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第5話  魔法使いではないです

 警備兵から逃げ出したとき、マナはユリとかいう女性を助けたことを後悔していた。


 不要なトラブルに巻き込まれれば、任務に支障をきたす。そうなれば、助けた一人とは比べものにならない数の人々に迷惑がかかる。


 だからユリの案内役の申し出は、マナとしては素直にありがたかった。助けた意味が生まれたのだ。ついでに、空腹も満たせた。


「ごちそうさまでした」

「ご、ゴチソ……?」

「ごちそうさまでした、です。おいしい料理と、それを作ってくれた人に感謝を述べる、日本の食事終わりの作法です」

「へぇ~……。ゴチソウサマデシタ。どう?」

「上手です」

「えへへ、そう?」


 照れて笑うユリは、無邪気な子供のようだ。おそらく自分よりいくつか年上だが、正直頼もしくはない。だがどこか、安心できる雰囲気を漂わせている。きっと、何も知らないからだろう。


 それでいい。やはり民間人を巻き込むわけにはいかない。王都まで行ってどこか適当な所で別れるか、最悪撒けば済む。


 ユリの笑顔を見ながら、マナはそう考えていた。


「でさ、王都へのルートなんだけど」


 ユリが荷物から地図を取り出し、食器の間に広げた。


「ここが現在地ね。王都はこのずっと北。まずここから船で川を遡って……」

「お〜い嬢ちゃん! その杖! あんた魔法使いだろ!?」


 急に、野太い声が割って入った。明らかに酔っぱらった、中年男性だ。ユリが困惑の表情を浮かべた。


「え、な、何?」

「わりぃな! ちっと聞いて欲し……お、ちっこい嬢ちゃんも魔法使いか? その変なカッコ、そうだろ?」


 ユリの顔が、露骨に歪んだ。失礼な男性に憤慨しているのだろうか。


 それはともかく“魔法使い”だ。

 ユリも名乗っていたが、間違いない。この世界にも魔法が存在するのだ。しかも、ありふれたもののようだ。

 男性の口ぶりからして、あの奇抜な格好の杖持ちたちは魔法使いなのだろう。だから目立つ格好をした自分も、魔法使いと思われるのだ。

 だが自分は、男性の言うところの魔法使いではない。そう名乗るメリットも、今は無さそうだ。


「いいえ、魔法使いではないです」

「そうなのか。まあいいや、それより聞いてくれよ! 俺ぁ昨夜、警備の不寝番だったんだがよ! 明け方前に見たんだよ! あっちの空にものすげえ光が走るのをよ! でも誰も信じちゃくれねぇんだ! 魔法使いなら、何か分かんねえか?」

「ええ……?」


 男が指さした方角は、マナが落下した場所の方角と同じだ。

 竜への威嚇射撃、見られていたのか。

 マナは男に笑顔を向けた。


「それはたぶん、雷ですよ」

「雷ぃ? 真っ直ぐだし、雲なんて無かったぞ!?」

「極稀に、雲がなくても空を雷が走ることがあるんです。真っ直ぐな雷が。自分の国では豊作になる吉兆とされています」

「へぇ~そうなのか。そりゃ良いな!」


 機嫌を良くした男は、テーブルの上に目をやった。


「嬢ちゃんたち、旅行か? どこ行くんだ?」


 ユリがあからさまに嫌そうな顔をしながら、答えた。


「王都ですけど……」

「おう、王都か! 王都はいいぞぉ! きれいな姉ちゃんがいっぱいだ! あんたみたいななぁ!」


 一応褒め言葉のはずだが、ユリの顔はますます嫌そうに歪んだ。


「もういいですか? でね、ここで船降りて、この山あいの街を経由して……」

「お? おい姉ちゃん! そこは通れねぇぞ」

「えっ?」


 ユリが目を見開いて驚いた。

 表情が良く変わる人だ、とマナは思った。


「通れないって、どこが?」

「その山ん中の街だ。去年から封鎖されてるぞ」

「なんで?」

「瘴気だ。突然山から噴き出したってよ」

「えっ、じゃあ街の人は」

「逃げ出せたやつもいるが、大勢死んだ。もう街としては終わりさ。ひでぇ話だよな」


 “瘴気”とはなんだろうか?

 おそらく火山ガスか何かだと思うが、ユリは知っているだろうか? 

 そのユリは、地図上で指先を彷徨わせていた。


「えーと、じゃあ王都へはどうやって……」

「今は迂回するしかねえ。この山脈を、こう、ぐるーっとな」

「ものすごい遠回りじゃない!」

「しょうがねえだろ。王様が封鎖しちまったんだからな。……でもよ。ホントは瘴気が理由じゃないらしいぜ?」


 男性はテーブルの脇にかがみ込むと、声をひそめて言った。


「実は王様が秘密の何かを隠すために封鎖したとか、地下で穢れた儀式が行われていて街全体が呪われただとか、山みたいにバカでかい怪物に襲われて一夜で壊滅したとか……」

「その話、詳しく教えてください」


 思わず、前のめりになっていた。


「お、おう。どの話だ?」

「山みたいな怪物、と」

「それか、それなら俺に聞くよりいい相手がいるぜ。この時間ならいるはずだが……。おお、いたいた。あそこの席、一人で呑んでる爺さんだ。靴職人とか言ってるが、いつも呑んでばっかりでよ。あいつに聞け。すげえぞぉ」


 男は下品な笑いを浮かべた。


「なんてったって、その街の生き残りなんだからな!」

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