


 夫人は、なぜその衣裳を纏ってここに立っているのかとは問わなかった。逆に宗主は彼女になにかあったのだと確信する。


「母上が起きられない・・・・・・から、俺が代わりに来たんだ。ほら、綺麗でしょ?」


 くるっと回ってみせると、ふわりと軽い衣が円を描くように一緒に舞い上がる。


(やはり、なにかあったのか······だがこれはどういう考えで動いている?)


 今は見極めるのが先決と、宗主はその場から動かず、舞台の上に立つ無明むみょうと隣で苛立ち始めた姜燈きょうひの様子を窺うことにした。


(あいつ····あんな格好でなにをしてるんだ?)


 呆然と、竜虎りゅうこは舞台に立つ神子衣裳の無明むみょうの姿を見つめ心の中で思わず呟いた。目をまんまるにしてその場で固まっている璃琳りりんは、もはや驚きすぎて言葉を発することすら忘れてしまっている。


「だれか、その子を舞台から降ろしてちょうだい。早く藍歌らんか夫人を呼んできて」


 来客の前だからだろう、いつもの三倍は大人しく引きつった作り笑顔で夫人は言った。


「お騒がせして申し訳ございません。皆様はしばしご歓談を」


 愛想笑いを浮かべたのも束の間、すぐさま宗主の方を振り向いて小声で助けを求める。


「宗主、あの子をどうにかしてくださいませ!」


「まずは話を聞くべきでは? 君も聞いたであろう? 藍歌らんか起きられない・・・・・・から代わりに来た、と」


 宗主はふうと息を吐いて、とにかく座りなさいと促す。


「父上、あのれ者の言うことを真に受けるのですか? あんな格好をして、あいつは頭がどうかしているのでは?」


「あんな格好? これは夫人が今日のために新しく用意してくれた衣裳なのに、頭がおかしいなんてひどいよ〜!」


 聞こえていたのか、わざとらしく頬を膨らませて、無明むみょうは異を唱えた。


「屁理屈を言うな! そもそもそれは、お前の衣裳じゃないだろう!」


 虎宇こうは真っ赤な顔で膳をどんと叩き、苛立ちを露わにした。その横で虎珀こはくが落ち着いて、と静かに囁く。忌々しそうに睨んでくる虎宇こうの視線は、軽く流していた。


 そんな中、宗主が口を開く。


無明むみょう、お前は本邸に足を踏み入れてはならないことは解っているね。この十五年間、その約束を一度も破ったことはない。それでもここに来たからには、理由があってのことだろう。事の次第では罰を与えることになるが、その口で正当な理由が話せるなら話してみなさい」


 夫人には歓談していろとは言われたが他の一族たちは皆、舞台の上の者に興味を奪われてしまったようで、その様子を各々見物していた。


 金虎きんこの宗主の問いによって場が静まり返る中、無明むみょうはその場に跪いて、目の前の宗主に対して丁寧に深く頭を下げて拱手礼をし、それからゆっくりと顔を上げた。


「母が倒れました。ここへは来れません。舞も舞えません。この場で唯一四神奉納舞が舞えるのは、母と同じ血を引く俺だけです。どうか代わりに舞を舞うことをお許しください」


 その切り替えは流石で、宗主は厳格な面持ちのまま跪く無明むみょうを見下ろしていた。倒れた、と言い換えたのはわざとだろう。


 経緯は解らないが藍歌らんかに何かがあったというのは間違いない。


「少し、よろしいでしょうか?」


 そんな中、唐突に違う場所から上がった声に対して、皆が同時に視線を移して注目した。




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