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第12話 特32式改25ミリ多目的弾射出機

「……ごめん、もう一度言ってくれる?」


 隣を歩くマナに、ユリアムはそう言うしか無かった。


「いいですよ。トクサンニーシキカイニジュウゴミリタモクテキダンシャシュツキ、です。サンニーシキとも呼びます」

「……呪文?」

「呪文ではないです」


 呪文でなくとも、まったく意味が分からない。 

 発端は自身の何気ない疑問だった。マナが今も携えているあの黒い棒状のモノ……遠距離から人をがんじがらめに拘束したと思えば、銛を撃ち出して魚獲りもできる謎の道具。

 それが何なのかを、聞いただけだ。


「ごめん、私の理解力が足らなくて全然分からない。分かるように説明してくれない?」

「分かりました」


 マナが目線を上に向ける。

 数秒後、息を吸ったマナが一息に言う。


「“日本の暦で32年に作った、筒の大きさが25単位の、色々な用途の弾を撃ち出す特別な装置を、改めて調整したもの”……です」

「はぇー!」


 素っ頓狂な自分の声が、目前に迫った山々にこだました。


 歩いているのは土が剥がれ、草が生え放題の荒れた道。サンダルから革のブーツに買い替えていなかったら、歩くのも大変だっただろう。

 馬車のわだちも久しいそこは、瘴気で滅びた街へと続く一本道だ。周囲は針葉樹の林。木漏れ日が、斑の陰影をマナの顔に落とす。それを眺めつつ、ユリアムは言った。


「名前一つに凄いこだわりだねぇ。そのブーツもそうだけどさ、ニホンの人って凝り性なの?」

「そういう人が多い気はします」

「やっぱり……」


 改めて、そのトクなにがしを見る。部品同士は一部の隙もなく組み合わされ、随所に滑り止めの溝や、軽くするための肉抜きが施されている。機能と合理性を突き詰めた造りだと、ユリアムにも分かった。


 自分の杖を見た。入学前に母から貰った杖だ。手垢と油で薄汚れて、石突はすり減っているし、そこかしこが傷だらけ。飾り気も、機能性も合理性もあまりない。

 だが愛着はある。

 この杖があれば、どんな魔法でも使いこなせる自信がユリアムにはあった。

 ふと、思い付く。


「……そっか」

「どうしました?」

「そのトクなんとかってさ、マナの魔法の杖なんだよ。マナも言ってたでしょ? “色々な用途の弾を撃ち出す”って。私の杖も、色んな魔法を撃ち出せるでしょ? だからそれは、マナの魔法の杖だよ」


 こじつけ甚だしいとは思う。だが自分とマナに共通点を見つけたようで嬉しくなった。だから、言わずにはいられなかったのだ。


「杖……ですか」


 マナがトク某を持ち上げ、見回した。


「……魔法少女の杖にしては、かわいくは無いですね」

「えっ、魔法少女の杖ってかわいいの?」

「杖でなくとも、大体はかわいい見た目ですね」

「なんで?」

「……なんででしょう?」


 二人で首を傾げながら歩く。道は山あいへと差し掛かっていた。



 太陽が沈み切る前に、野宿の準備だ。


「できましたよ」

「ごめ〜ん! ありがとう! テント張るの慣れてなくて……」


 安物のテントを張ってくれたのはマナだ。その横にはマナの服と同じ模様の、綺麗なテント。テントの張り方も、テントそのものも、やはりマナのものは洗練されている。


「焚き火用の枝を拾ってきます。ユリさんは休んでいて下さい」

「うん、分かった」


 ――一人になった。

 静かだ。

 船を降りたのは今日なのに、もう何日も前のように感じる。マナとの別れに消沈していた船頭を思い出して、笑いがこみ上げた。


 マナが働いた分のお金も、運賃を差し引いてきちんと払われた。そのおかげで、マナも水や食料を買えた。もちろん自分も、この短い旅のためのものを買い揃えた。テントもその一つだ。


 テントの中で、リュックを開ける。中には膨らんだ食料袋や、畳んだマント、革の水筒に替えの服など。内ポケットには七つ星のメダル。重しになっていた魔法書はない。街で買い物した時に、売った。


 あれにも愛着はあった。でももうすべて学んだことだし、なによりあれには記されていない。


 ミフ粒子、そして魔法少女の魔法が。


 自分で思っているより、はるかに世界は広かったのだ。マナと会う前の、世界も魔法も知った気になっていた自分と決別するために手放したのだ。


「……」


 脚をさする。疲労はあるが、回復魔法と休息で明日にはまた元気に歩いてくれるだろう。


 ……手持ち無沙汰だ。

 薬草でも取ってこようか。人が立ち入らないなら、いくらでも生えているはずだ。子供の頃から散々教わった薬草の見分け方は、頭に染み付いている。


 テントを出る。マナの用意してくれた焚き火台が目に入った。角ばった金属製のそれは、何かの儀式台のようにも見える。これもやはり、洗練されている。


 そうだ。火も起こしておこう。

 薬草採りのついでに小枝を拾い集め、焚き火台に乗せる。杖を向け、詠唱。

 ぱちぱちと揺らめく炎を眺めていると、マナが戻ってきた。


「戻りました。火を起こしてくれていたんですね。ありがとうございます」

「うん。早いかなって思ったけど、ちょうど良かったね!」


 簡単な食事と、明日の予定確認に、他愛のない雑談。寝る前に自分とマナの脚に回復魔法をかけて、おやすみを言ってテントに入る。

 明日は封鎖地点まで行って、マナが満足したら来た道を戻る。そうしたら王都だ。


 毛布代わりのマントにくるまると、船で過ごした夜を思い出した。あの夜の、マナがかけてくれた毛布の温かさを。


 船もいいが、今のように二人きりの旅も悪くない。

 そういえば魔物を全然見かけない。

 寝てる間に襲われないだろうか?

 マナが何かを設置したから大丈夫だと言っていた。

 ブービーなんとかと言ったか。

 マナの言葉は、覚えづらい……。


 とりとめなく考えながら、やがてユリアムは眠りについた。

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