改めて正面から本邸に入ることを許されると、なんだか逆に後ろめたさが残った。強行突破した時の方が生き生きとしていた気がする。
いつもの若い従者ではなく、本邸の中年の従者の後ろを間隔をあけてついて行く。すれ違う従者たちは、仮面があろうがなかろうが、相変わらず珍しいものでも見るような眼差しで
そういう眼をされるといつもの調子でへらへらと笑ってみたり、手をひらひら振ってみたり、くるくると回ってみたりと、どうしてもふざけたい気持ちがわいてきてしまうのだが····。なんとかその衝動を抑えて大人しくついて行くと、立派な部屋の扉の前に案内された。
「宗主、連れて参りました」
入りなさい、と奥の方から声がして、従者は「失礼します」と扉を開いた。そこには宗主、夫人、義兄たち、
奉納舞の衣裳のままでやって来た
「では、改めて説明してもらおう。あの奉納祭の前に何が起こっていたのか」
「はい、父上」
親族たちに囲まれた中心で、
「その前にひとつ、お願いがあります」
なんだ、と宗主は問う。立ち上がり宗主の目の前まで歩きその場に跪くと、
「ここにいるみんなに、この紅を塗ってもらいたいのです。男も女も関係なく、みんなに、です」
「······なんのために?」
さすがに唐突すぎたのか、宗主も驚きを隠せないようだった。まあ確かに理由くらいは知りたいだろう。男が紅を塗るのは抵抗があるだろうから。
案の定。
「まさか、お前の気色の悪い趣味に俺たちを付き合わせる気か? 俺は絶対に嫌だからな!」
第二公子の
「父上、何も言わず、俺の言う通りにしてもらえばすべてが解決されるはずです」
まだなんの事情も聴いておらず、それなのに言う通りにしろというのも横暴だ。しかしふざけているわけでも、趣味に付き合わせているわけでもない。これはとても大事なことだった。真剣な眼差しが宗主に通じたのか、小物入れを受け取り、自ら指に紅を付けた。
「父上、やめてください!」
「あ、まだ塗らないでください。この紅をみんなに回して、指に付けて待ってて欲しいんだ」
唇にもっていこうとした矢先、
「この紅がなんだというの?」
宗主から受け取り怪訝そうに眺める夫人は、同じように指先に真っ赤な紅を付けて、隣にいる
「母上まで、なんでこいつに従うんですかっ」
「この子に従っているのではないわ。宗主に従っているだけよ」
ふん、と横を向いて夫人は珍しく素直に応じていた。奉納舞の一件が、
覚えていろよ、と言わんばかりに睨んでくる
「これは、君が舞の時に付けていた紅かな?」
「そうだよ、
ふふっと笑って、そうだねと
「では、紅を塗ってください。上でも下でも好きな方に」
「こんなことをして、いったい何の意味があるんだ? これでただのお遊びだなんて言ったら、絶対に赦さないからな!」
宗主や夫人が言われるがままに指を唇にもっていくのを見て、もうどうにでもなれ! と
「おやめくださいっ!」
彼のその手を必死に掴んで、声を荒げて制止させる者がいた。