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第48話 マジで惚れそうだ

 翌朝、エリムにどんな顔をして話しかければいいのかわからず、ベッドから起き上がるだけで物凄い気力を要した。こんなにも鬱な気分は、初日でいじめられっ子ルートが確定した高校入学二日目の朝以来だ。※三日目から行かなくなった。

 店に出てくると、スミレナさん、エリム、ミノコと、いつもの顔ぶれがあった。


「……おはようございます」

「おはよう、リーチちゃん。昨日はよく眠れた?」

「いえ、あまり」


 延々と、エリムに避けられたらどうしよう。そればかりが頭を巡っている。

 エリムはカウンター向こうの調理台の前じゃなく、フロアにあるテーブルで鞄に弁当らしき物を詰め、出かける準備をしていた。

 料理男子としての面が強くて忘れかけていたけど、エリムは魔物の生態学を専攻しているとかなんとか、詳しいことはよくわからんけど、とにかく学生さんだ。

 今日は月一回の勉強会がある日らしく、朝から一人で王都【ラバントレル】まで行くことになっている。そのため、店も休みになる。


「エ、エリムも、おはよう」


 ぎこちなく言うと、エリムは挨拶を返す代わりに手を止めた。

 そしてつかつかと、棒立ちしているオレの所へ真っ直ぐ歩いて来た。その迷いの無い歩き方は、エリムの中で何かしらの答えが出ているのだと感じさせた。

 リーチさんとの友達関係、考え直させてください。

 そんなことを言われてしまうのだろうか。考えると怖くなり、膝が震え出す。

 しかし、エリムが言った台詞は、そんな心配とは対極にあるようなものだった。


「リーチさん、次はいつにしましょう。僕は今からでもイケますよ」


 はきはきとした表情と声で言ったエリムは、まるでウォーミングアップを終えたスポーツ選手みたいに溌剌はつらつとしていた。


「あれ? もしかして、僕が怒っていると思っていましたか?」

「……思ってた」

「恥ずかしいと感じることこそあれ、リーチさんに怒りを覚えるなんてことは全くありませんでした。本当に全く。これっぽっちもです」


 昨日、あれだけの出血をしたにもかかわらず、エリムの血色はすこぶるいい。

 ロリババア様は大概だけど、こいつもこいつで人間離れした回復力だ。


「オレと、友達やめたいとか思ってないのか?」

「友達……ですか。友達は、ん、はい、思っていません、よ」


 ちょっとどもった。やっぱり、少し強がっている。


「それで、どうします?」

「今日は出かけるんだろ? 今は……やめとく」

「わかりました。帰ってからですね。帰りは夜遅くになると思います。リーチさんこそ、まだまだ体調が優れないようですし、しっかり休息に努めてくださいね」


 オレの体を気遣った後、エリムは「ところで」と恥ずかしそうに言った。


「ど、どれくらいの頻度を予定していますか? 体調不良の原因になっている大量の魔力をある程度消費するまでは、毎日した方が……いいですよね?」

「そう、だな」

「そそ、それまでは朝晩二回、なんでしたら、朝昼晩の三回でも構わないですよ!? それくらいなら僕、余裕でできますから! 回復にだけは自信があるんで!」

「エリム、降って湧いたシチュエーションに戸惑う気持ちはわかるけど、落ち着きなさい。女の子にとんでもないことを口走ってるわよ?」


 一日三回って。しかもそれが余裕って。

 え? お前、オ●禁前は、ずっとそんなペースでやってたの?


「リ、リーチさん、今言ったことは忘れてください! できるというだけで、毎日やっていたというわけではなく、ああもう、僕は何を言ってるんだ!」

「手遅れよ。ほら、リーチちゃんが、真っ赤な顔で泣きそうになってるじゃない」

「あああ、すみません! 気持ち悪かったですよね!? うあああ、どうしよう!」


 別に、野郎の一日あたりの回数なんか興味無いし、聞いたところで、特にキモいとは思わない。むしろ「頑張るなあ」と感心してしまった。

 そうじゃなくてな、オレが今から言わなきゃならない台詞を思うと、恥ずか死にしそうになるんだよ。う~、気が滅入ってきた。


「え、えっと……話戻すけど、体調が戻るまでは、一日一回、その……オレの手でエリムのを――じゃなくて! エリムに、かけさせてほしい……です。自分で処理したいかもだけど、あの後メロリナさんが、空っぽ状態でかけると精嚢せいのうに負担がどうのって言われて、だから……」


 ああああああ、ホント何言ってんの? オレ何言っちゃってんの!?

 頭の中で悶絶する自分を思い浮かべながら話を続ける。


「体調が戻ってからは……毎日じゃなくていいんだ。う、う~、二日……あいや、三日に一回くらい……かな。そのくらいのペースで、お願いできればと……」


 ふぉおぉお、死にたい! ミノコに食われて腹の中に隠れてしまいたい!


「リーチさん」

「あ、もちろん無理なら無理でいいから、はっきり断ってくれよな! エリムも、オレなんかにそういうことされるのは、本当は嫌だろうし!」


 エリムは好きな人がいると言っていた。

 好きな人がいるのに、他の女に精を抜かれるなんて耐え難いことのはずだ。

 だけど、友達思いでフェミニストのエリムのことだから、オレを見捨てられずに自分を犠牲にしてしまうかもしれない。


「ごめん、図々しかった!」

「リーチさん、聞いてください」


 嫌われたくない一心で全ての言葉を撤回しようとしていると、エリムは静かに、だけど力強い声で言った。


「僕は思ったんです」

「……何を?」

「多分これは、男として、とても幸せなことなんだろうなあって」


 柔らかく降り注ぐ陽の光を浴びんとするかの如く、自分の胸に手を当てたエリムは、幸せを噛みしめるように穏やかな笑顔を天井に向けた。


「エリム、お前……」


 まさか、なんて奴だ。

 好きな女より、オレとの友情を取るってのか?


 信じられない。信じられないほど感動した。

 友達の助けになる。それを、ここまで喜んでくれる奴が他にいるだろうか。

 これを親友と呼ばず、なんと言おうか。


「お前ってば……カッコ良すぎだろ。……マジで惚れそうだ」

「ほ、惚れ!?」


 感動だけじゃない。厚すぎる義侠心に感服したよ。

 オレもそんな風にありたいと、強く願ってしまった。

 こんなことを思わせてくれるエリムとなら、いつか……。


「姉さん、これってもしかして、僕の気持ちがやっと通じたのかな!?」

「いいえ。あれはおそらく、かなり見当違いなことを考えている顔よ」


 そう、いつか。

 親友を超えた親友。

〝心友〟にだってなれるんじゃないだろうか。


「……なんか、そうっぽいね」

「リーチちゃんのアホっぷりをナメちゃダメ。ここでうっかり攻めようものなら、痛いしっぺ返しを喰らうことになるわ。攻略は慎重になさい」

「姉さんは、僕を応援してくれるの?」

「もちろんよ。だってリーチちゃんがエリムと結婚したら、リーチちゃんは本当にアタシの妹になるんだもの」

「姉さんの動機はともかく、頑張るよ」

「ええ、頑張りなさい。そして結婚したら一人で出稼ぎにでも行きなさい」

「まさかの単身赴任!? というか、姉さんも一緒に暮らすつもりなの?」

「当たり前じゃないの。そして、リーチちゃんとのめくるめく姉妹生活を謳歌するには、エリムの存在が邪魔になってしまう。だからエリムには家を出てもらって、そのまま帰って来なくていいわ。いっそ帰らぬ人となってくれてもいいわ」

「自分の欲望のために弟を殺さないでくれる?」

「未亡人となったリーチちゃんの支えとなる義姉。いつしかその関係は姉妹の壁を越え、持て余した体を慰め合う仲に。いいわ。燃えてきた」

「僕は姉さんのこれからと頭が心配になってきたよ」


 エリムのおとこっぷりを見て自分の未熟さ再認識していると、何故かスミレナさんは身悶えし、エリムは眉間を揉み解して深い息を吐いていた。


「えっと、了承されたってことでいいのかな」

「はい。任せてください。少し予定が狂いましたけど、昨日の一件で、一皮剥けた気がするんです。次にメロリナさんが店に来られた時、お礼を言わないと」


 実際剥けたもんな。物理的に。


「エリムには苦労をかけると思うけど、よろしく頼むな。いつになるかわからないけど、拓斗たくとと再会できるまで辛抱してくれ」


 言った瞬間、スミレナさんとエリムが目をぱちくりとさせた。

 特にエリムの顔が、ひょっとこみたいな変顔になっている。


「あれ? オレ、何か変なこと言った?」

「ど、どど、どういうことですか? いい、今、今の、今のあのあの、タ、タクトさんと再会すす、するまでまでって、どどどいう?」


 エリムの動揺が凄まじい。


「どういうって、拓斗と会えたら、エリムに付き合ってもらう魔力消費を、あいつに代わってもらおうかなって」

「なんでです!? 僕では力不足ですか!? お役御免なんですか!?」

「だ、だって、あいつには彼女だけじゃなく、好きな子もいないって知ってるし、エリムより気持ちが楽っていうか、頼みやすいと思って」


 拓斗なら多分、オレの状況を聞けば、「マジで? オレにその【一触即発クイック・ファイア】ってのやってみてくれよ。――ウホッ、パネェwww」くらいのノリで付き合ってくれるんじゃないかと思う。


「リーチさん」

「ん? ……え? お前、何してんだ?」


 エリムが真剣な顔つきで、ベルトをカチャカチャと鳴らして外していた。


「やっぱり今しましょう。すぐしましょう」

「いや、今はいいって」

「僕は……僕は、タクトさんにだけは負けられないんです! 負けるわけにはいかないんです! さあ、遠慮なくやってください! さあ! さあ! さあ!!」

「ちょ、おい、こっち来んな」


 鬼気迫る剣幕でぐいぐい詰め寄ってくるエリムが、オレの制止にも耳を貸さず、ズボンに手をかけた。そのまま一気にテイクオフ――


「んぶっは!?」


 ――しかけたところで、スミレナさんの強烈なソバットが後頭部に炸裂した。


「必死すぎなのは逆に引かれるわよ」


 オレの真横を吹っ飛んでいったエリムが、哀れな半ケツ状態のまま、ずしゃりとうつ伏せに倒れた。その背に、ミノコが前足を片方乗せて動けなくしてしまう。


「く、来るなら来い! 僕は絶対負けないぞ!! アナタがどれだけ長い時を一緒に過ごしてきたのだとしても、僕は必ずそれを上回るだけの――」

「んと、そこまで言うなら、じゃあ……行くぞ?」


 オレはミノコの足の下でもがくエリムの頭に、そっと右手を置いた。

 掌に集中していく魔力の波動を感じる。

 そして発動――【一触即発クイック・ファイア


「えい!」

「――信頼をリーチさんから得てみせ、うっ」


 二度目だからか、昨日よりもスムーズに魔力を流し込めた気がする。

 魔力を少し消費したことで、ほんのちょっぴり気分が良くなった。


 そして、またエリムが動かなくなった。


「リーチちゃん」

「はい?」

「できれば、お店の中ではやらないでもらえると助かるかしら」

「あ……そうですね。すみませんでした……」

「あとはまあ、タイミングね。今のはちょっと……」


 ミノコが嫌そうな顔をしてエリムから足をどけ、壁際に移動した。

 やれやれと呟いたスミレナさんは、掃除用具入れからモップを取り出した。

 エリムは動かない。

 オレはスミレナさんから、家の中に戻っているよう言われた。

 なんだかとても気まずい空気が、その後しばらく流れた。

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