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第14話 起動・顕現・咆哮

「逃げて下さい……早く!」

「えっ!? マ、マナは?」

「自分は……」


 答える前に、が消えた。ユリアムも気付いたようだ。


「い、いなくなったよ? 見つかって無かったんじゃ……?」

「いや……!」


 違う。

 靄の中に伏せて、見えなくなっただけだ。目を凝らせば、靄の不自然な対流が見える。その流れが目指すのは明らかに、だ……!


「危険です! 走って……なるべく遠くへ!」

「マナも逃げようよ!」

「自分は、任務を遂行します……!」


 そのためにに……こののだ……!


「任務って……まさか、アレと!? ウソでしょ? し、死んじゃうよ!」

「……必ず戻ります!」

「待って! マナ!」


 説明も説得も、する暇などない。

 マナは封鎖を飛び越え、山道を駆け下りる。後ろからユリアムの声が聞こえたが、もう何を言ってるのか聞こえなかった。


 道を無視し、全速力で山を下る。岩を飛び越え、枝をへし折り、倒木をくぐり、そして崖から空中へと飛び出す……!

 眼下に遠く、巨大な何かが靄を突き破るのが見えた。


「っ……!」


 は、今をおいて他にない。

 覚悟と決意が形を成し、半実体の起動キーが右掌に顕現する。それを左手に突き刺し、両手を擦るように捻り合わせた。


「起動……!」


 だ。意志に応え、励起した膨大なミフ粒子がガチャリと空気を震わせた。



 青白いプラズマが、山の斜面を焼き焦がす。その反動で斜めに落下する巨大な影は両脚を伸ばし、勢いそのまま単眼の怪物に突っ込んだ!


 衝撃に、空気が爆ぜた。


 弾き飛ばされた怪物が瘴気の中に消え、建物の崩れる音が靄を揺らす。続く地響きは、巨影が着地した振動だ。


 灰銀色の、巨影。

 翼こそないものの、その姿はまるで直立した鋼の竜。太い両脚で大地を踏み砕く、超重量の機械竜だった。


「エネルギー循環よし、姿勢制御装置よし……」


 シートに座ったマナの声が、狭い空間に響いた。空間投影型ディスプレイを指差しながら確認していく。視界に追従するそのディスプレイ以外は、他に何もない。むき出しの金属パイプが縦横に張り巡らされたそこは、竜の内部。首元に位置する操縦席だった。


衝撃吸収機構ショックアブソーバーよし、各部関節及び駆動装置よし……」


 何百回と繰り返した確認作業。だが今、その声を聞く者は誰もいない。初の実戦において、それはもはや精神統一の儀式に等しい。


「各部兵装よし。全システム、異常無し」


 確認を終えたマナは、肘掛けの左右にあるスイッチを同時に切り替えた。ディスプレイの火器管制アイコンが点灯する。


「マスターアームオン。精神結合マインドリンケージ即応機動ダイレクトマニューバ


 息を吸い、肘掛けから突き出た補助操縦桿を握る。ミフ粒子を介して同調した身体感覚が、機体の隅々まで行き渡った。

 その機体の名は。


「……MAGIRAマギラ、戦闘モードへ移行」


 マギラの青い両眼が、モード移行に応じて琥珀色に変わった。その双眸が見据える先で瘴気が揺らめき、中から巨大な単眼が睨み返す。


 靄からぬるりと、それは全貌を現した。

 シルエットは、トカゲに似ている。だが頭部にあるのは額中央の巨大な目玉と、真横に裂けた口のみ。


 直立した体高は、全高五十メートルのマギラに匹敵する。恐ろしく長い尻尾を含めれば、全長百メートルにも達するだろう……!


 威嚇するように開いた口内の赤さは鮮血の如く、長大な牙を滴る液体は毒々しい紫。そして大きく裂けた口の端からは、薄紫の気体……瘴気が漏れ出ている。


 間違いない。

 人々を虐殺し、この街を瘴気に沈めたのは、この単眼の怪物……いや!


「怪獣……」


 ずどん、と怪獣の尾が地面を打った。


 マナの目的とは、人に仇なす異形の巨大生物、怪獣の討伐。そしてただそのためだけに、人類が技術の粋を集めて造り上げたロボットこそ、魔法少女マナ専用の究極兵器……“MAGIRAマギラ”なのだ!


 マナは深く息を吸い、吐く。

 聴く者無き最後のルーティンは、ただ厳かに、決意を込めて。


「状況、開始」


 マギラの咆哮が、異世界の空に轟いた。

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