宗主は感情は抑えていたが、低い声音で無明を止める。そして自らは立ち上がり、後ろに立つ周芳の衣を掴んだ。
「そ、宗主まで、あの痴れ者の言うことを真に受けるのですかっ」
「痴れ者だと? あれは私の子だ。無明だけでなく、お前は藍歌をも侮辱した。すべてが明るみになった時、その身がどうなるか思い知るといいだろう」
「叔父上、宗主の言う通りです。なぜこんなことをしたんですか? なんのために、こんな······」
虎珀はいつもの落ち着いた声音とは違う、信じられないという震えた声で、叔父である周芳を見上げていた。
「この女がっ! 姜燈夫人がすべて悪いのです! 公子の役目を奪い、あたかもすべてが自分の手柄だとでもいうような振る舞いをするからっ! だから······っ」
「だから、藍歌に毒を盛ったと?」
衣を掴んでいた手に力が入り、首が締まる。
「それは、いったい誰のために?」
「 あなたのために決まっているでしょう!」
「私はそんなことを頼んだことなど一度もありません。その企みでこの奉納祭が失敗に終わったら、叔父上はそれを夫人のせいにして、嘲笑うつもりだったのですか? それで私が本当に喜ぶとでも?」
虎珀は淡々と言葉を紡いでいく。身内であるが故に、赦せなかったのだろう。そこに情状酌量の意はない。
「父上、どうかこの者とそれに関わった者たちすべてを罰してください」
揖して、改めて虎珀は宗主に頭を下げた。宗主は周芳の衣を掴んだまま、従者を呼んだ。
「この者を連れて行け」
宗主が従者の方へ乱暴に放ると、観念したかのように言葉を失った周芳が、力なく項垂れながら連れて行かれた。
「無明、藍歌は無事なのだろうな? お前も毒を自分で試したと言っていたが、平気なのか?」
「はい、白群の公子様に助けていただきました」
どういう経緯で、とは詳しく聞かなかったが、あとで礼をしに行くことにしよう、と宗主は言った。
「後のことはこちらですべて片付ける。皆も思うことはあるだろうが、今回はこれで解散とする」
その言葉を以って宗主は早々に部屋を出て行ってしまった。それに対して誰かが何かを言うことはなく、残された者も次々に部屋を出て行く。無明もまた、それに紛れてさっさと部屋から去るのだった。
「母上、絶対に周芳を赦してはいけません。母上を陥れようとするなんて、なんて奴。それにああは言っていたが、お前が加担していないなんて俺は信じていないぞ。絶対に化けの皮を剥がしてやるからな!」
「黙りなさい。私たちも行くわよ、虎宇、竜虎、璃琳」
座したまま、眼を閉じて動かない虎珀に暴言を浴びせ、虎宇は先に立った夫人の後をついて行く。
「虎珀兄上、大丈夫?」
そっと竜虎は心配そうに声をかける。ああ、と静かに笑みを浮かべて答えたがどこか疲れた様子だった。
「さ、君も早く行きなさい。私は大丈夫だから、」
ずっと面倒をみてくれていた叔父がとんでもないことをしたのだ。本音は大丈夫ではないだろう。それでも気丈に振る舞うこの義兄を、竜虎は支えたいと思った。
「虎珀兄様、私たちは味方よ?」
「ありがとう、璃琳。心強いよ」
よしよしと頭を撫で、虎珀いつもの優しい笑みを浮かべた。竜虎の後に付いて駆け足でついて行く璃琳。やがて部屋に残った虎珀は、ひとりその場に蹲り肩を震わせていた。
――――こうして、暗い影を落としながらも、長い一日が幕を閉じたのだった。