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第13話  発見

「ふぅ」


 体操を終えたマナは、朝日に目を細めて息をついた。インナー越しの風が、火照った身体に心地良い。だが白い息には、微かな緊張感が混じっていた。


 薪を拾って戻ると、ユリアムがまた火を起こしていた。


「おはようございます」

「おはよ、マナ。いないから心配しちゃった」

「すみません」


 塩水に、ユリアムが採った野草を入れて火にかける。干し肉を炙ると、ささくれた部分がチリチリと焦げ、脂がじわりと浮き出した。冷たい朝の空気に、青草と肉の匂いが入り混じる。


「いただきます」

「イタダキマス」


 チーズと炙った干し肉をおかずに、硬いパンをスープに浸して食べる。初日に食堂で食べたものと比べれば、あまりに質素なメニューではある。だが温かい食事はただそれだけで、空っぽの胃に染み入った。なにより、サバイバル訓練を思えば十分豪華だ。


 相談の結果、キャンプはそのままにしておくことにした。おそらく通過はできないし、今日の夜もここで明かす可能性が高い。荷物も最低限のものだけ持っていく。荒らされる心配もないだろう。


「ユリさんはここで待っていてもいいですよ」

「なんで? 行くに決まってるでしょ」


 ため息は飲み込んだ。

 危険かもしれないが、無理やり留めるわけにもいかなかった。



「“瘴気により封鎖中。この先、命の保証なし。王の名のもと、引き返すべし”……だってさ」


 看板の赤文字を、ユリアムが読み上げた。封鎖は簡単な木の柵とロープだけだが、その文言には有無を言わさぬ圧力があった。


 マナがいるのは小高い山の頂。見下ろせば、広い盆地が一望できた。そこに一見街は見えず、全体が濁った気体に満ちている。


「あのもやが、瘴気でしょうか?」

「たぶん……」


 薄紫のその靄は空気より重いのか、まるでぼやけた地面のように動かない。所々突き出た構造物は、建物の尖塔や鐘楼。それだけが、今や瘴気に沈んだ都市の存在と、失われたその栄華を物語っていた。


 ユリアムが杖を街に向け、先端で円を描く。その円内の空気が、まるでレンズのように歪んだ。


「それは?」

「遠視魔法。遠くを拡大して見られるんだけど……。うーん、さすがに靄の中は分かんないなあ。どうする?」

「入って偵察してみます」

「えっ!? あ、危ないよ!」

「生身では入りません。ミフドローンを使います」


 顕現したドローンに、ユリアムが驚く。


「えっ! 浮い……飛んだ!?」

「街に向かわせました。視界を共有してるので、これで中を調べます」

「視界を、共有……?」

「あれが見てるものは、自分も見えるということです」

「……もう何があっても驚かないかも」


 疲れたようなセリフだが、ユリアムはすぐに好奇心を抑えられなくなったようだ。


「あれどうやって飛んでるの?」

「回転する羽根で、空気を下向きに吹き出す反動で飛んでます」

「あれもミフマテリアルでできてるの? 仕組みは?」

「そうです。ミフマテリアルの金属でできていて、とても頑丈です。仕組みは……自分もよく分からないです。魔法の機械ですね」

「キカイ?」


 マナは思わず首を捻った。

 “機械”をどう説明したものだろうか?


「機械というのは……うーん、動力を持った複雑な仕組み、でしょうか」

「魔法で動く道具とか人形みたいな?」

「ああ、それは近いかもしれません」

「なるほど……。じゃあ、あれはマナの使い魔かな」


 また何か、妙な関連付けをしたようだ。


「使い魔?」

「そ。魔法使いが使役する動物とか、一部の魔物とか、魔法人形とかね」

「ユリさんには、いないみたいですが」

「必ずいるわけじゃないよ。私みたいにいない人も多いし、付ける人は何十体も付けるの。餌代とか修理代で大変なんだって」


 まるで、ペットの多頭飼育のようだ。


「マナの目になってくれるんでしょ? 使い魔は偵察も大事な役割だからね! 名前は何ていうの?」

「ミフドローンです」

「それはなんていうか、種類の名前でしょ? “ヒト”とか“人形”みたいな」

「……そうですね。固有の名前はないですね」

「じゃあ付けようよ! 使い魔の名付けは、魔法使いの大事な儀式だよ!」


 テンションの上がったユリアムに悪いとは思ったが、マナはドローンの操作に意識を割かれていた。適当に答える。


「じゃあ、ミフロンで」

「ミフドローンのミフロン……。う〜ん、もう少しこう」 

「ミフロンが街に着きました」

「あっ、うん」


 街は、死んでいた。

 瘴気は、やはり毒性の気体なのだろう。街に生物の気配は感じられず、静まり返っていた。崩壊も一部に留まり、建物や石畳はほとんど往年の姿を保っている。そこだけ見れば、時が止まったようにも見える。


「ど、どう?」

「何もいません。……馬車があります。馬は……乾いています」

「う……」


 ユリアムが嫌な想像をしたらしい。マナは視界に集中する。

 あの老人の店は別の区画だったのだろうか? 聞いたような破壊の痕跡は見当たらない。……例の巨大な眼があったのは街の中心と言っていたのを思い出す。


「中央へ向かいます」

「気を付けて……」


 死の街の不気味な静けさが、マナを通してユリアムにも不安をもたらしたようだった。

 しばらくして、ミフロンの視界が開けた。


「……広場ですね。めちゃくちゃです」


 恐ろしい破壊の跡が、そこにはあった。石畳はめくれ上がり、周りの建物はほとんど瓦礫の山。そしてそこかしこに、かつての街の住民たちがいた。


「っ……」

「……大丈夫?」

「はい……」


 を見た経験は、あまりなかった。覚悟はしていたが、喉がぐっと締まる感覚に顔が歪む。

 ユリアムが肩を叩き、不安げに訴えた。 


「ねぇ、もう充分だよ。何もいないよ。早く帰ろう?」

「これだけの破壊が、気体の噴出だけで起きたとは考えづらいです。もう少し調べさせて……」


 言いながら、建物を回り込んだ瞬間。

 ミフロンの視界を巨大な眼球が覆い尽くした。


「っ!!」


 戦慄に、マナは思わず肩を揺らした。


「なっ、何!?」

「いました……!」


 瞳孔が一瞬で収縮する。それは間違いなく、こちらを見ていた。


「いたって、何が……」

「離脱します!」


 マナはミフロンを全速後退させた。それが引き金となった。迫りくる眼球に、マナはやむを得ず舌を鳴らす。

 ミフロンの視界が消えた。マナは街に背を向けてユリアムの肩を叩いた。


「ミフロンは消しました。ここは危険です。一旦離れ……」

「ひっ!」


 ユリアムの声に後ろを、街の方を向く。


 盆地の中央に、はいた。周囲の尖塔より高く、靄の中から頭をもたげ、のたうつようにその身を捩る。


 マナとユリアムが動き出すより早く、その動きは止まった。


 ――マナは後悔した。

 ここも、安全ではなかったのだ。


「見つかった……」

「えっ?」


 巨大な単眼が、はるか遠くからマナとユリアムを見つめていた。

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