「おい、クリリン。コレ、訓練着じゃなくて芋ジャージなんけど……?」
「文句言うな、クソガキ。Eクラスの訓練着はソレなんだよ」
2年Bクラスに備品争奪戦争を申し込まれて2時間後の郊外にて。
クソださ芋ジャージに身を包んだ俺とエルさんは、クリリンに連れられアカデミーが所有する森の中へとやって来ていた。
「見た目はちゃっちぃが、防御力は保障してやる。例えドラゴンに噛まれようとも一撃だけなら耐えることが出来るスゲェ代物なんだぞ?」
「ふーん? でもゲロだせぇ事には変わりねぇしなぁ……ねぇエルさん? ゲロダサいっすよね、このジャージ?」
「えっ、そう? ウチは好きやで、このジャージ」
「奇遇ですね。俺も最高に素敵だと思っていた所なんですよ、このジャージ」
「すげぇ……こんな熱い手のひら返し、オレ見た事がねぇよ」
手首がジャイロ回転してんじゃねぇか……と、ドン引きした様子で俺を見て来るクリリン。
いやぁ、よくよく考えればエルさんとペアルックじゃないか!
最高かよ、このジャージ?
もう一生使い続けるわ。
「クリリンせんせぇ~? ウチら一体どこまで移動するんや~?」
「もうそろそろだ……っとぉ。着いたぞ、お前ら」
森の中を
ようやく開けた場所へと辿り着いた俺達の視線の先には、動きやすそうな訓練着に身を包んだ50人ほどの2年Bクラスの生徒たちと、3人の教職員の姿があった。
3人の教職員の内の1人であるテッペンハゲ
「遅いですよ、リント先生ッ! もう備品戦争の準備は出来ていますよ!」
「す、すいませんハーゲスト先生……。な、なにぶんEクラスは馬車移動ではなく徒歩移動でしたので……」
「言い訳しないっ! だからアナタは万年Eクラス担当なんですよ!」
「も、申し訳ありませんでしたっ!」
ペコペコとテッペンハゲ夫に頭を下げるクリリン。
顔は媚びへつらった笑みを浮かべてはいるが、口は小さく「チッ、うるせぇんだよオバQ」と悪態を吐いていた。
ちょっとだけクリリンの事が好きになった。
「というか向こうの訓練着、ウチの芋ジャージと比べて凄ぇグレードが良さそうなんだけど?」
「ふんっ、当然だわ! 何個ランクが違うと思っているの? BクラスとEクラスでは装備も実力も月とスッポンくらいの差があるんだから!」
「あっ、タップ・ダンス」
「ロップ・ホップだ! もう覚える気ないでしょ、編入生!?」
ご立派な訓練着に身を包んだBクラス委員長が、プンスカっ!? とその場で地団駄を踏み始める。
なんでこんなに怒っているんだ、コイツは?
あの日なのか?
始まったのか?
「おぉ~っ! その訓練着、可愛いなぁ。ロップちゃんによう似合っとるわぁ~」
「ありがとう。そういうエル・エルも中々似合っているわよ、その訓練着」
「ほんまぁ~? 嬉しいわぁ~」
「……ほんと皮肉が通じないわね、この女」
えへへ~♪ 嬉しそうに照れ笑いを浮かべるエルさんに、クッ!? と悔しそうに顔を歪める委員長。
諦めろ、委員長。
エルさんは人として、なにより女としてお前とは住んでいるステージが違いすぎる。
喧嘩を売るだけ徒労で終わるぞ?
「よし、これで全員集合したな? では
テッペンハゲ夫がそう口にした瞬間、ピリッ! とした空気がBクラスから発せられた。
全員、嗜虐的な光を瞳に宿して『にっ……ちゃり』と粘着質な笑みを浮かべて俺達Eクラスを見ていて……。
「なんか
「えっ? なにが?」
「いえ、何でもありません」
Bクラスの放つイジメっ子特有のオーラに気づいていないらしいエルさんが、可愛らしく小首を傾げた。
うんうん、エルさんはそのままでいいんだ。
こんな汚い感情を覚える必要はない。
「編入生も居ることだし、簡単なルールだけ説明しておく。全員よく聞いておくように!」
はいっ! とBクラスのハキハキした声音が耳朶を叩く。
その統率のとれた返事に満足したのか、テッペンハゲ夫はちょっとだけ声音を優しくしながら今回の備品争奪戦争のルールを説明し始めた。
「ルールは至ってシンプルだ。先に相手のクラスの委員長を戦闘不能にしたクラスが勝者だ! それ以外はナニをしても自由! ただし範囲はこの森の中だけとする! 以上、質問のある奴はいるか?」
「あいよ。1ついいかい、先生?」
「『1つ質問してもいいですか』だ、バカタレめ! なんだ編入生!?」
テッペンハゲ夫は俺を鋭く睨みつけながら、脅すようにドスの利いた声音で口をひらいた。
元気だなぁ、このオッサン?
ウチの担任とは大違いだ。
俺はテッペンハゲ夫の隣で愛想笑いを浮かべているクリリンを一瞥しながら、
「Bクラスはこの戦争にクラス全員で参加するワケ?」
「当たり前だ! この備品戦争はクラスの総力を持って挑むモノだからな! それから敬語を使え、バカ者!」
「でも、それだと不公平じゃね?
「不公平ではない! ソレも実力もウチだ! 嫌ならアカデミーを止めろ! そして敬語を使え、愚か者め!」
取りつく島もなく「ふんっ!」と鼻を鳴らして話を打ち切るテッペンハゲ夫。
なるほどね。
つまり戦争とは名ばかりの虐殺を始めようってワケね?
……本当に気に食わないアカデミーだなぁ、ココは?
「もう質問はないな? ではBクラスは東へ500メートル、Eクラスは西へ500メートル移動しろ。空砲の合図と共に戦争を開始する。それまで出撃準備だっ!」
解散ッ! とハゲ夫が口にするなら、Bクラスは脱兎の如く東の森の中へと消えて行った。
おぉ~……よく統率されていやがる。
「ウチらも移動しようか、アシト?」
「そうですね。行きましょう、エルさん!」
Bクラスの後ろ姿を感心しながら見送りつつ、俺はエルさんと一緒に西の森への中へと駆け足で移動し始めた。
「それにしても2対50ですか……アカデミー側も無茶言いますね? もはや数の暴力ですよ、コレ?」
「大丈夫やでぇ、アシトッ! 怖かったらウチの後ろに隠れときぃ! ウチ、こう見えても剣術得意なんやからぁ!」
興奮気味にそう口にしながら、鞘からボロボロの剣を引き抜くエルさん。
そのまま「おりゃーっ!」と気合一閃。
蚊も殺せなさそうなヘロヘロの斬撃が空を切った。
「ふぅ、ふぅ……なっ? いい太刀筋やろ?」
「凄いですエルさん! これでもう勝ったも同然ですね!」
一振りしただけで息絶え絶えのエルさんの身体を優しく支えながら、全力で彼女をよいしょっ! していてく。
エルさんは「えへへ、せやろ?」と得意げな顔で満足そうに微笑んだ。可愛い♪
「アシトはウチが守ったるさかい、ドーンッ! と大船に乗ったつもりで構えとけばええ」
そう言って、小さい頃と変わらない笑みを俺に向けてくるエルさん。
彼女の中では、どうやら俺はまだ村に居た頃の『いじめられっ子のアシト』であるらしい。
「ありがとうございます、エルさん。でも大丈夫ですよ? 俺、最強なんで」
「うん? あれ、アシト?」
記憶の中の俺と目の前の俺とでズレが生じたのか、エルさんが困惑したように小首を傾げた。
そんな彼女を安心させるべく、俺は満面の笑みをエルさんに向けながらサムズアップを浮かべてハッキリとこう言った。
「エルさんと別れて7年。俺はアナタの最後の教えである『いじめっ子に負けないくらい強くなれ!』という言葉を胸に、今日まで自分を鍛えてきました」
目を瞑れば今でも思い出せる。
エルさんとの別れの日、彼女が俺に言ってくれたあの言葉。
――アシト、強くなれ。いじめっ子に負けないくらい強くなれ! 誰よりも強くなれ!
その言葉を心の支えに、俺はこの7年間、内蔵の位置が変わるほど死ぬ気で自分を鍛え続けた。
全ては彼女との約束のために。
今度こそ、俺が彼女を守れるように。
そして今、その想いは、約束は結実する。
「いじめられっ子のアシトは今日で卒業です。見ていてください、エルさん。俺の……変身をっ!」
――カチッ!
身体の中のスイッチを入れ替える。
瞬間、細胞が物凄い勢いでエネルギーを喰らい始める。
やがて烈火の如く活性化した細胞が五感を鋭敏化させ、土の匂い、大気の震え、コチラを狙う強烈な敵意を察知する。
上等だ、かかってこいよ?
エルさんに歯向かうヤツは、例え神さま仏さまが許しても、このオレ様が許さねぇ!
「さぁ、楽しくなってきやがった」
「あ、アシト……? あ、あれぇ~?」
困惑するエルさんを横目に、俺は彼女から教わった絶対の呪文を口にしながら臨戦態勢へと突入した。
数秒遅れて、森の中にパァンッ! と乾いた殺戮の合図が鳴り響く。
「ちょっと待っていてくださいね、エルさん。――すぐ片付けてきますので」
瞳をパチクリッ!? させるエルさんに微笑みを返しながら、俺は闘争本能に導かれるように大地を蹴り上げた。