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第10話 敗戦の結末~惨めな学校生活編~

 Bクラスとの備品戦争から一夜明けた、翌日の早朝。


 エルさんと俺はEクラスの教室の中央で、新しい自分たちの机を見下ろしながら感嘆の吐息を溢していた。




「いやぁ~、まさかこれ以上生活水準の質を下げられるとは思っていなかったわぁ~」

「完全同意です」




 エルさんの言葉にしっかり頷きながら、俺達は段ボールの代わりに配布された下敷きを何とも言えない表情で見下ろしていた。

「まさか段ボール机の下がこの世にあったとはなぁ~。驚きやでぇ~」

「机っていうか、下敷きですけどね?」



 そもそも机じゃねぇし、コレ……。


 という言葉を口の中で噛み砕きながら、2人して茣蓙ござの代わりにやってきたわらの上に座る。




「あっ! 意外と温かいなぁ、この藁? ウチ、気に入ったわぁ~」

「なんだか子供の頃に一緒にお昼寝をした草原を思い出しますね?」

「なぁ~? 懐かしいなぁ~」




 えへへ~、と天使のような微笑みを浮かべるエルさん。可愛い。


 例えどんな劣悪な環境だろうと、この無敵の笑顔と一緒なら大丈夫。


 彼女の笑顔はそう確信させてくれる笑顔だった。




「楽しくなってきましたね、エルさん?」

「ホンマになぁ~」

「いや、ぜんっっっっっっぜん楽しくねぇよ!? ふざけんな!?」




 俺達が絶対の呪文を口にしながら笑っていると、そんな幸せをブチ壊すように教室のボロボロのドアがバンッ! と勢いよく開けられた。


 そして扉の向こうからヨレヨレのクソださ芋ジャージに身を包んだ我が担任クリリンが、実に不愉快そうに眉根をしかめて立っていた。




「こちとらテメェら負けたせいで給料1割引きだぞ!? ただでさえ今の生活を維持するだけでもカツカツだっていうのに、世界はこれ以上オレからナニを奪うっていうんだ!? ファ●ク、ファ●ク、ファァァァァァァァ●ク!?」

「うるせぇ……」

「今日もせんせぇ~は絶好調さんやねぇ?」




 朝からアクセル全開のクリリンが、ヤベェ薬をキメているとしか思えない血走った瞳でEクラスへと入って来る。


 その瞳は怖いくらバッキバキで……大丈夫か、コイツ?


 ラリってんのか?




「あっ、ヤバい。先生、先生なのに汚い言葉出ちゃう。ファ●ク、おファ●ク! 増税ッ! 脱税ッ! ふるさと納税ぇぇぇぇぇっ!?」

「いや、別にふるさと納税は汚い言葉ではないだろう?」

「どしたんクリリンせんせぇ~? 今日はいつもの5割増しで元気さんやんけ? 何か良い事でもあったん?」

「コレが良い事があった男の顔に見えんのか、テメェ!?」




 頭の中お花畑か!? と教師にあるまじき態度でエルさんに突っかかってくるクリリン。


 この天然パーマ、性根の悪さが毛根どこから言動からも滲み出てきてやがる。


 もはや怒るよりも先に憐憫れんびんの念の方が先行しやがる。


 クリリンはそんな俺の視線に気づいてか、両手で顔を覆い、今度はざめざめと涙を零し始めた。




「チクショウッ!? 昨日はどう考えても勝てる戦争だったのに! 勝っていれば給料が5割アップだったのに!? エルッ! テメェが肝心なところでポカをやらかすから!?」

「いやぁ~、お恥ずかしい限りやわぁ」




 申し訳ないっす♪ とボサボサの桃色の髪を片手でポリポリとかくエルさん。


 誤魔化すときの笑いでさえキュートとは、恐れ入りました!


 流石はエルさんです!


 俺が心の中で『結婚してください』とマイ☆エンジェルに告白していると、何故かクリリンの怒りの矛先が俺の方へと向いてきた。




「というかアシト、お前っ!? なんだ、その戦闘能力の高さは!? 実力だけならSクラスだったぞ、お前!?」

「確かに、昨日のアシトは凄かったなぁ。すごいカッコよかったで?」

「えっ!? か、カッコよかったですか俺!?」

「おいコラ、そこのバカ共。先生の前でアオハルを始めんな。はっ倒すぞ?」




 エルさんの「うん、カッコよかったわぁ~」というお褒めの言葉をさえぎるように、クリリンがその薄汚うすぎだねぇ口をひらく。


 おい? 今はエルさんが喋っている途中でしょうが?


 俺の方がはっ倒すぞ、担任テメェ?




「アシトお前、実技の編入試験250点満点中30点だったよな? 昨日のアレは30点を叩き出した男の動きじゃねぇぞ!? お前、まさか編入試験で手ぇ抜いたのか!?」

「うわぁっ! すごいわぁ、アシト。実技30点も取れたん? 天才やんけ?」

「恐縮です」

「そりゃ実技10点のお前エルからすりゃ、3倍の点数だもんな?」




 クリリンは『黙ってろ!』とでも言いたげにエルさん台詞をぶった切る。


 そっかぁ……エルさん、実技10点なんだ。


 やはり俺が彼女の守護らなければ!


 俺は1人決意を新たにヤル気をメラメラさせていると、クリリンが「それで?」とドスを利かせるような声音で話の続きを促してきた。




「編入試験、手ぇ抜いたのか? おぉっ?」

「抜いてねぇよ。全力でやったわ」

「ロックドラゴンを倒せる男が実技30点なんてありえねぇだろうが!?」

「ロックドラゴン? ナニソレ?」

「昨日の岩でゴツゴツしたドラゴンさんの事やでぇ~」




 エルさんはまったりした口調で困惑する俺にさりげなく補足説明を入れてくれる。


 気配りも出来るだなんて、イイ女過ぎないか? 


 もはや『天は二物を与えず』という言葉に真っ向から喧嘩を売っているとしか思えないハイスペックさだ。


 流石はエルさんだ、好き♪




「あのドラゴンさんはなぁ、普通はなぁ、剣士が100人居てようやく対等にやり合える魔物なんやでぇ?」

「エルの言う通りだ。ロックドラゴンに限らず、ドラゴン系は剣士が100人単位で挑まねぇとまず勝てねぇんだよ。それなのに、お前は何だ!? 剣も使わず生身の身体だけでドラゴンとやり合うヤツなんて初めて見たぞ、オレ!?」

「剣も使わずっていうか……俺、剣使えねぇし」

「「???」」




 ナニ言ってんだ、コイツ? みたいな瞳でクリリンとエルさんは2人同時に小首を傾げた。


 クソっ!? クリリンの野郎、俺のエルさんと心を通わせやがってからに……ッ!?


 嫉妬の炎でどうにかなってしまいそうだ!


 俺がこの身を焦がすほどの嫉妬の劫火ごうかを必死に鎮火させている傍らで、クリリンが「ともかくだ!」とその不愉快な声を教室に響かせた。




「手を抜いていたのなら流石にたちが悪すぎるっ! というか性格が悪すぎる! そんなんじゃ先生のようなマトモな大人にはなれんぞ!?」

「だから手なんか抜いてねぇっての。これには深いワケが……あぁ~、まぁいいや。どうせ午後の実技訓練には分かるだろうし」




 もう説明するのもメンド臭くなった俺は、1人小さく溜め息を溢した。


 そんな俺を見て、エルさんが「んん~?」と可愛らしく首を捻ってみせる。好き♪




「ソレってどういう意味なん、アシトぉ~?」

「まぁ午後の訓練のお楽しみってヤツですよ」

「???」




 ますます意味が分からない、と頭どころから身体ごと傾げるエルさん。


 可愛いの擬人化かよ?


 もう絶対に守るわ。


 そんな事を1人ひっそりと決意しながら、憂鬱ゆううつな午後に向けて俺は体調を整えるのであった。

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