Eクラスとの備品戦争が始まって30分。
ロップ・ホップは焦っていた。
「クソっ!? 見つからないッ!? どこに居るのよ、エル・エル!?」
「ま、待ってくださいボスぅ~っ!?」
「は、早いっすよぉ~っ!?」
森の中を軽やかに駆けるロップの背後から、Bクラスの側近2人の男の声が木霊する。
「遅いッ! なにやってるの!? それでもBクラスのナンバー2とナンバー3なの!?」
「ぼ、ボスが速すぎるんですよぉ~っ!?」
「なんで森の中でそんな軽やかに移動することが出来るんすか!?」
ロップのスピードについて行くのが精いっぱいの側近2人が、ひぃひぃっ!? と肩で息をしながら情けない事を口にし続ける。
こんな事をしている間にもエル・エルがBクラスの誰かに攻撃を受けているかもしれないのだ。
もうロップは気が気ではなかった。
「泣きごと言わない! ほら、索敵しっかり!」
「最弱のEクラス相手に気合が入り過ぎですよ、ボスぅ~?」
「というかロップさんは
少しでも体力を回復させようと、側近の1人がロップの足を止めるべくテキトーの質問を投げかける。
瞬間、ロップは思わず「うぐっ!?」と声を詰まらせた。
2人の言い分はよく分かる。
自分はBクラスの大将、自分が打ち取られたら戦争は負けなのだ。
だから安全を期して、この戦争は仲間達に任せて、勝敗の成り行きを後ろでゆったり眺めておけばいい。
それは分かっている。
だが、それではダメなのだ。
それだとエル・エルがケガをしてしまうかもしれない。
それは絶対に看過してはいけない。
許してはいけない!
「せ、せっかくの備品争奪戦争なのよ? アタシだって雑魚をボコボコにしてストレスを発散したいのよ!」
「あぁ~……まぁ、それもそうですよね。備品戦争なんて、上位クラスのストレスを発散させるためにあるようなモノだし」
「性格悪いっすねぇ~、ロップさん」
うっさい! と側近2人をあしらいながら、ロップは思考を加速させ続けた。
そう、2人の言う通り、この備品戦争は上位クラスのストレスを発散させる為にあるようなモノだ。
つまり上のクラスに目を付けられたが最後、悲惨なアカデミー生活が待っているのである。
だからこそ生徒達は上のクラスに目をつけられないように、慎ましく穏やかに生活しているのだ。
だというのにエル・エルとくれば、1学期初日で
あんなの他の上位クラスに『目をつけてください!』と言っているようなモノである。
だから他のクラスが目をつけない内に、Bクラスを掌握している自分が戦争を仕掛けて、ケガなくエル・エルを気絶させて穏便に事態を収束しようと思ったのに……。
「チッ……これは想定外だったわ」
ロップは
彼女の計算では、Bクラスで一番のスピードと索敵能力を誇る自分がいの一番にエル・エルを見つけ、彼女がケガをしない内にさっさと戦争を終わらせるつもりだった。
だが、ロップの予想以上にエル・エルの隠密能力は高かった。
彼女の索敵能力をフルに駆使しても、エル・エルの影を捉える事が出来ないのだ。
それが余計にロップを焦らせた。
「時間が経てば経つほど、他の連中に見つかってケガをする危険が上がるっていうのに……本当にどこに居るのよ、エル・エル!?」
人知れずたった1人の自分の友人を守るべく、再び跳躍するロップ。
その後ろを側近2人が「待ってくださいよ、ボスぅ~」と泣きごとを言いながらついて回った。
そして開けたスペースへと飛び出るなり……ロップは絶句した。
「な、なによコレ……」
「ハァ、ハァ……ッ!? ど、どうしたんですか、ボス? 急に立ち止まって――って、うぉ!?」
「何を変な声を出してんだ、おま――うぇっ!?」
突然立ち止まったロップを不可解そうに眺めていた側近2人の口から、悲鳴じみた変な声がまろび出る。
3人の視線の先、そこには……先行していたBクラスの仲間たちが口から泡を出し、白目を剥いて倒れている光景が飛び込んできた。
その数……40人強ッ!
「「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁっ!?」」
誰も予想していなかった光景を前に、側近2人が太陽に吠えた。
そんな2人を尻目にロップは、素早く白目を剥いている仲間の1人のもとへと移動し、
「……大丈夫、気を失っているだけみたい」
「ほ、ホントですか、ボス!? よ、よかったぁ~……」
「い、一体誰がこんな事を……?」
ロップが『ほっ』と安堵の吐息を溢すと同時に、
――ゾクリッ!?
鋭利な刃物を首筋に押し付けられたかのような圧迫感が彼女を襲った。
「――ッ!?」
瞬間、全身の細胞が
「ボス?」
「ロップさん?」
「総員、戦闘体勢ッ!」
半ば怒鳴るように彼女がそう口にした。
その瞬間、森の中から巨大な足音が聞こえてきた。
「な、なんの音だコレ!?」
「ろ、ロップさん!?」
「シッ! 静かにっ! ……くるぞっ!」
彼女が足音の方へと剣を構えた。
刹那、森の中から鱗が巨大な岩石で覆われた――
「ロックドラゴン!?」
「なんでこんな所に!?」
砂漠地方に住むと言われている大型の魔物、ロックドラゴンが3人の前に姿を現した。
全長は15メートルほどあるだろうか?
剣先すら刺さらない巨大な岩石の鱗で出来たソレ、もはや歩く災害である。
出会ったが最後、ロップたち剣士見習いでは絶対に勝てない。
無慈悲なる『死』がそこにはあった。
「お、お前たち! はやく逃げろ!?」
木の影からBクラスの担任であるハーゲストの声が3人の肌を叩いた。
どうやら何処からかこの様子を覗いているらしい。
たまらず側近2人が声を張り上げた。
「む、無理です先生っ!? あ、足が震えて、は、走れませんっ!?」
「た、助けてください先生!? ハーゲスト先生!」
「…………」
「ハーゲスト先生? 助けてください、ハーゲスト先生ッ!?」
先生ッ!? と側近2人は担任に助けを求めるも、返事はない。
どうやら助けてくれる気が無いらしい。
そ、そんな!? と側近2人の絶望の声がポツリと地面へ零れ落ちる。
ハーゲストは『許せ』と心の中で謝りながら、息を殺して草むらの中へと身を隠した。
いくら自分が優秀な剣士だとしても、ドラゴンの前に飛び出るなど、自殺行為以外の何物でもない。
そもそもドラゴンは聖剣を持った【勇者】か、類まれなる剣術を身に着けた【剣聖】にしか倒せない。
たかだが一教師のハーゲストに出来ることは……ロックドラゴンにバレないように身を隠すことだけだった。
「ぼ、ボス!? どうしましょう、ボス!?」
「どうすればいいんですか、ロップさんっ!? 自分たちはどうすればいいんですか、ロップさん!?」
「あっ……」
側近2人の
だがロップはそんな2人の声に返事をすることなく、呆然とロックドラゴンを見上げていた。
カタカタッ!? と剣先が、指先が、身体が震える。
絶対的な『死』を目の前に、恐怖で身体が動かないのだ。
「ボスッ!? ボスッ!?」
「ロップさん!?」
「あぁ……」
「GAAAAAAAAAAA――ッ!?」
ロックドラゴンの瞳が立ち尽くす3人を捉える。
瞳孔がキュッ! と狭まり、口が大きく開かれる。
3人が敵として認識された瞬間だった。
「あああああぁぁぁぁぁぁっ!? もうダメだぁぁぁぁぁぁっ!?」
「お母さぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ンッッッ!?!?」
泣き叫ぶ側近たち目掛けて、
――ボアッ!
ロックドラゴンが吐き出した巨大な岩石が飛んで来る。
(あっ、死んだ)
ロップが他人事のように自分の『死』を観測した。
その瞬間、
「
――ドンッ!
と明後日の方向から物凄い勢いで飛んできた【ナニカ】がロップたちの身体を襲った。
「んなっ!?」
「うわっ!?」
「なんだっ!?」
意識の
放たれた弓矢のように飛んできたソレは、控えていた側近たちをも巻き込んでゴロゴロと真横へと転がると、間一髪でロックドラゴンの放った
「い、生きてる……おれ生きてるよ!?」
「た、助かった……のか?」
「い、一体誰が……あっ」
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……ッ!? よ、良かったぁ……間に合ったぁ~」
ロップが顔を上げると、そこには肩で息をしながら冷や汗でドロドロになった顔で笑うEクラスの委員長が居た。
ロップがずっと探していた、彼女の唯一の友達。最初の友達。
2年Eクラスの学級委員長エル・エルがいた。
「3人とも、大丈夫ぅ? ケガはない?」
そう言って笑うエル・エルの額からはドロドロと血が流れていた。
どうやらロックドラゴンの放った吐石に
ロップは慌てて身体を起こし、エルの顔に触れた。
「アタシ達は大丈夫だけど、エル!? アンタ、顔が!? 血がっ!?」
「あぁ、大丈夫ぅ。これくらい掠り傷やさかい。それに水も滴るエエ女になったやろ、ウチ?」
「水っていうか、血!? それ血だから!? こんな時でもマイペースか!?」
非常事態だというのに、いつものほんわか♪ した笑みでロップを見つめるエル。
しかしその顔は強い疲弊が見え隠れてしていて……ロップは「ハッ!?」と顔を強張らせた。
「エル、アンタ!? まさか【アレ】を使ったの!? こんな人気の居る場所で!?」
「だ、だってロップちゃんが危なかったんやもん!」
「このおバカ!? 人前で【アレ】は使うなっていつも言っているでしょうが!?」
「ひぃぃぃぃんっ!? 堪忍してや、ロップちゃぁぁぁん?」
くぅぅぅん? と叱られた子犬のように肩を落とすエル・エル。
助けて貰っておいて言い過ぎただろうか?
いや、これくらい強く言っておかないとダメだ。
アタシ以外の人間にこの
心苦しいが、これも彼女を大切に思っているが故の事だ。
「もう使わないから、怒らんといてぇなぁ?」
「アンタのその言葉は信用できない――って、そんな事を言っている場合じゃないわね」
エルのおかげでいつもの強気な自分を取り戻したロップが、側近たちに「アンタたち、大丈夫?」と声をかける。
その声に「一応大丈夫です」「右に同じく」と側近たちの弱々しい声がロップの耳朶を叩いた。
「よし、生きてるわね? なら逃げるわよ。2人とも立てる?」
「な、なんとかっ!」
「例え無理でも気合で走りますっ!」
「んっ、いい返事っ!」
ロップはしっかりとした足取りで立ち上がり、ロックドラゴンを睨みつける。
ロックドラゴンは興奮しているのか、コチラに向かって突進してくるような素振りを見せ始めていた。
あんな巨体に突撃されたら堪ったモノではない。
はやく逃げなければっ!
「行くわよ、エル! ほら立って!」
「あっ、ちょっと待ってロップちゃん」
へたり込んでいるエルに手を伸ばすを、エルは困ったような笑みを浮かべるだけで握り返そうとしてこない。
そんな彼女の行動に小首を傾げながらも「何をしているの? ほら早く、掴まって!」とエルを急かすロップ。
エルは非常時だろうがお構いなく、いつも通りの危機感の無いおっとりした口調で「あんなぁ~?」と口を開き、
「助けに来ておいてアレやけど、助けてロップちゃん。ウチ、【アレ】使った反動で身体に力が入らへん」
「何やってんのよ、アンタは!?」
相変わらず『ここだっ!』という場面でやらかす女である。
ロップはエルの身体をひょいっ! と持ち上げると、側近たち2人と共に急いで森の中へと駆け出した。
「おぉ~っ! 流石はロップちゃんや。速いわぁ~」
「助けて貰っておいてアレだけど、呑気か!?」
「ぼ、ボス!? ヤバイっす!? ロックドラゴンが突っ込んできます!?」
「えぇいっ! 走れ、走れ!」
側近2人を叱責しながらロップも走るが、流石に人一人抱えて走っているせいか、動きが鈍い。
ロックドラゴンもその巨体のせいで動きが
このままだと4人とも
「……ロップちゃん、ウチを置いてってぇな」
「ハァッ!? また急にナニをトチ狂った事を言ってんのよ、アンタは!? 今はアンタの冗談に付き合っている場合じゃないんだけど!?」
「こんな場面で冗談なんか言わへんよぉ~。ウチがアレを足止めする境、その間にロップちゃん達は逃げてぇな」
そう言ってエルはロップの腕の中から飛び出そうとして、
――ギュッ!
と遮られるように彼女に強く身体を抱きしめられた。
「出来るワケないでしょうが、そんな事ッ!」
「大丈夫やって。ロップちゃんも知っとるやろ? ウチには【奥の手】があるって事を」
「アンタまさか【アレ】をヤル気なの!? ダメに決まっているでしょうが!?【アレ】は強靭な肉体と鋼の理性を持った人間じゃないと扱えない、普通の人間に使ったら一瞬で死ぬわよ!?」
「大丈夫、自分にかけるさかい誰にも迷惑はかけんよぉ」
「ぜんっっっっぜん大丈夫じゃない! ふざけんな!?」
消し炭になるわ!? とエルの提案を速攻で却下するロップ。
そんな事をしている間にも、ロックドラゴンは圧倒的なプレッシャーをもって4人に接近してくる。
「ヤバイ!? もうすぐそこまで近づいてる!? 近づいてるよ!?」
「もう駄目だぁぁぁぁぁっ!?」
「泣きごとを言う前に足を動かせっ!」
「ロップちゃんっ! もう時間がないて! はやく下ろしてぇな!」
「うるせぇっ! 黙ってろ、ロリ巨乳!」
ロップは半ば怒鳴るように、腹の底から声を張り上げた。
「たった1人の大切な親友を見捨てるなんて、そんなマネ出来るワケないでしょうがぁぁぁぁぁっ!?」
「――よく吠えた、アバズレ」
「……へっ?」
瞬間、4人の間を風が走り抜けていった。
「そのままエルさんを抱えて森の中へ走れ。あのトカゲは俺がやる」
そう言うと赤い残像は目にも止まらぬ速さでロックドラゴンへと突っ込んで行った。
刹那、ロップ達は弾かれたように背後へと振り返った。
――そこにはロックドラゴンの顔面に蹴りを叩きこむ、赤髪の少年の姿があった。
「「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」
「ろ、ロックドラゴンを殴っ……いや、蹴ったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
驚き声を荒げるロップ達。
だか次の瞬間、さらに信じられない光景が4人の目に飛び込んできた。
なんと赤髪の少年が放った蹴りにより、あの超重量級のロックドラゴンの身体が後方へと吹き飛んで行ったのだ!
「「ハァァァァァァァッ!? ナニソレぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」
「ロックドラゴンが蹴り飛ばされた!?」
「おぉ~っ! 凄いのを見たわぁ~」
パチパチパチッ! と能天気に両手を叩き賞賛の声を発するエル・エルを横目に、Bクラスの3人はその現実離れした光景に思わず足を止め魅入ってしまっていた。
な、なんだ!?
今、自分たちは一体ナニを見ているんだ!?
「おい? 何を立ち止まってんだ? 走れ、バカ共。……あっ!? 今の『バカ』はエルさん以外に言ったのであって、決してエルさんが『バカ』だというワケでは――」
赤髪の少年が慌てた様子でコチラに向かって何か言い訳じみた事を口にしていた。
途端にロップの脳裏を
そう、ロップはあの赤髪の少年を知っている。
知っているのだ!
あの芋臭いジャージに生意気そうな横顔、高い身長に筋肉質な体形。
間違いない、あの男は――
「GAAAAAAAAAAA――ッ!?」
「ッ!? おいバカ、うしろ!?」
そこまで考えたロップの思考をぶった切るように、ロックドラゴンが赤髪の少年めがけて口から巨大な吐石を吐き出した。
ロップは慌てて赤髪の少年に叫ぶが、ダメだ……間に合わない!?
吐石はまっすぐ少年の身体を圧殺――
「うるせぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
――圧殺することなく、彼の放った回し蹴りによりアッサリと砕け散った。
「今は俺がエルさんと喋っている最中でしょうが!? 引っ込んでろ、岩トカゲ!」
ロックドラゴンを全力で睨み上げながら中指をおっ立てる赤髪の少年。
ありえなかった。
信じられなかった。
ロックドラゴンを蹴り飛ばすだけでも信じられないというのに、あの巨大な吐石をアッサリと砕き割るその人外じみた脚力。
同じ人間とは思えない。
なによりありえないのは、ソレを実行した少年の経歴だ。
そう、あの少年はアカデミーの中でも最底辺のさらに最底辺。
一番の落ちこぼれ……のハズ。
なのに…なんだコレは!?
「アシトぉ~ッ! 助かったわぁ~っ! ありがとぉ~っ!」
混乱するBクラスの面々を気にすることなく、エルが赤髪の少年に感謝の言葉を口にした。
途端に赤髪の少年はクネクネと気持ち悪い動きで身体を左右に揺らし始めた。
「いえいえっ! こちらこそ
そう言って最底辺クラス【2年Eクラス】のさらに最底辺、アシト・アカアシは笑顔で敬礼した。