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第2話  足払い、トンファーキック、山嵐

 狭く丸い視界に、街の様子が見えた。

 高所から見下ろした朝の市街は、すでに活気に満ちている。開店準備をする店員、荷車で何かを運ぶ男性、はしゃぐ子供を叱る母親。そこには、生活があった。


 次に見えたのは街の周囲の城壁と、大きな門だ。城壁の上には見張り台と、兵士たち。門は開かれ、旅人らしき人々や馬車がひっきりなしに出入りする。検問が敷かれているようには見えない。

 道沿いに、丸太を組んだバリケードらしきものもいくつか確認できる。猛獣対策だろうか。


 偵察を終えたマナは、双眼鏡を下ろした。そこは大樹の枝の上。五百メートルほど先に街を見下ろす高台の、林の中にマナはいた。

 双眼鏡を消し、マナは枝から飛び降りる。ふわりと着地すると、街へ向かって歩き出した。


 番兵に見咎められることもなく、堂々と門をくぐる。道行く人の視線は時折感じるものの、それだけだ。


「――。――――?」

「――! ――――」


 周囲から聞こえる言葉は、未知のもの。マナは目を閉じ、謎の言語に耳を澄ます。そして小さく舌を打ち、右手の指を動かした。マナの頭と首の周りに、かすかに青い粒子が渦を巻く。だがそれに気づいた者はいない。


「今日――。あそこで――」

「――、あんた。もし――」


 マナの耳から入った言葉。先ほどまではただの音だったはずのそれは、断片的な意味を持ってマナの脳へと届いていた。


 広場に着き、マナは辺りを見渡す。学校のグラウンドほどもある広場だ。壁沿いには店が軒を連ね、出店も多い。


 行き交う人々は簡素な服を着た街の住民と、荷物を持った旅人がほとんど。そこに時折軽装鎧の兵士と、やたらと奇抜な格好をした人が混じる。


 マナは、その奇抜な人々が長い杖をついていると気付いた。さらに、街の人々が奇抜な格好に向ける奇異の目が、自分にも向けられているとも。


 自身の容姿を省みる。迷彩服など、当然他のどこにも見当たらない。手足のラインが出る服装も見当たらない。いるとすれば、奇抜な人たちの一部、ほぼ半裸の人々だけだ。


 目立つのは良くない、とマナは思った。ポンチョは出せるが、出すこと自体ここでは目立つ。

 マナは人目につかない場所を探した。広場の隅から、路地へと入る。


 その路地は薄暗く、誰もいなかった。石畳は剥がれかけ、壊れた木箱や樽の残骸が道の脇に散乱している。


 マナは建物の影で迷彩柄のポンチョを出し、裏地の深緑で体を覆う。これならば、マントを羽織っているように見えるだろう。


 その時、誰かが路地へと入ってきた。複数だ。思わず身を潜め、様子をうかがう。


「――だろ! 嬢ちゃん――!」

「ちょっと――! ――てよ!」


 粗末な服の男性が三人。

 杖を持ち、リュックを背負った金髪の若い女性が一人。杖持ちだが、奇抜な格好ではない。淡い緑のワンピースに赤い帯を締め、白いボレロを羽織った姿は、むしろその顔と同様に整った服装だ。


 ナンパか何か知らないが、巻き込まれるのは遠慮したい。そう思い立ち去ろうとしたマナの耳に、声が聞こえた。確かな意味を持った、女性の声が。


「いや! 離して! 誰か助けてっ!」


 次の瞬間。

 女性に掴みかかる男の手首を、マナの手が捻り上げていた。


「いててててっ!」

「な、なんだてめぇ! 何しやがる!」


 男の言葉を聞き流し、マナは女性に声をかけた。


「大丈夫ですか? 下がっていて下さい」

「は、はい……」


 マナが言葉を理解できるようになったのと同様、マナの言葉も女性に通じていた。

 女性を庇いながら、マナが男性たちの前に立つ。


「事情は知りませんが、一方的に暴力を振るうのは見過ごせません。それも一人に、複数人で」

「はあ……!? 何なんだてめぇ、邪魔しやがって……」

「こいつ、小娘じゃないか。こいつもやっちまおう」


 男たちが身構える。

 マナは目線を正面に向けたまま、女性に問うた。


「確認します。この人達はご友人ですか?」

「ち、違う」

「もう一つ、自分が反撃したら罪に問われますか?」

「えっ? け、ケンカは、捕まると思うけど……」


 なら素早く、手早くだ。


「……分かりました。ありがとうございます」

「何をごちゃごちゃ言ってやがる!」


 男の一人が掴みかかってきた。マナの両肩を掴んだはずのその手は、ポンチョと空気だけを握りつぶした。

 直後、屈んだマナの脚が地を薙いで、男の脚を払った。


「うお!?」


 転倒する男の顎を、マナの掌底が下から打ち抜く。ぱんっ、という破裂音とともに男は崩れ落ちた。


 ポンチョがふぁさりと地に落ちる。男たちだけでなく、杖を持った女性までもがあっけにとられる中、マナが立ち上がる。そして倒れた男を見下ろして、こう言った。


「……気絶しているだけです。どこかで寝かせてあげて下さい」


 その言葉を挑発と捉えたのか、狼狽えていた男たちの眉がつり上がった。


「んだてめぇ!」

「なっ、舐めやがって!」


 一人は木製の棍棒を、もう一人はナイフを抜いた。それを見たマナの顔が険しくなる。舌の音と共に左手に青い粒子が渦巻き、棒状の何かが現れた。

 棍棒男が襲いかかってくる。


「うおおっ!」


 かっ。

 振り下ろされた棍棒を、マナは左手の棒……トンファーで受け流した。勢い余った男の側頭部に、回し蹴りを叩き込む。


「ごげっ!?」


 土壁にめり込んだ男は、そのまま動かなくなった。


「ぶっ殺してやる!」


 最後に残ったナイフ男が突っ込んできた。マナはトンファーを回旋させてその手首を打った。


「いでえっ!?」


 ナイフを落とし、怯んだ男。トンファーを消したマナはその懐へ瞬時に踏み込み、男の服を固く掴んだ。


「せいっ!」


 掛け声とともに体を返し、男の体が浮いた。マナの右足と肩、そしてテコの原理が完璧なタイミングで重心を跳ね上げる。必然、七〇キロはあるだろう男の体は宙を舞った。男を地面に叩きつけたその技は、柔道においてこう称される。

 “山嵐やまあらし”と。

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