目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

2-25 戻ろう



「······消えちゃった?」


 本当ならあの少年を捕まえて、事の次第を知る必要があった。それに、なぜあの少年はわざわざ自分の目的を話したのか。宝玉を狙っていることを口にすれば、それ以降手に入れるのが難しくなるだろう。それでも奪えるとという自信があるのか、それとも他になにか理由があるのか。


 無明むみょうは顎に手を当ててうーんと思考を巡らせていると、それを遮るように頭の上に手が置かれた。


「君のおかげで助かった」


 いつの間にか傍らに控えていた白笶びゃくやが、小さい子どもにするように頭を撫でて褒めてくれたので、無明むみょうはなんだか嬉しくなって、自然と笑顔がこぼれた。


「公子様も格好良かったよ?」


「君の方がすごい」


「う、うん、ありがと。それにしても、あっさり逃げていったのが気になるよね····」


 結局、あの少年がなぜ玄武の宝玉を狙っていたのか。村の人たちをあんな目に遭わせたのか、なにひとつわからないままだ。


「あの子は、何者だったんだろう」


「宝玉を狙うなら、いずれまた会うことになる」


 無明むみょうは頷きそれから鬼蜘蛛の方に視線を向けた。鬼蜘蛛は大人しく糸の結界の内側でお辞儀をするかのように頭をさげ、そしてなにかを訴えるようにキュウキュウと独特な声を出した。


「君は罪を犯したけど、あの子が操らなければ静かに暮らしていたんでしょう? 碧水へきすいの人たちや白群びゃくぐんの術士の人たちには申し訳ないけど、見逃してあげることはできないかな?」


 このまま洞窟を出てみんなと合流すれば疑われることはないはず。何年、何十年、もしかしたら何百年と人を襲わずに生きてきたかもしれない妖獣が、操られることでその力を使われ、利用されるなんてなんだか可哀想だし理不尽だと思った。


 もちろんその手にかかってしまった人たちのことを想えば、それこそ理不尽であったと言わざるを得ないが。


「君の想うままに、」


 白笶びゃくやは目を細めて、笛を握っている無明むみょうの右手を取る。そこに付いている赤い紐飾りが気になっているようだった。


 鬼蜘蛛はふたりに頭を下げ、そのまま洞窟のさらに暗い奥の方へと消えていった。それを確かめてから、白笶びゃくやは改めて無明むみょうを見つめる。


「夜が明ける前に、ここを出よう」


「うん。そうだね、早くみんなの所に戻ろう」


 朝になれば自分たちを皆が捜し回るだろう。そうなれば色々と言い訳を考えるのが面倒になる。


「足元に気を付けて」


 手を握ったまま、白笶びゃくやは身体半分だけ前を歩く。薄暗くデコボコした道だが、躓きそうになる前に繋いだ手を引いて回避してくれた。


 少しずつ明るくなってくる道の先は、白い光で反射してその先がよく見えない。洞窟からやっと抜け出し細めていた瞼をゆっくり開けると、薄墨色の空に橙色と藍色が混ざって光がその隙間から射し込んで眩しかった。


「朝だね、」


 ぐっと伸びをすると、白笶びゃくやの片手も一緒に上がった。繋いだままだったその手は今も離すつもりはなさそうだった。崖の下に広がっている鬱蒼とした物々しい森の先に見えた遠くの村の様子に、無明むみょうは目を瞠った。


「公子様、見て! 村がっ」


 竜虎りゅうこたちがいるはずの村は、見る影もないくらい破壊されていて、自分たちが囚われている間にいったい何が起こったのかと不安が過ぎる。


雪鈴せつれい雪陽せつよう、それに兄上も伯父上もいる。だから金虎きんこの公子殿や従者の彼も心配ない」


 その表情はどこまでも冷静で、繋いだ手から感じる温度も変わらない。それに安堵して無明むみょうは小さく頷くと同時に、ふわりと身体が浮いた。


「しっかり掴まって、」


 抱きかかえられ、答える間もなく白笶びゃくやは崖から飛び降りた。そのまま森に落ちることもなく、明け始めた空を村に向かって飛んでいく。それはまるで夜の闇を切り裂くように、強く、輝く光の暈。


 しっかりと薄青の衣にしがみついて、無明むみょうは広がっていく光の渦に目を細めた。明けた空はどこまでも青く澄んでいて、見たこともない景色が飛び込んでくる。空の上から見上げる空は水の中にでもいるかのようだった。


竜虎りゅうこ清婉せいえん····ふたりともどうか無事でいて)


 どうか、何事もなくいつもの調子で叱って欲しい。そう心の中で祈りながら、無明むみょうはだんだんと近づいてくる壊滅的な状態の村を静かに見守るのだった。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?