「逃げて下さい……早く!」
「えっ!? マ、マナは?」
「自分は……」
答える前に、
「い、いなくなったよ? 見つかって無かったんじゃ……?」
「いや……!」
違う。
靄の中に伏せて、見えなくなっただけだ。目を凝らせば、靄の不自然な対流が見える。その流れが目指すのは明らかに、
「危険です! 走って……なるべく遠くへ!」
「マナも逃げようよ!」
「自分は、任務を遂行します……!」
そのために
「任務って……まさか、アレと!? ウソでしょ? し、死んじゃうよ!」
「……必ず戻ります!」
「待って! マナ!」
説明も説得も、する暇などない。
マナは封鎖を飛び越え、山道を駆け下りる。後ろからユリアムの声が聞こえたが、もう何を言ってるのか聞こえなかった。
道を無視し、全速力で山を下る。岩を飛び越え、枝をへし折り、倒木をくぐり、そして崖から空中へと飛び出す……!
眼下に遠く、巨大な何かが靄を突き破るのが見えた。
「っ……!」
覚悟と決意が形を成し、半実体の起動キーが右掌に顕現する。それを左手に突き刺し、両手を擦るように捻り合わせた。
「起動……!」
■
青白いプラズマが、山の斜面を焼き焦がす。その反動で斜めに落下する巨大な影は両脚を伸ばし、勢いそのまま単眼の怪物に突っ込んだ!
衝撃に、空気が爆ぜた。
弾き飛ばされた怪物が瘴気の中に消え、建物の崩れる音が靄を揺らす。続く地響きは、巨影が着地した振動だ。
灰銀色の、巨影。
翼こそないものの、その姿はまるで直立した鋼の竜。太い両脚で大地を踏み砕く、超重量の機械竜だった。
「エネルギー循環よし、姿勢制御装置よし……」
シートに座ったマナの声が、狭い空間に響いた。空間投影型ディスプレイを指差しながら確認していく。視界に追従するそのディスプレイ以外は、他に何もない。むき出しの金属パイプが縦横に張り巡らされたそこは、竜の内部。首元に位置する操縦席だった。
「
何百回と繰り返した確認作業。だが今、その声を聞く者は誰もいない。初の実戦において、それはもはや精神統一の儀式に等しい。
「各部兵装よし。全システム、異常無し」
確認を終えたマナは、肘掛けの左右にあるスイッチを同時に切り替えた。ディスプレイの火器管制アイコンが点灯する。
「マスターアームオン。
息を吸い、肘掛けから突き出た補助操縦桿を握る。ミフ粒子を介して同調した身体感覚が、機体の隅々まで行き渡った。
その機体の名は。
「……
マギラの青い両眼が、モード移行に応じて琥珀色に変わった。その双眸が見据える先で瘴気が揺らめき、中から巨大な単眼が睨み返す。
靄からぬるりと、それは全貌を現した。
シルエットは、トカゲに似ている。だが頭部にあるのは額中央の巨大な目玉と、真横に裂けた口のみ。
直立した体高は、全高五十メートルのマギラに匹敵する。恐ろしく長い尻尾を含めれば、全長百メートルにも達するだろう……!
威嚇するように開いた口内の赤さは鮮血の如く、長大な牙を滴る液体は毒々しい紫。そして大きく裂けた口の端からは、薄紫の気体……瘴気が漏れ出ている。
間違いない。
人々を虐殺し、この街を瘴気に沈めたのは、この単眼の怪物……いや!
「怪獣……」
ずどん、と怪獣の尾が地面を打った。
マナの目的とは、人に仇なす異形の巨大生物、怪獣の討伐。そしてただそのためだけに、人類が技術の粋を集めて造り上げたロボットこそ、魔法少女マナ専用の究極兵器……“
マナは深く息を吸い、吐く。
聴く者無き最後のルーティンは、ただ厳かに、決意を込めて。
「状況、開始」
マギラの咆哮が、異世界の空に轟いた。