ユリアムは、マナと共に老人のテーブルの前にいた。マナが話しかける。
「こんにちは、おじいさん」
「……なんじゃお前さんは?」
訝しげな老人にも、マナは動じない。
「自分はマナと言います。お聞きしたいのですが、あなたが以前住んでいた……」
「あの街の話ならせんぞ」
老人は不貞腐れた態度で、木の盃をあおった。
マナは食い下がる。
「お願いします。大きな怪物の……」
「フン! 何が怪物だ……。お前さんもワシをバカにしに来たんだろう。妙な格好しおって、魔法使いか?」
「いえ、魔法使いではないです」
さっきの男性に続き、またか。
ユリアムは魔法使いへの偏見に物申したくなったが、グッと堪えた。
「まあどっちでもいい。笑いに来るなら同じだ」
老人はそう吐き捨てて、陶製の瓶から何かを盃に注ぐ。酒だ。その間も悪態は止まらない。
「みんなそうじゃ。瘴気で頭がおかしくなっただと? 何も知らんくせに。ほれ、子供はさっさと家に帰れ」
「帰れません。お願いします、お話を聞かせてください」
「ワシは忙しいんじゃ。子供の遊びに付き合わすな」
ユリアムは堪えきれなくなった。
「あの……!」
場の注目が自分に集まるが、怯まない。
「こ、この子は乱暴されそうになった私を助けてくれたんです。見ず知らずの私を。だから、初対面の人をバカにするような子じゃない……と思います」
「……」
再び酒を煽ろうとした老人の手が止まる。こちらの目を見ている。
ユリアムは鼻から息を吸い、続けた。
「こんな小さいのに、たった一人で外国に来て、故郷のために頑張ってる……んです。その、国の仕事に関わること、です。遊びじゃなくて、真剣におじいさんの話を聞きに来たんです……た、たぶん」
出しゃばっておいて、最後に日和ってしまった。老人もマナも、こちらを見ている。顔の熱さに、ユリアムは目線を下げて俯いた。
「……お前さん」
老人の声が、柔らかくなっていた。顔を上げる。老人はマナの足元を指差していた。
「そのブーツ。外国のものだろう? それを見せてくれ。そうしたら話してやろう」
そういえば、この老人は靴職人と聞いた。確かにマナの靴は珍しい。興味を持つのも当然だろう。
「構いません。脱ぎますか?」
「いや、そのままでいい。座ってくれ」
椅子にかけたマナの前にかがみ込み、老人はマナの足を持ち上げる。
興味深そうに靴底を覗き込んだ老人の目が見開かれた。指先で触れ、なぞる。
「な、なんじゃこの靴底は……こんな、精密な……こ、こんな靴底見たことがない。どうやって作った? これを手で彫ったのか? いや、そもそもこれは何じゃ?
驚愕を通り越して戦慄する老人に対し、マナは少し間をおいて答えた。
「……詳しくは知りません。母国の技術者が、魔法の素材を使って、魔法で作った靴です」
「魔法じゃと? うぅむ、今は魔法でこんな物も作り出せるのか……?」
ユリアムは口出ししたくなった。
老人に勘違いされている。マナの言う“魔法で作った”とは、“生み出した”という意味ではなかろう。おそらく、魔法で道具を動かして靴を作ったという意味だ。靴底に直接細かい彫り物を施せるほど精密な魔法など、あるわけがない。
どんな精巧な細工か見てやろうと、ユリアムも老人の側に回ってマナの靴底を見た。
「……え? 何、これ……」
思わず、声が出た。
恐ろしく精緻な溝が、規則正しく何重にも刻まれていた。
「わ、私にも見せて!」
「いいですよ」
マナの了承を得て、老人と反対の足を持ち上げる。見れば見るほど精巧だ。溝だけでなく、細かい凹凸や波目模様が無数に刻まれている。滑り止めにしても、たかが靴底にここまでする必要があるのだろうか?
素材も確かに謎だ。黒く硬いが弾力もあるそれは、金属や木材とは明らかに異なる。何らかの魔物の革だろうか。だとしても、一体何でできているのか見当もつかない。靴底以外もそうだ。
そしてブーツそのものの縫製、紐の編み込みに至るまで、素人のユリアムでも分かるほどの異常な作り込み。
横を見ると、老人が何やらぶつぶつと呟きながら震えている。職人なら、この靴の異常さがより実感できるのだろう。
そしてユリアムは、もう一つ恐るべき事実に気づく。二つの靴底は、
こんな物、手作業で作れるわけがない。本当に魔法の素材を使い、魔法で直接造り出したとでも言うのだろうか?
「……」
マナの顔を見る。両足を持ち上げられたまま、すました顔で椅子にかけている。
この子は、一体何者なのか。ニホンとかいう国の技術や魔法は、自分の常識をはるかに上回っているのだろうか?
知りたい。
マナのことを、もっと知りたい。
燻っていた好奇心と探求心に火が灯るのを、ユリアムは感じていた。