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第3話 コヨミ王国の1・筆頭公爵令嬢ナーハルテ・フォン・プラティウム

「……いたずらに学院生を動揺させることはなりませぬ。わたくしが殿下に、ないしは聖女候補様にじかにお話をするべきなのでしょうか」


 ナーハルテ・フォン・プラティウムは、コヨミ王国の筆頭公爵家の第三女である。

 筆頭公爵家当主が母、法務大臣が父であり、血統を辿れば、他国の王族の血族でもあった。


 プラティウム家の子女はともに女性であり、長姉は大国に強く願われて婚約中の身。しかも婚約者である王太子殿下とは相思相愛にて、現在は大国で結婚の準備中である。


 次姉は血族の王族に関係する国に留学中で、おそらくは筆頭公爵家は次姉が継ぐものと、家のものもナーハルテも、次姉自身もそのように考えている。

 もちろん、王宮も。

 その血統や人物の高貴さからは想像し難い面もあるが、プラティウム家はたいへんに家族仲がよい。


 家族、そして、主家への敬意に溢れたものたちに囲まれた、プラティウム家の邸宅から学院へと通学するナーハルテ。

 選抜クラスの学院生は、転移陣を用いて通学することも認められているので、二の都市にあるプラティウム家のタウンハウスではなく、家からの通学である。

 一の都市と二の都市は近く、ナーハルテは、徒歩での通学も好んでいた。

 それを、当主たる母からも許されている。

 それほどに、コヨミ王国は平和なのである。


 そして、ナーハルテの学院での日々は、たいへんに充実している。

 しかし、ナーハルテは、悩んでいた。


 その理由は。

 婚約者である第三王子が、学友たる平民の聖女候補に対して親しいそぶりを見せているようであるということに尽きる。


 ようである、とは、第三王子たちとナーハルテたちのクラスは異なっているためだった。

 ナーハルテたちが所属する選抜クラスはクラスじたいが存在しない年度もあるほどの、選ばれた上にさらに、のようなクラスであるから、噂のみが聞こえてくるのだ。


 問題は、王族と高位貴族の子息たちが、普通クラスということで……。

 ただし、平民である聖女候補は普通クラスとはいえ一組の編入試験に合格したことからも、かなりの努力をしたのであろうと、ナーハルテたち高位貴族階級も、むしろ感心をしていた。

 普通クラスではあっても、学院に入学できるならば、と望み、それがかなわないものは貴族階級の子女にも少なくはないのだから。


 普通クラス一組に所属するもののなかから同性の世話役を置いてやるといった形であればよかったのだが、実際は、第三王子以下、婚約者のある王族そして高位またはそれに準ずる貴族階級の令息たちが聖女候補の近くに、という有様である。


「殿下たちのお親しさ。それが、学院に慣れない聖女候補様へのお心遣い、ということであればよろしいのですがね……」

 つい先日も、ナーハルテはばあやからこのように前置きをされ、苦言を呈されていた。


 ばあやは、筆頭公爵家当主たる母に仕えていたメイド長。

 現在、ありがたいことに、母の指示でナーハルテに付いてくれているのだ。


「……正直申し上げまして、婚約者様方のお家は王宮を含めましても、お嬢様ならびに皆様の家々に強く願われまして婚約者として頂きましたお立場。ばあやは学院での現状は情報として聞きますのみで拝見してはおりませぬが、婚約者であられますお嬢様や皆様をないがしろにして他の子女と親しくしておられますならば、筆頭公爵家ご当主にあられます奥様より、王宮に正式に抗議を申し立てられますよう、このばあやからも進言申し上げますので、どうか、お嬢様におかれましては、ゆめゆめ、お一人でお悩みあそばされませぬように」

 呈されたのは、ナーハルテへの、ではない、苦言。

 そして、ばあやのこの言葉は、まさしく真実である。


 第三王子殿下との婚約については、筆頭公爵家当主の母が親しき友人でもある女王陛下からの依頼にて受けたものである。

 あくまでも、お願いをしたのは王家。その旨記された書類などもそれぞれが保管している。

 そして、破棄権は筆頭公爵家側にのみ、存在する。 

 ほかの家々も、同様である。


 聖女候補。

 偉大なる精霊王様のご加護が大きく、精霊王様とお親しくあらせられる聖霊王様にも認められているというコヨミ王国。

 そのため、この国では、聖魔法を用いるための魔力、聖魔力が強い人物が現れても、必ず保護しなければいけないというわけではない。 

 ただ、保護された聖魔力保持者の多くは聖女候補と呼ばれるのである。男女ともに。


 なお、聖霊王様が遣わされた聖なる存在たる聖女様がこの世界にいらしたのは、ただの一度だけ。

 コヨミ王国が存在する大陸も、別の国々にも、以降、聖女様の顕現けんげんはないのだ。

 しかしながら、かつて、伝説の聖女様が顕現されたという某国ではなく、コヨミ王国に聖教会本部が置かれている。

 そのことからも、聖魔力保持者に対する手厚さは他国よりも優れているというのがこのコヨミ王国の現状なのである。


 現在、王立学院に聖女候補として編入した平民の少女がいるのも、聖教会本部からの依頼であるという。

 聖教会本部が認めたほどの聖魔力保持者である平民が、努力の甲斐あって王立学院に編入をする。

 そのことは、たいへんに素晴らしいことと、ナーハルテも、彼女の友人たちも、心からそう考えていた。

 もちろん、今も、それは変わらない。


 しかも、聖女候補、セレン-コバルトは、市井の小学部と中学部(義務教育高位貴族階級はここまでは家庭教師に指導をされることも多い)を卒業後、働きながら学ぶ事ができる聖教会の学舎に所属し、そこで聖魔力に目覚めたそうなのだ。

 そして、地方の聖教会での修行後、貴族社会との関わりを学ぶために王都の学院への編入となったのである。


 市井の高学部に当たる、王立学院高等部。 

 卒業後、成績上位者は希望すれば専門部・高等専門部に進む事も可能であるが、これは狭き門である。

 高等部編入は、聖女候補の将来の為に必要な経験であろうという聖教会本部の判断。  

 ちなみに、平民の女性が高等部に中途編入するのは極めて稀なことである。


 じっさい、半年前。

 ナーハルテたちは二年次進級直前に聖女候補の編入が決定した際に、コヨミ王国初代国王陛下、偉大なる精霊王様の直参じきさんたる高位精霊殿と並ぶ建国の英雄の一人であられる竜族の王立学院学院長。


 その方、御自らが、このようにお言葉を示されていたのだ。


 それは、学院生皆の憧憬の的である、選抜クラスのナーハルテたちに聖女候補の理解者となってほしいというものだった。


「半年後、聖女候補セレン-コバルトは、普通クラスの一組に編入する。我が学院で平民差別などは有り得ないが、もしもということもある。ナーハルテ・フォン・プラティウムを筆頭とする皆は、同性からの強い尊敬を受ける存在、そして、その敬意に足る存在。それ故、聖女候補の周囲に気を付けてもらえるとありがたい」

 学院長のその言葉。

 なんというお心遣い、と、ナーハルテたちは、深く首肯したのだ。


 初代国王陛下が平民出身の異世界人であられるため、コヨミ王国の平民差別は他国と比較すると、たいへんに少ない。

 しかしながら、下級貴族階級等は、平民の富裕層に借財しゃくざいが存在する、自分達の身分を過信しているなどの理由で、そういった差別行為をすることがままあるのだ。


 もちろん、高位貴族であるからそのようなことはしない、というわけでもあるまいが、やはり下級貴族階級が、ということが多いのである。


 平民出身者が高位、高職に就く場合は平民階級ではなく、叙爵じょしゃくされることも多いが、そうではなく、平民階級のまま、ということもある。

 そのようなことからも、他国に比べれば暮らしやすいと考える者が多い。


 ナーハルテたちが生まれる前には、竜を封じた伝説の冒険者に爵位をという話が女王陛下直々にあそばされたというほどでもある。


 そんな、コヨミ王国。

 ナーハルテは、自国を愛している。


 王家におかれては、女王陛下、王配殿下。

 そして、双子であられる類い稀なる御方々、王太子殿下と王太女殿下。さらに、ご聡明な第二王子殿下。

 もちろん、ナーハルテは皆様方に深い敬意を持っている。


 自分の婚約者、第三王子殿下が聖女候補様と同じ普通クラス一組ということには多少は悩むこともあったが、殿下は、魔法はともかく座学は好成績であるし、性格も温厚な方。

 不満などはなかった。


 そもそも、王家からの命ではなく、願いとしての婚約。筆頭公爵令嬢としての務めという自覚もある。


 実力主義のコヨミ王国でなければ第三王子やほかの面々も、ナーハルテたちと同様に選抜クラスに配されたのかも知れない。

 だが、『高位にある者ほど皆の規範であれ』とは王立学院のあるべき姿であった。


 『筆頭公爵令嬢殿は……であられるのに』

 残念ながら、ナーハルテと殿下とを比較して何かを囁くものたちがいることは、ナーハルテも知っていた。


 『王太子殿下ではない第三王子よりも、友好国の王家の血族であられ、大国の将来の国王陛下に嫁ぐご予定の長子殿を有する筆頭公爵令嬢殿に従うべし』

 学院内では、そのような空気さえ存在する。


 ナーハルテは、改めて、この婚約について考えてみる。


 『この婚約は王命ではない。婚約破棄権はそちらにのみ存在する』という約定やくじょうを王家から頂いた婚約者同士。

 ナーハルテの親友にして盟友たるゴールド家の令嬢はもちろん、ほかの盟友である皆もまた、似たような経緯と約束の婚約である。


 つまり、なにかが起きた場合。

 困るのは、第三王子殿下たちであり、その家々なのである。



「聖女候補様には正しいかたちで、学院での学びを楽しんで頂きたいものですわ……」


 麗しの筆頭公爵令嬢の、懊悩おうのう


 それは、まだまだ続くようだ。


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