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第11話 愛は最高の調味料~エル・エルのバイト~

「ウッハッハッハッハッ! 聞いたぞアシトっ! お前、昨日ロックドラゴンを倒したらしいなぁ?」

「倒してねぇよ。つぅか相変わらず耳が早ぇな、ヤギチン?」




 エルさんと2人きりの至福の午前授業が終わった、その日のお昼休み。


 食事に誘おうとしていたエルさんがいつの間にかどこかへ消えてしまったので、仕方なく腐れ縁のヤギ・クサナギと共に食堂でランチを食べていた。




「情報は力やからのぅ! それにしても、ちょっと意外やったわぁ」

「意外って、何が?」

「いや、アシトがBクラスに遅れをとった事にや。お前なら、鼻歌混じりに殲滅できるやろうに。やっぱロックドラゴンとの死闘で疲れとったんか?」

「あぁ~……まぁそんな所だ」




 俺はEクラス大将が自滅したことを隠しつつ、本日の日替わりランチである野菜炒めをモシャモシャと咀嚼そしゃくした。


 別に美味くもないが、マズくもない。


 実に微妙な味付けだった。




「うんっ! ここのランチセットは格別やのぅ! これだけで転入した甲斐があったちゅうもんや」

「そんな美味ぇの? 一口くれよ?」

「嫌や。欲しかったら自分で頼み」

「んだよ? どうせ無料ただなんだろ、ソレ?」




 そうAクラスであるヤギチンは、特権として食堂の全メニューが無料で食べられるのだ。


 実に羨ましい。


 ちなみにBクラスはランチメニューが、Cクラスは日替わりランチが無料である。


 Dクラスはスープのお代わりが自由で、我らEクラスには……特典は何もない。


 なんとも理不尽な仕様である。


 さらに理不尽なのは、Sクラスに至っては王族御用達のランチを毎日無料で楽しめるということだ。


 まったく、自分達との待遇の違いに血管がはち切れそうだわ。




「オカズの1品くらい分けてくれよ?」

「だめぇ~♪ 無料タダより高いモンはないんやで、アシト?」

「ケ・チ・く・せぇ~。恵まれない友人に分けてやろうという気概はお前には無いのか?」

「ウッハッハッハッハッ! そんなに悔しかったら、はよう上に上がってくるんやな!」




 そう言って照り焼きチキンを美味しそうに頬張るヤギチン。


 なんとまぁ実に友達甲斐の無い奴である。




「アシトやったらBクラスくらいなら簡単に上がれるやろ?」

「『Bクラスくらい』とは、実に簡単に言ってくれますね? Aクラス委員長?」

「んぁ?」




 突如俺達の会話にインサートしてきた謎の女の声に、ほむほむチキンの肉汁を楽しんでいたヤギチンの意識が引っ張られる。


 釣られて俺も声のした方向へ視線を向ければ、そこには勝気な瞳に茶髪のツインテールがトレードマークの、




「チック・タック」

「ロップ・ホップだ!? いい加減覚えろ、バカアシ!」




 ランチセットを両手に持ったBクラス委員長ロッ、ロッ、ロッ……ロキソニン? が不愉快そうに眉根を寄せて俺達の横に立っていた。


 途端にヤギチンが嬉しそうに「おぉ~っ!」と感嘆の声をあげた。




「これは、これは! 誰かと思えばBクラス委員長のロップはんやないか! ワシに何か用でもあるんけ?」

「Aクラス委員長に用はないわよ。用があるのは、そこのバカよ」




 そう言ってヤギチンの隣の席に腰を下ろすBクラス委員長。


 瞳はキツいが、昨日とは違い敵意には溢れていなかった。




「ねぇ、アカアシ? 食べながらでいいから質問に答えて貰っていいかしら?」

「えっ? ヤギチンお前、Aクラス委員長なの?」

「そうやで。ワシがAクラス最高責任者や!」

「人の話を聞けぇ!?」




 ドヤァ! と自慢気に微笑むヤギチンを遮るようにBクラス委員長が吠える。


 騒がしいなぁ……。




「んだよ? 今、食べるのに忙しいから後にしてくんない?」

「別に食べながらでも質問には答えられる――って、あら? アンタ、日替わりランチを食べてるの?」

「おう、安いからな」

「ここの日替わりランチ、マズくはないけど美味しくもないでしょ?」

「うん、全然美味しくねぇ。すげぇ微妙な味がする」




 でしょうね、と苦笑しながらBクラス委員長は照り焼きチキンを頬張った。




「作っている人間が料理得意じゃないしね。特権のあるCクラスも全然頼まないし」

「なに? コレ作ってる奴と知り合いなの?」

「えぇっ、知り合いね。日替わりランチと一部のメニューだけ、専属の料理人たちじゃなくてバイトが作ってるのよ」

「バイトぉ~?」




 なるほど、それでこんな中途半端な味付けなのか。


 ふざけやがって。


 コッチは金を払って食ってんだぞ?


 もっと美味いモノを寄越せや!




「なんか腹立ってきた。おい、Bクラス委員長! ソイツをちょっとココへ呼んでくれ! 抗議と説教をしてやる!」

「別に呼んでもいいけど、その代わりアタシの質問に答えてくれる?」

「おう、スッキリしたら答えてやる」




 わかった、とBクラス委員長は小さく頷くと、厨房の方へ向かって声をかけた。




「エルぅ~っ! ちょっとコッチに来てちょうだ~い?」

「ロップちゃ~ん? ちょい待ってなぁ~」

「……うん?」




 厨房の方から実に可愛らしい声が俺の耳朶を叩いた。


 あれ? おかしいな?


 なんか妙に聞き慣れた声が厨房から聞こえたような?


 はて? と首を傾げる俺を横目に、厨房から「なになに~?」とピンクのエプロン姿をした天使がトテチテ♪ トテチテ♪ とやって来る。


 その天使はボサボサの桃色の髪を簡単に後ろにまとめ、青色の三角巾を頭に巻いた、エルさんによく似た小柄な女性だった。


 ……うん、やめよう。


 現実を受け入れる時間がやってきたのだ。


 自分の軽率な発言を死ぬほど呪っている俺に、天使はほがらかな笑みを浮かべてBクラス委員長の横に立った。




「どうしたん、ロップちゃん?」

「紹介するわ。この食堂で日替わりランチを担当しているバイトのエル・エルよ」

「んん~? あぁ、アシトやんけぇ~! 食堂に食べに来てくれたん?」




 嬉しいわぁ~、とマイナスイオンが迸っているとしか思えないエンジェル☆スマイルを浮かべて俺を見てくるエルさん。


 まさか彼女の笑顔を前にして、こんな苦しい気持ちになる日がくるとは夢にも思っていなかったわ……。


 俺が「は、はい。来ました」とカッスカスの声で頷くと、エルさんの視線が俺の食べていた日替わりランチへと滑った。




「おぉ~っ! アシト、日替わりランチ頼んでくれたんかぁ! ウチ、頑張って作ったから食べて貰えて嬉しいわぁ~」




 パァッ! と向日葵ひまわりの如くエルさんの顔に一輪の大輪の花が咲いた。


 もう罪悪感でお腹いっぱいである。


 お、俺は彼女が作ってくれた料理になんて酷いことを……!?


 恥を知れ、アシト・アカアシッ!




「エル。どうやらアカアシの奴、アンタが作ったこの日替わりランチの事で何か言いたいことがあるらしいのよ」

「言いたいことぉ~? なんやろぉ~?」




 料理の感想やろかぁ~? とワクワクした面持ちで俺を見上げるエルさん。


 そんな彼女にBクラス委員長は「何の話なんでしょうねぇ~?」とニタニタ意地の悪い笑みを浮かべるだけだった。


 こ、このアマ!?


 全部分かった上で仕掛けてきやがったな!?


 昨日の仕返しのつもりか!?


 なんて性格の悪いな女なんだ!


 エルさんの爪の垢を煎じて飲ま――せないっ!


 そんな高級玉露は俺が飲むっ!


 ……あれ、なんの話をしてたんだっけ?




「言いたい事ってなんやぁ、アシトぉ~?」




 けがれを知らないエルさんの視線が、現実逃避しかけた俺の思考を現実へと引っ張り戻す。


 それと同時に俺の脳裏に弾けたのは。



 ――彼女を悲しませてはいけない!



 というもはや天命に近い感情だった。


 瞬間、俺の唇が本人の意思を無視して歌うように高らかに震え始めた。




「俺が言いたいことはただ1つです。エルさん……日替わりランチの『おかわり』をお願いしますっ!」

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