召喚されたホログレムリンは二十匹。うち五匹は、この場にいる第二部隊の騎士たちと睨み合っているが、それ以外の連中は、町の包囲網を狭めるようにして集結しつつある第一部隊を襲うために方々へ散った。
「こンの……馬鹿! 大馬鹿! 適当な仕事してンなよ!」
「済んだことは仕方ない。誰しも失敗はある」
「仕方ないで済む規模の失敗じゃねェだろうが!」
事の重大さをわかっていないのか、それともわかった上で、取るに足らないことだと考えているのか、魔王ザインは悪びれもせず、しれっと言った。
制御できないホログレムリンたちは、町の中で好きに暴れ回る。
優先的に騎士たちを襲う。それも最悪だけど、そこで終わるわけがない。
連中は建物を壊し、見境なく町の人たちだって襲うはずだ。
「早くなンとかしろよ!」
「焦る必要は無いだろう。騎士どもはリーチを討伐し、我を滅しようとしている。こやつらに食わせた方が都合が良いというものだ」
「断言するけどな、利一はそういうことを望むような奴じゃねェぞ」
「タクトよ、勘違いされては困る。確かに我はリーチの心も欲してはいるが、我は魔王。覇道を歩む者であるぞ。
「だったら、何もしねェで黙って見てるつもりか?」
「愚かな騎士どもの末路を眺めるのも一興よ」
「そっちのオネエサンに、ダークエルフもののAVを観てたことをチクるぞ」
「魔王たるもの、時に柔軟な対応も求められよう。くく、この町の者は運がいい。偶然にも、今は体を動かしたい気分だ」
調子のイイ野郎だ。でも意外と嫌いじゃない。
「お前の手下なンだろうけど、ホログレムリンは倒しちまってイイんだな?」
「好きにするがいい。我の命令を聞かぬ者に配下たる資格は無い」
「俺には魔力が無ェから、瘴気の臭いを辿って探すことができねェ。だからお前は散らばった奴らの所へ行ってくれ。俺はここにいる五匹を先に片づける」
「できるのか? 我は少なからず貴様を気に入っている。このような形で死なれてはつまらぬのだが」
「死なねェよ。きっちり倒して騎士団に恩を売ってやるさ」
やっと利一を見つけたってのに、こんなところで死んでたまるか。
「……なるほどな」
「何がなるほどだ?」
「後でよい。では、我は行くとしよう。騎士どもはどうでもよいが、町の女たちを危険に晒すのは忍びない」
「つくづく変な魔王だぜ」
「変? 全裸で股間の物を怒張させている貴様にだけは言われたくない台詞だな」
「違いねェ」
ザインは軽やかにジャンプし、建物の屋根の向こうへと消えて行った。
それを魔王の従者――ダークエルフのオネエサンと見送った。
「ええと……」
「パスト・シアータイツと申します。魔王の副官を務めております」
「あ、はい。これは……ご丁寧に」
見た目は二十代前半だけど、実年齢はもっと上だろう。
そんなダークエルフのオネエサンが、俺が何かを言う前に自己紹介をしてきた。
視線を微妙に逸らしているのは、俺の痴態を見まいとしているからか。
「アンタは行かねェのか?」
「命じられておりません。それに、私も騎士は嫌いですので」
「そ、そうスか」
「そんなことより、いずれ魔王様と敵対するかもしれない転生者の戦いを観察する方がよほど有益です」
「そうかよ」
答えてすぐ、ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
「……なんで、俺が転生者だと?」
いつの間にか名乗っていた? いいや、絶対にない。口を滑らせてもいない。
なのに、問答する必要すら感じさせない、確信のある口振りだった。
「ホログレムリンは滅多に人前に現れません。そのように管理しています。独力でゲートを発生できる魔物の存在を人間たちに知られることにメリットはありませんから。まともに形貌が伝わっているかも疑わしい。それなのに、アナタの口からは当たり前のようにホログレムリンの名が出てきました」
パストは、俺が転生者だと断定する根拠をさらに挙げ連ねていった。
「仮に姿を知っていたとして、あのような異形の魔物が大量に出現したら、普通は恐怖を感じるものです。なのにアナタは驚きこそすれ、全く恐れを抱いていない。具体的に申しますと、『ひたすら面倒臭い敵が現れた』といったところでしょうか。つまり、アナタはホログレムリンと実際に戦ったことがある。そして倒したことがある。先の勝利宣言は、そこから来る自信でしょう」
面白いほど的中する洞察力を披露され、俺は何も言い返せない。
「極めつけは、アナタが……フ、フルチン……だということです」
「は?」
「数日前、魔王様がこの地に来るため、ゲートを作らせたホログレムリンが一匹、何者かに倒されました。そのホログレムリンが、
フルチンと口にするのが恥ずかしいのか。褐色の肌に赤みが差している。
なンとなく、過去の犯罪歴から犯人に辿り着いたと言われているみたいで釈然としないが、身構えてしまった以上、自分は転生者だと認めたも同然だ。
「ご心配には及びません。危険は速やかに排除すべきと思わなくもありませんが、魔王様がアナタを気に入られているのなら、私もそれなりの敬意を示しましょう」
信じてイイのか?
油断させておいて、後ろからブスリ、なンてことは……。
と、そこまで考えて、俺はあっさりと疑いを捨てた。
魔王がアレだ。その側近なら、騙し討ちを良しとするような人物ってことはないだろう。つーか、今は後ろを気にしている余裕が無ェ。
「とりあえずは休戦ってことでイイんだな?」
「私は開戦を決める立場にはありませんので」
さっき、ザインが「なるほど」と言ったのも、おそらく俺が転生者だと気づいたからに違いない。変態のくせに、鋭い野郎だぜ。
「わかった。邪魔さえしなけりゃそれでイイ」
「私が言えた義理ではありませんが、ご武運を」
恭しく一礼をしたパストは、俺から少し離れて傍観者となった。
改めて五匹のホログレムリンを視界に収める。
さすがに騎士と町民で争っている場合じゃないと理解しているらしく、騎士たちは全ての戦力をホログレムリン数匹に向けている。
ホログレムリンについて、パストは言った。
レベルの高い雄を好んで捕食する。ただし、自分よりも強い雄は襲わない。
ホログレムリンのレベルは27。
となると、この場で、あいつらが最優先で狙うのは――
「レベル26のアーガス騎士長だな」
思ったとおり、五匹ともがアーガス騎士長に狙いを定めて威嚇している。
騎士たちもそれに気づいており、アーガス騎士長を後ろにして守っていた。
すぐさま俺も駆け寄り、守りに加わる。
すると、ホログレムリンたちが「キィィ」と戸惑うような声を出して落ち着きをなくした。レベル30の俺を警戒している。どういう仕組みで相手のレベルを嗅ぎ分けているのかは知らないが、何かに利用できるかもしれない。
「アラガキ! 騎士長はまだ戦える状態じゃない! 安全な所までお連れしろ!」
「シコルゼ、お前、大丈夫なのか!?」
俺とザイン、特にザインにやられた傷は深く、頭からだらだらと出血している。
そんな状態で、シコルゼは他の騎士たちと共に前線に立っていた。案外タフだ。
「部隊長を付けろ! そんなことよりも、貴様といれば、この魔物たちは騎士長を襲わないんだな!? ならば早く行け!」
「シコルゼ部隊長、アンタって奴は……」
ちょっと見直したぜ。上司の前でカッコつけたいという執念だけは尊敬できる。
騎士たちも、誰かを守りながらでは力を出し切れない。
俺は一先ず、アーガス騎士長をどこか建物の中へ押し込もうと考えた。体に力の入らないアーガス騎士長の腕を、俺の肩に回して担ぎ出す。
「何を……している。タクト、お前が戦わなくてどうする」
「わかってンよ。だからさっさとアーガス騎士長を避難させンだろうが」
ホログレムリンたちは、異常なほど俺を警戒していやがる。下手に攻撃を仕掛けようものならなら、一匹と戦っている間に他のを逃がしてしまう。
「私のことはいい。捨てて行け」
「そういう独りよがりな騎士道、俺は嫌いだね」
「お前もわかっているはずだ。シコルゼたちではホログレムリンに勝てんと。戦えずとも、私は騎士長だ。その私が足を引っ張るなど許されん。したくないのだ」
「活躍したいか?」
「できるものならしたいに決まっているだろう」
「だったら俺に作戦がある。協力してもらうぜ」
「作戦? 何を考えているのか知らんが、いいだろう。この命、好きに使え」
いや、命はいらない。
俺は続けて、
女性はホログレムリンの食指に引っ掛からない。カリーシャ隊長は、安全に俺の傍までやって来ることができた。
「何か私に手伝えることはあるか!?」
「あるぜ。カリーシャ隊長にしか頼めないことが」
「私にしか? まさか、また尻を揉ませろと言うつもりじゃないだろうな!?」
「よくわかったな。言うつもりだ」
「私の存在意義は尻だけなのか……」
「揉んでも俺の良心が痛まないってところがポイントだ。自信を持ってくれ」
「その台詞のどこに自信を持てと……」
「だが、揉むのは少し後だ」
先にやらなきゃならないことがある。
非常に、非常に気は進まないが、背に腹は代えられない。
「アーガス騎士長、俺にキスしてほしい」
「承知した」
「ちょ、待て! せめて説明を聞け! あと正面から来ンな! 誰が唇にしろって言った!?」
「お前になら……構わんと」
「オッサンが頬染めんな!」
「アラガキタクト、私は今ほどお前の直属の上司となれてよかったと思ったことはない。私は信じていた。お前には、その素養があると。そしてついに、ついに開花させたのだな。祝おう! 今日という素晴らしい日を!」
親友が討伐されかかっているのを全裸で駆けつけ、しかも魔王が降臨しやがった日が素晴らしい日のわけねェだろ。こいつ、マジに頭腐ってやがンな。
「では、お前の頬に接吻をすればよいのか?」
「そのつもりだったンだけど、今の遣り取りで十分萎えた」
ロリサキュバスの特能による強制ズル剥けは維持されたまま、
レベルが30から、アーガス騎士長と同じ26へとダウン。
「ここまでは作戦どおり。さあ、来やがれ」
近くに、脅威となる高レベルはいない。
そんな中、レベル26という最高の獲物が二人固まっている。
この美味しい状況を逃す手はないだろう?
願いが届いたのか、他の騎士たちと牽制し合っていたホログレムリン五匹全員の単眼が、ぎょろりと俺たちに向けられた。
「かかった!」
一匹ずつ戦っていたら逃げられる。
そこで俺は、一度レベルを下げて自分に引きつけ、まとめて倒そうと考えた。
ホログレムリンたちが、他の獲物には目も暮れずに突っ込んで来る。
「来た来た来た! カリーシャ隊長、出番だぜ!」
「騎士長からのキスは?」
「それはもう必要無ェ」
「貴様には失望したぞ。失望を通り越して絶望した」
「どんだけ楽しみにしてたンだよ!? いいから、さっさと尻をこっちに向けろ! もう慣れたもンだろ!?」
「き、貴様、その発言は問題だぞ! 後で覚えていろよ!」
怒りながらも回れ右をしてくれたカリーシャ隊長の尻を、俺はスカートの上からがしりと鷲掴ンだ。この手触り。このフィット感。指を動かさずにはいられない。
もみもみもみもみもみゅんもみゅん。
こねこねなでなでぺんぺんもぎゅり。
「貴、様、回数を追うごとに、揉み方に、遠慮がなくなって、んあっ!?」
視線より先に、
屹立したエレクチオンが標的に狙いを定めた。
つまり、おっきした。
「
「キギッ!?」
先頭を走っていたホログレムリンが、いきなり俺のレベルが30に跳ね上がったことに気づいてブレーキをかけたが、もう遅い。
二番目のホログレムリンが、急に減速した一番目の背中にぶつかった。
「どっこい、しょおおおおおおおおおッ!!」
その二匹の胴体を、俺は力任せの全力フルスイングでまとめてブッた斬った。
斬るというより、ブッ千切ったという方が正確か。
悪魔であるホログレムリンの最期は綺麗なもので、血が噴き出すことも、肉塊が散らかることもない。さらさらと空気に溶けるように、霞となって消失した。