「またその夢見たんだね。あのゲームの舞台、異世界のコヨミ王国だっけ。その初代国王陛下って日本から異世界に転生した方なんだよね。あと、まといの夢に出てくる、怪しい渋イケボ。不思議だよね。ボーナスディスクの隠しキャラとかじゃないんでしょ?」
あの夢を見て、意外なほどに熟睡をして、爽やかな目覚めで起床。
そして、の朝食時。
いつものように、同居している親愛なる姉、暦さとりに例の夢の話をしているまといだった。
ただ、いつもであれば、また大好きなゲームの夢、よかったねえ。うん、そうなんだ。くらいの会話なのだが、今朝はなぜか、二人の会話は盛り上がっていた。
「そう。聖霊王様とお親しい精霊王様を軽んじ、聖霊王様だけをあがめ奉り、民を苦しめていたコヨミ王国の前身にいた高位階級連中を正してほしい、って、精霊王様のお遣いの雀みたいな鳥さんとかいろいろな仲間達に頼まれて、異世界に転移した方」
「現代よりはかなり昔だよね。動物が化けたりしてもあんまり不思議じゃない頃とか?」
「うん。面白い設定だよ。初代国王陛下と動物さんたちは特装版の設定資料集に、文字で出てるんだけどね。で、異世界での仲間は竜族の青年と、精霊王様の
姉、さとりが『キミミチ』の会話を楽しんでくれるのが嬉しくて、つい、話が弾んでしまうまといである。
「ふーん。あの攻略対象者じゃないほうの女性陣推しの特装版か」
「そう! でね、渋イケボ。設定資料集にも攻略サイトやスレにも、影も形もなし。『キミミチ』関係以外でも渋い、イケボ、で一応検索もしたけど、なんか違ってて。そもそも、『キミミチ』って声優さんの名前とか、出てないし。会社の住所もなんだかすごい山の中らしいよ。ただ、ゲームのグッズ通販サイトなんかは、すごく親切なの」
「へえ。それはまあ、不思議じゃないかもよ。会社の勤務形態が在宅ワーク中心とかなんじゃない? わたしも今日は在宅だし、今どきなら珍しくないよ。声優さんの件は珍しいけどね。それにしても、渋イケボかあ。まといもわたしもアニメとかあんまりみないから、検索結果がそれだと、分かんないよね」
「ね。あ、ありがとう」
「どういたしまして。そうだ」
二人分の空の食器を流しに運び、戻ったさとりがまた話し始める。
「……雀みたいな鳥さん? なのかは分からないけど、チュン右衛門さんみたいに賢いんだろうね。そうだ、そう言えばね、ひいおばあちゃんに聞いたことがあったなあ。ずうっと前の暦家のご先祖様で、連れ合いを亡くしたあとに旅に出て、数十年後に亡くなられてはいたけれど、すごく安らかな顔で、出発時とほとんど同じ姿で戻って来た人がいるとか聞いたことがあるけど。まさか、ねえ? ひいおばあちゃんも昔話だよって言ってたし」
チュン右衛門さん。
暦姉妹が暮らすマンションに頻繁にやってくる賢い雀のことだ。
また、チュン右衛門さんは、暦家に頻繁に訪れるが、飼い雀ではない。
野鳥である雀を飼うことは『鳥獣保護管理法』で禁じられていることを知っているかのように、たとえばまといの出勤時など、適切なタイミングで現れる、紳士のような雀さんなのである。
「チュン右衛門さん。確かに! ひいおばあちゃん……私が生まれる前に亡くなったひいおばあちゃんだね。まあ、そうだよね。暦って珍しい名字だけど、まさか、ねえ。ただ、バリバリ理系、絵とか描けない私が想像してるにしては、夢のリアリティがありすぎで……」
「わたしとまとい、10以上離れてるもんね。わたしも今思い出したくらいだし。でも、まあ、いいんじゃない? それよりも、もしも、その不思議なイケボに誘われて、まといが異世界転移? 転生? とかになったら、ちゃんと教えてよね。誰になるのか知らないけどさ」
「すごいね、それ。私、誰になるの? ええと、ナーハルテ様をお側で守護する女性騎士とか? 文官さんのほうがお役に立てそうだけどね。もちろんそのときは、ちゃんとお姉ちゃんに行ってきます! ってするよ! あ、噂をすれば、のチュン右衛門さんだ、おはよう!」
「チュン右衛門さん、おはよう! 今日もまといのお見送り? ありがとう!」
そう言って笑い合う、年の離れた、でもひじょうに仲のよい姉妹、暦姉妹。
本日は、在宅勤務の姉。
「行ってきます!」と笑って勤務先の大学に向かう妹、まとい。
職業は、大学の准教授秘書。
上司の准教授は、『キミミチ』を勧めてくれた恩人でもある。
今日は玄関の前に佇んでいた雀のチュン右衛門さんだったが、まといを守護するかのように最寄り駅までの道を飛んでいくときもある。
稀に、大学まで送ってくれることもあるほどだ。
そんな紳士な雀、チュン右衛門さん。
先にこの2LDKマンションで暮らしていたさとりのところに大学入学をしたまといが同居をし始めた頃からよく暦家に来てくれるもふもふな雀さんである。
二人が気付かぬ突然の雨を教えてくれて洗濯物を守り、ベランダ家庭菜園の虫を追い払い、実った食べ頃の果実や野菜を守り、ときには鳩や烏、猫までもを追い払うという紳士ぶり。
そんなチュン右衛門さんに、さとりは話しかけた。
「チュン右衛門さん、今日はわたしが在宅だから、
『女性お二人のお住まいに立ち入るは紳士としてよろしくはございませぬ』
そんな様子で、戸口までしか入らないチュン右衛門さんのために、さとりは小皿を差し出した。
『まといって、なんだか生きものに好かれるから、チュン右衛門さんもまといを守りに来てくれたんじゃない?』
チュン右衛門さんがこの部屋に姿を見せるようになったのは、まといが大学に合格して、さとりが購入したこのマンションでの同居が決まった頃だった。
『ほんとうにそうなのかもね』
パン屑をつつくチュン右衛門さんを見ながら、自分がかつてそう言っていたことを、さとりは思い出していた。
チュン右衛門さんは、小皿のパン屑をきれいにつつき終えたあと、きちんと一礼。
そして、毎朝開放されているマンションの共用スペースの明かりとり用の小さな扉から出て行く。
『ありがとうございました。また参ります』
そんなふうに、チュン右衛門さんはくるり、と回転をしていった。
相変わらず元気、そして、紳士的。
そもそも、野生の雀の寿命は数年だというのに。
まといは大学入学してから数年、学生の立場のままで、准教授に請われて非常勤の秘書となり、卒業後は常勤の専属秘書となった。
つまり、五年以上の月日が経過しているのだ。
チュン右衛門さんという名前は、姉妹で考えた。紳士な雀さんだから、である。
そうなのだ。
他人ならぬ他鳥、他雀のはずはない。
こんなに賢い雀がほかにいるとは思えない。
「またね、チュン右衛門さん。もしかしてチュン右衛門さんが謎の渋谷イケボの関係者、関係鳥? で、異世界のイケボにいろいろ伝えている不思議な存在だったりして。だから、寿命も長くて若々しいとか……。いや、まさかね。さあ、わたしも仕事しようっと!」
『チュン……』
その頃、暦姉妹のマンションから遠く離れた、雀が飛ぶには高すぎる空の上では、チュン右衛門さんの鳴き声が響いていたのだった。
まるで、さとりの呟きを聞いていたかのように。
そう。
まといも、それからその姉、さとりも。
この時は、まさか、この朝の会話がフラグになろうとは知るよしもなかったのである。
もちろん、その頃、遠く、遠く、更に遠く離れた異世界で。
『……コヨミの末裔たちは、我が迎えに行くことを……予想をしてくれておるのか……』
偉大なる精霊王様の直参である高位精霊が、こう独りごちているなどということも。
暦姉妹が想像しているはずは、ないのである。