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第47話 最強の性技

 オレでも魔力消費できる特能であってほしい。

 それだけを祈っていたのに、蓋を開けてみると、とんでもない話を聞かされた。

 特能を使って百以上の国を支配? 自分の国を作った?

 スケールがでかすぎて、実感が全然湧いてこない。


「ちなみに【一触即発】には〝クイック・ファイア〟と仮名カナが振られているでありんす。字面を見てのとおり、基本は対象に触れることで発動しんす」

「クイック・ファイア!?」


 なんですか、なんですか、その中二臭のぷんぷんするネーミングは。

 はっきり言って、そういうのは大好きですよ!

 向こうの世界だったら〝速射〟って意味があったはずだけど、対象に触れなきゃならないってことは、遠距離タイプじゃない。その上でイメージすると。


「やっぱり爆破系の特能なんじゃないんですかね!?」

「こだわるでありんすねえ。まあ、ある意味では爆発――否、暴発と言えなくも。この特能は対象に魔力を注ぎ込むことで、内側から――」

「ファイアッ!! となるわけですね!?」

「いかにも。さらには注ぎ込む魔力量で強弱の調節も可能ゆえ、イカすも殺すも、お前さんの匙加減一つでありんす」

「生かすも殺すも。ほらほら、どう考えても攻撃スキルじゃないですか!」


 内部破壊系か。これはあれかな。決め台詞を「お前はもう、死んでいる」とかにするべきかな。「一歩でも動いたら、ボン! だ」なんてのも言ってみたいね。


「ねえ、メロさん」

「何かや?」

「アタシ、なんとなくこの特能がどんなものか想像できたわ」

「でしょや。普通、ここまでヒントが出れば、わかりそうなものでありんすが」

「さっきの話みたいなことが本当に可能なの? 大げさな気がするけど」

「もちろん秘密がありんす。ただ、魔力調整もままならんうちからそれをやろうとすると、下手をすれば相手を殺しかねん。りぃちが特能を使い慣れてから、改めて教えようと思いんす」


 スミレナさんとメロリナさんが、また何やらを密談を交わしている。

 女の人って、内緒話が好きだね。


「さて、感激するのはそのくらいにして、実践に移ろうかや」

「この場でできるんですか? 対象が生物じゃなくても使えるとか?」

「いいや、生物限定でありんす。さらに言えば、男限定でありんす」

「え、男……限定?」

「サキュバスの特能は、そのほとんどが対象を男に限定していんす。お前さんの【一触即発クイック・ファイア】も例外ではありんせん」


 この場にいる男なんて一人しかいない。休息を取ったことで、少しだけ回復したのか、エリムの顔にわずかな赤みが戻りつつあった。


「りぃち、わちきと手を重ねてみなんし」


 戸を押すみたいにメロリナさんが左手を掲げたので、オレは自分の右手をそこに合わせた。オレも女になって、ずいぶんと手が小さくなったけど、メロリナさんの手はもっと小さかった。


「魔力と言っても、初めてではどういうものかわかりんせんであろ。この状態で、わちきの手の温度を覚えるつもりで、触れている部位に集中してみんす」

「……こ、こんな感じですか?」

「よいぞ。わちきは女なので魔力は流れてこんが、お前さんの手から確かな魔力の波動を感じんす。大きさも申し分ありんせん。これで一度【一触即発クイック・ファイア】を使用し、その時の感覚を、お前さんの基準にしなんせ」

「基準。ううん……」

「やってみんとコツも何も掴めはせんか。とりあえず、わちきが見本を見せてやるとしよう。わちきの特能も、対象に触れて発動する類のものでありんすから」


 重ねていた手を放したメロリナさんが、そんなことを言った。


「メロリナさんにも特能が?」

「カカ、懐かしいのう。好き放題無茶しておった頃は、この特能のおかげで数多の男どもが、わちきを求めて群がって来おったものよ」

「ということは、男をロリコンに変えてしまう特能?」

「お前さん、意外に失礼な奴じゃの」

「す、すみません。違うんですね」


 ジト目でオレを睨みつけたメロリナさんは、続けてエリムに目をやった。

 エリムの呼吸はまだ正常とは言えないけれど、自分から再び正座の姿勢を取っている。お前って奴は、まだ頑張るつもりかよ。


「エリム坊、すまんが付き合ってもらえるかや」

「ま、待ってください。メロリナさんの特能というのは、対象を無理やり虜にしてしまうような、精神干渉系のものではないんですか? 僕、好きな人がいるので、もしそうなら遠慮させていただきたいんですが」

「違いんす」


 エリムの好きな人だって? いるの?

 おいおい、つれないなあ。教えてくれりゃいいのに。

 これは親友として、エリムの恋は全力で応援してやらないとな。


「では、その、しゃ、射精を促すようなものであったりしませんか?」

「それは何かまずいのかや?」

「実は僕、ある願掛けをしているところでして……」

「ああ、オ●禁しとるようでありんすな」

「な、なんでわかるんですか!? まさか、姉さんかリーチさんが!?」


 アホか。んなこと人に言うわけないだろ。スミレナさんも首を横に振っている。


「いやいや。わちきくらい経験を積んだサキュバスになると、その雄がどれくらい溜めておるのか、体臭などからわかりんす。お前さんだと、おそらく一週間前後といったところでありんしょ?」


 当たってる……。


「心配には及ばんよ。お前さんが心配するような特能ではありんせん」

「じゃ、じゃあ、アソコを刺激するようなものじゃないんですね?」

「刺激するようなものでありんすよ」

「ダメじゃないですか、それ! 今の僕は、ちょっとの刺激もまずいというか!」

「カカ。お前さん、童貞でありんすよね? なんじゃったら、わちきが筆おろしをしてやりんしょうか?」


 メロリナさんが、正座をしているエリムの膝に、向き合う形で跨った。そのまま抱きつくようにして首に手を回し、吐息が触れ合う距離にまで顔が近づく。


「は、離れてください! 僕は、初めては、リーチさんとって決めているんです! だから、ああ、お尻柔らかい。だから、結構です! 離れてください!」


 エリムの手がメロリナさんを引き剥がそうとするが、体のどこに触れていいのかわからないのか、わたわたと右往左往するばかりだ。


「スミレナさん、なんか今、オレの名前が出ました?」

「出たわねえ。どうしてだと思う?」

「エリムの奴、相当パニクってるみたいですね」

「やーん、結論が早いわー」


 そんな会話中にも、不幸なのか羨ましいのかわからないエリムの苦悩は続く。


「お前さん、勃起しとるかや?」

「お答えできません!」

「隠しても、尻に当たっとるからわかりんす」

「だったら訊かないでください!」

「りぃちや。わちきが特能を使った後、続けてエリム坊に【一触即発クイック・ファイア】を打ち込んでもらうが、心の準備はできとりゃすか?」

「え? あ、いや、もう少し。だって使うとどうなるのか、まだ聞いてないです」

「ふむ。その様子では、聞けば余計に踏ん切りがつけらんくなりそうでありんす。エリム坊には少々酷な仕打ちになりんすが、いたしかたなし」


 何がいたしかたなしなのか、よっこいせ、なんて年寄りくさいことを言いながらエリムの膝から立ち上がったメロリナさんが、エリムの肩に右手を置いた。


「やめてください! 僕はオ●禁一ヶ月を成し遂げることで、強靭な精神力を手に入れ、人として、男として、一皮剥けてみせると自分に誓ったんです!」

「なんじゃ、お前さん、まだ剥けとらんかったのかや。それは好都合でありんす」


 謎の言葉をエリムに残したメロリナさんが、オレにも一声かける。


「同じサキュバスのお前さんならば、わちきの魔力の流れを感じ取れるはずじゃ。よく見て感じなんし」


 そう告げたメロリナさんが、すうっと目を閉じ、息を吸い込んだ。

 そして、


「【一気呵成ウェノーク・リニック】」


 特能の名前だろう。それをメロリナさんが口にした瞬間、彼女の掌からエリムの体の中に何かが流れ込んでいくのを確かに感じた。


「――――ッ!? う、ぐ、ああ、ああああああああああ!!」


 魔力の流れを追っていると、突然エリムが、自分の腹を抱えるように背を丸めて悲鳴を上げた。尋常ではない苦しみようだ。


「メロリナさん、エリムに何をしたんですか!?」

「【一気呵成ウェノーク・リニック】――この技は、どんな包茎でもたちまち剥けチン状態にするというものでありんす。懐かしいの。この特能の噂を聞きつけた仮性人どもが列を成してわちきに治療を求めてきおったものじゃ」


 ああ、そういう。


「でも、だからって、エリムはどうしてそこまで苦しんでいるんですか!?」

「この特能を勃起状態で使用するのは少々危険でありんす。ただでさえ剥けやすい状態になっていたものを、わちきがさらに捲り上げているのじゃから。そこに痛みが伴うのは当然と言えよう」


 しかも。そう言ってメロリナさんは続けた。


「今回、エリム坊には【一気呵成ウェノーク・リニック】を強めにかけた。わちきではもう解けん。自力で解くか、術者を殺して魔力を完全に途絶えさすか、方法は二つに一つ。もっともエリム坊のレベルで、前者は不可能でありんしょうが」


 なんか、鵜堂うどうみたいなことを言い出した。


「ぐ、ああああ、うあああああああああ!!」

「エ、エリム! くそ、どうすればいいんですか!?」

「エリム坊は今、ナニがもげるような激痛を味わっていんす。こやつを助けられるのは、お前さんの【一触即発クイック・ファイア】しかありんせん」

「……説明を受けている暇はないんですね」

「もって二分。はようせんと、エリム坊の皮が千切れてしまいんす」


 なんて恐ろしいことを。


「……こんなやり方になってしまったのは、わちきも本意ではない。後で、いくらでも罵ってくれて構いんせん。この幼児体型を好きにいたぶって弄んでくりゃれ。どんな責め苦も悦んで――喜んで受け入れるつもりでおりんす」

「き、気持ちだけ。オレのためだっていうのは、わかっていますから」

「ならはよう、エリ坊を地獄の苦しみから解放してやりんす」


 うずくまって痛みに耐えているエリムの傍らに、オレは膝をついた。

 正直、怖くて仕方ない。

 オレの特技は内部破壊系なのに、それでどうやってエリムを助けられるんだ?

 毒をもって毒を制す。オレの魔力をぶつけてメロリナさんの魔力を相殺するとか、そういうことだろうか。わからない。


「リーチちゃん、お願い。エリムを楽にしてあげて」

「スミレナさん……」


 そうだ。最愛の弟が苦しむ様子を見せつけられているスミレナさんは、オレより辛い思いをしているに違いない。

 エリムの頭を指でツンツン突きながら、「ねえねえ、皮が捲れるのって、そんなに痛いの? 足の小指をぶつけた時と、どっちが痛い? ねえねえ」と容赦なく質問しているのも、きっと痛みを紛らわせるために違いない。


 オレにしかできない。そう言ったメロリナさんの言葉を信じろ。

 弟を思うスミレナさんのためにも、エリムを助けることだけを考えろ。

 この時点で、自分の体調を戻すことなんて二の次になっていた。


「いくぞ、エリム」

「リ……チ……さん……ぐっ、がぁ」


 メロリナさんがそうしたように、オレはエリムの肩に右手を添えて、掌に意識を集中させた。初めて人に、男に試すからか、触れている部分がやけに熱く感じる。


 そして叫ぶ。

 天より授かりし特能の名を。



「【一触即発クイック・ファイア】!!」



 ――――ッ!?

 これが、魔力を放出する感覚か。

 感じる。触れているエリムの服の上からでも、ちゃんと体内に魔力が流れ込んでいくのが。そして魔力が意思を持ち、真っ直ぐ目的地を目指していることを。

 エリムの肩を出発し、胴体を通って一直線に股間へと向かって走って行く。

 より詳細に言うなら……これは、


 ――そう、金玉だ。


 金玉を目標にした魔力が、全速力で金玉を目指す。

 即座に辿り着く。

 注入した魔力が、全て金玉へと流れ込んで行った。その刹那、


「うっ」


 くぐもった呻きを短く洩らしたエリムが、不自然に、ビクッ、ビクンッ、と体を震わせた。そうして額を床につけたまま、しん、と動かなくなってしまう。


「エ、エリム? もう……大丈夫なのか?」


 尋ねても返事が無い。苦しむことはなくなったけど、微動だにもしない。

 寝てしまったのかと思うほどいつまで経っても動かないので、スミレナさんが、ダンゴ虫のように丸まっているエリムを、力づくで仰向けに引っくり返した。


「…………」


 エリムは表情を失い、虚空を見つめていた。

 血の気が引いて青白くなっているとか、そういうことじゃない。

 ただ、表情が死んでいた。一言で表すなら、完全な虚無だった。


「数日分だし、きっとズボンの中は大変なことになっているでしょうね。アタシはこのままエリムをお風呂場まで引きずっていくわ。背負いたくないし」

「よろしく頼みんす。わちきは部屋の掃除を始めておくとしよう」


 事後処理分担を決めたのか、スミレナさんがエリムの両足首を掴み、本当にずるずると床を引きずって部屋を出て行ってしまった。

 残されたオレは、何が何やらわからず、唖然としてその様子を見送っていた。


「りぃちよ、体の方はどうでありんす?」

「あ、えと、まだ体が重いですけど、少しだけすっきりしたかもしれません」

「レベル7まで貯めに貯めた魔力じゃ。一回では到底使い切れんしょや。小分けにして消費していくしかないでありんすな」


 そうなのか。いや、そうじゃなくて。


「状況説明をお願いできますか?」

「うむ。これが【一触即発クイック・ファイア】でありんす」

「全然わかりません」

「エリム坊はな、お前さんに触れられただけでイってしまったんじゃ」

「逝った? 死んだってことですか!? まさか、魔力量の調節を失敗して!?」

「その逝くではありんせん。性的絶頂じゃ」


 ん、なんだって? 性的……何? 耳が悪くなったのかな。


「げに恐ろしい特能よ。お前さんの【一触即発クイック・ファイア】はな、たとえ重厚な鎧の上であろうが、対象に触れただけで魔力を体内に流し込み、一瞬にして絶頂させてしまう。これほど凄まじい技の前では、どのようなテクニックとて霞んでしまう。まさしく最強の性技なのでありんす」


 サイキョウノセイギ。

 音だけ聞くとカッコイイじゃないか。音だけは。

 ……なんて。はい、現実逃避ですね。


「じゃあ……オレがエリムを、この手でイカせたってことに……なるんですか?」

「そう言っておろ。その気になれば、この特能を使って経験値の入れ食いも可能。サキュバスにとっては、喉から手が出るほど欲しい夢のような特能でありんす」

「本当に夢であってほしいです」

「最初は抵抗があると思って最後まで伏せておったが、実際やってみると、なんてことはなかったしょや? 男のナニに触れることもない。至極簡単な作業じゃ」

「…………どうなんでしょうね」

「なんじゃ。お前さんまで表情が死んでおるぞ?」

「この世は不条理なものだと悟りました」

「カカ、そう決めつけるには、お前さんはまだ若すぎる。とりあえず、エリム坊の射精管理は、これからお前さんの仕事じゃな。頑張りなんせ」


 紅葉もみじみたいな手をした先輩サキュバスから、ぱしぱしと背中を叩かれ、励ましの言葉をいただいた。すー、と目から温かいものが流れてきた。



 父さん、母さん、そして、まだ会えぬ拓斗たくと

 オレはもう、アナタたちに顔向けができません。

 アナタたちの息子、もしくは親友だった人間は、とうとう自分の手で他の男から精をしぼり出すという業を背負ってしまいました。


「……サキュバス……やめたい」


 初日にもした呟きを、異世界生活一週間目にして、オレはまたしても呟くこととなったのだった。

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