緑の光点に、水中の影が重なる。瞬間、マナは銃の引き金を引いた。
がしゅん!
音の直後、川面に水飛沫が立つ。銛に繋がったワイヤーを引っ張り、船上に引き揚げたのは魚。白い腹に、黄土色の鱗を持つ淡水魚だ。40センチほどのそれはエラを貫かれてなお活きが良く、時折ビチビチと跳ねていた。
「すごーい!」
見ていたユリアムが歓声を上げた。周りの見物人も拍手する。
船頭も顎を撫でながら唸った。
「飛び乗ってきた時は迷惑な子供だと思ったが、仕事は速いし魚も獲れるし、大したもんだ。荷運びなんか、半日も持たないと思ってたんだがな!」
「料金分働いているだけです」
「もう十分過ぎらぁ」
銃を置き、サバイバルナイフを手に取った。船縁で鱗を削ぎ、腹を割いて内蔵を掻き出す。
「ユリさん、お願いします」
「うん」
船縁から、魚をぶら下げた手を川の方へ伸ばす。そこへユリアムが杖を向け、魔法を唱えた。杖先からホースのように水が放たれ、魚を洗った。
「学校で習った時は、水魔法をこんな使い方するとは思わなかったよ」
「臨機応変です」
「お〜いできたか!? こっち持って来い!」
叫ぶ船頭の前では、鉄とレンガでできた箱の中で木炭が赤熱している。串に刺した魚を船上かまどの上で炙ると、すぐにじゅうじゅうと音を立て、香ばしい匂いを立ち昇らせる。見れば船のそこかしこで、船員や客たちが焼魚に舌鼓を打っていた。
もう幾度目かスコープを覗きながら、マナは呟いた。
「自分も、魚獲りはともかく、大勢に振る舞うとは思ってませんでした」
「ふふ、魚は獲るつもりだったんだ?」
「自給自足を想定してましたから」
がしゅん!
……水飛沫は立たない。
「外しました」
「もう十分じゃない? あちっ! ふーっ、ふーっ……ほら、マナも食べなよ」
ユリアムが焼き上がった魚を千切って口元に差し出してきた。
断るのも悪いと思い、口に入れる。唇が、ユリアムの指に触れた。指がぴくんと跳ねる。
「あっ……」
「ふみまへ、んぐ……すみません」
「い、いいよ! そっ、それよりどう? おいしい?」
考える。一言で言えば、淡白な味だった。少し泥臭さもある。しかし焼き立ての魚、という一点で、日本出身としては感慨深いものがあった。
ただやはり、日本人としては……。
「……醤油が欲しくなりますね」
「ショーユ?」
「日本の調味料です。魚によく合います」
「へぇ~! ……ニホン、かぁ。マナの故郷、いつか行ってみたいなあ!」
マナは聞こえないふりをして、再びスコープを覗いた。
夢は、夢のままにしておいてあげたいと思ったのだ。
■
「マナ、もういいぞ。明日の朝には、お前たちの降りる街だ。しっかり体を休めとけ」
「……分かりました。おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
船頭に挨拶すると、マナは足音を忍ばせて船尾へと向かった。客のほとんどはマントや毛布にくるまり、肌寒い夜の冷気に抗いつつ寝ている。それはユリアムも同様だった。フードの中で、月光を孕んだ金髪が仄かにきらめく。
「うぅ〜ん……」
足元でユリアムが呻いて、マナは一瞬動きを止めた。起こしたわけではなさそうだ。
ユリアムの横に座り、顕現した毛布にくるまる。見上げれば、満天の星空。川面には反射した二つの月。航跡に揺らめく星々は、どれ一つとして知らない。
もうすぐだ、と思った。もうすぐ、この数年間が試される時が来る。だから今は、体を休めよう。
「ん、うぅ……」
ユリアムが
マナは少し考えてから、毛布を取ってユリアムにかけた。代わりにポンチョを羽織り、目を閉じる。
船底が川を滑る水音。川岸の木々のざわめき。遠く渦巻く風の残響。それらもやがて、眠りの彼方に聞こえなくなった。