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第13話 アシト・アカアシの秘密3~剣術の才能が1ミリもなかった男の話~

 エルさんお手製の愛情たっぷり日替わりランチ定食を完食して1時間後の午後訓練にて。


 俺とエルさんは例の訓練着代わりの芋臭いジャージに身を包んで、バカデカい修練場……の外側にある日当たり良好、風通し最悪のワーストポジションに木剣を持って集まっていた。




「よし、全員集まったなテメェら? それじゃEクラスの実技午後練ごごれんを始める!」

「その前に質問させろ、クリリン。なんで俺達、こんな人気の居ない隅っこに集まってるんだ?」

「うぅ~……あつい~」




 もう既に日差しの暑さによりとろけているエルさんを庇うように彼女を俺の身体で出来た影に入れながら、Eクラス担任の天然パーマに声をかけた。


 天然パーマことクリリンは「うるせぇ、うるせぇ。文句を言うな」と不愉快そうに眉根をしかめながら、汗ダラダラの顔で俺を睨んできた。




「前にも言ったが、ウチのアカデミーは超実力主義だ。修練場を使用できるのは上位3クラスのSクラス、Aクラス、Bクラスだけ。下位のC、D、Eクラスは修練場の外で訓練するのが決まりなんだよ」

「ならもっと涼しい所で訓練しようぜ? こんな日当たり良好、風通し最悪のワーストポジションじゃなくてさぁ」

「だから言っただろうが、ウチのアカデミーは超実力主義だって。修練場の外だと言っても使用場所の優先権は上のクラスにあるんだよ!」




 日陰で風通しの良い場所はCクラスが、日向ひなただが風通しが良い場所はDクラスが使用している。


 とイライラを隠すことなく、額の汗をその芋ジャージの裾で拭うクリリン。




「そして我らがEクラスは誰も使わなくなったココ、日当たり良好・風通し最悪の地獄のポジションでしか訓練する許可が下りてねぇんだよ! オレだって本当は嫌だわ、こんな場所で教えるなんてよぉ!」

「んだよ、ソレ? 大事な生徒が熱中症でぶっ倒れても良いのかよ?」

「うぅ~……あついよぉ~……」

「うるせぇ! 嫌ならもっといい点を取れ、バカ共が!」




 おおよそ教師にあるまじき台詞を吐きながら、ペッ! とたんを地面へ吐き捨てるクリリン。


 もはや教師というよりチンピラである。


 何故名門と名高いこの剣術アカデミーは、こんなチンピラモドキを教師として雇っているのだろうか?




「オラッ! 文句ばっか言ってないで木剣を構えろ、アホンダラ共! 最初は素振りからだ!」

「口悪ぃな、この天パ?」

「は、はひぃ~っ!?」




 エルさんが素直に木剣を構えたので、俺も大人しく木剣を構える。


 ……のだが、何故かクリリンにジロリッ! と睨まれた。




「おいアシト? なんだ、その構えは? ふざけてんのか?」

「ハァ? ふざけてねぇよ、真面目にやっとるわ」

「嘘つけ、バカ野郎! なんだその超前傾姿勢の構えは!? 杖をついて歩く爺さんか!?」




 そう言って「真面目にやれ、真面目に!」と俺を𠮟しかりつけるクリリン。


 く、クソっ!? そんな怒ることはねぇだろうに。


 コッチだって真面目にやってんだからさ!




「暑いだから怒らせるな! まったく……」

ちゃうでアシトぉ~。背筋はなぁ、ピーンッ! て伸ばすんやぁ~」

「は、はいっ! 分かりました、エルさん!」




 俺的にはキチンと背筋を伸ばしていたつもりだったのが、どうやらエルさんにはそう見えなかったらしい。


 俺は気持ちのけ反るように、思いっきり背中を後ろへ傾けた。




「そうそう、そんな感じやぁ~」

「んん~? まぁ変な形だけど一応構えにはなってるか。よし、今日はもうそれでいい。ほら素振りやるぞ? はい、いーち!」

「「セイッ!」」




 クリリンの掛け声に合わせて、エルさんと共に木剣を振りかぶり……後ろへ取りこぼした。




「おっととぉ!?」

「あわぁっ!? 大丈夫かぁ、アシトぉ?」

「何やってんだ、アシト!? ちゃんと握れ! 戦場なら死んでたぞ、お前!?」

「クッソ!?」




 何も言い返すことが出来ず、悔しい思いをしつつも落ちた木剣を急いで拾い直す。


 そのままもう1度木剣を振り下ろして……今度は真っ直ぐクリリンの方へと飛んで行った。




「あぶなっ!?」

「わぁ~っ!? せんせぇ~!?」




 カンッ! と飛んできた俺の木剣を器用に弾くクリリン。


 そのまま真上に上がった俺の木剣を何ら苦も無くパシッ! とキャッチしてみせた。


 こ、この男、意外と剣の扱いが上手いぞ?


 てっきり縁故採用か何かだと思っていたが、意外と剣術の腕はあるんだなぁ。


 とクリリンを少しだけ見直していると、




「オルァ、アシトぉぉぉぉっ!? いい加減にせぇよ、お前!?」




 顔を真っ赤にした鬼の形相のクリリンが俺に詰め寄ってきた。




「今、確実にオレの顔を狙っただろう!?」

「ワザとじゃない、許せ」

「こ、コイツ……ッ!? なんてふてぶてしい態度なんだ!? まるで悪いのはソコに居た先生だと言わんばかりの態度じゃないか……ッ!?」




 マジか、コイツ? とばかりに何故かドン引きした表情で俺を見てくるクリリン。


 そんなクリリンから木剣を奪い、再び構えの姿勢を取る。




「そんな事より続きの訓練だ。ほらニィィーッ!」




 俺は流れるように木剣を振り下ろし……弓矢のように握っていた木剣がクリリンの方へと飛んで行った。




「だから何でだ!?」




 今度はキチンと警戒していたのか、飛んできた木剣を片手でキャッチするクリリン。


 途端にエルさんが「おぉ~っ!」とパチパチと感嘆の拍手を叩いた。




「クリリンせんせぇ~、凄いなぁ! なんでそんな簡単に飛んできた剣を掴むことが出来るん? カッコイイわぁ~」

「おいクリリン、テメェ!? 俺のエルさんに色目を使ってんじゃねぇよ!?」

「使ってねぇよ!? というか元の原因はお前だ!」




 このクソガキが! と乱暴に俺の木剣を放り捨てるクリリン。


 おい、ナニ勝手に捨ててんだ!?


 俺が木剣を拾おうとクリリンの横を通り過ぎようとした、その瞬間。



 ――ガシッ!



 クリリンの分厚い手が俺の肩を掴んだ。


 クリリンの瞳はどこか俺を見極めるような、そんな目をしていて……何というか落ち着かない気持ちにさせられた。




「な、なんだよ? 離せよ?」

「おい、アシト。お前もしかして……剣が使えないのか?」




 心臓が止まるかと思った。




「べ、べべべっ!? 別に剣が使えないワケじゃねぇし!? ただちょっと苦手なだけだし!?」

「んん~? もしかしてアシト、あの頃から変わってないんかぁ?」

「??? おいエル。なんだ『あの頃』って?」

「あんなぁ~? アシトはなぁ~? 小さい頃から剣を振るのが苦手やったねん。よぉポロポロと剣を取りこぼしとったわぁ~」

「うぐっ!?」




 エルさんの無邪気な一言に封印していた苦い記憶が一気に蘇る。


 そう、俺はどういうワケか小さい頃から【剣を振るう】という才能が1ミリもなかったのだ。


 構えれば奇天烈な格好になり、振り上げれば剣を溢し、振り下ろせば明後日の方向へ飛んでいく。


 自分でも何でこうなるのか分からない。


 おかげで村の同世代のガキ共からイジメられ、エルさんに助けて貰っていた。




「あぁ、そうさ。エルさんの言う通り、俺には剣術の才能は一切無い。正真正銘の落ちこぼれだ!」

「マジか……。いや、ちょっと待てアシト!? おまえ剣術の才能が無いクセに、あの日ロックドラゴンを退けたのか!?」

「……剣術の才能はなかったが、気合と根性はあったんだよ」




 そう俺は剣術も身体能力もゴミカスレベルだったが、気合と根性だけは同世代を遥かにしのいでいた。


 最愛のエルさんとの別れ際に言われた、あの言葉。




 ――いじめっ子に負けないくらい強くなれ!




 彼女の最後の【お願い】を律儀に守るべく、俺は強くなるべく己の肉体を極限まで鍛えあげた。


 雨の日も風の日も雷の日も、俺は休まず己の肉体をイジメ抜いた。


 それこそ骨が粉々になろうが関係ない、内臓の位置が変わるほどのハードトレーニングを己に課し続けた。


 結果、エルさんと別れて3年で村一番どころか大陸一番の身体能力を手に入れていた。


 だがいくら肉体を鍛えあげようと、剣術はカスのままだった。


 どれだけ練習しても剣術だけは上手くならなかった。




「だから俺は考えた」




 どうすれば強くなれるのか?


 考えて、考えて、考え抜いて、そして――剣術を捨てた。




「剣術を捨てたぁ!?」




 クリリンの言葉に小さく頷く。




「正確には既存きぞんの剣術を捨てて、新しい剣術を生み出すことにした。それが今、俺が使っている【アカアシ流足刀そくとう術】だ」

「アカアシ流……足刀術?」

「おう。己の下半身を剣に見立てて、相手をぶった切る。俺だけの剣術だ」




 アカアシ流足刀術に剣はいらない。


 何故なら己の肉体が剣だから。


 アカシア流足刀術に鞘はいらない。


 何故なら俺の肉体が鞘だから。


 アカアシ流足刀術に二の太刀は要らない。


 何故なら全ての一撃が必殺であるから。




「この剣術を完成させるために俺はトカゲを……ドラゴンをぶっ殺しまくった。結果、俺の渾名がドラゴンスレイヤーのアシト的なヤツになっていた」

「んん~? あまり可愛くあらへんなぁ、渾名?」

「いや、嘘をつくな! 嘘をっ! そんな渾名の剣士、聞いたこと――あん? ちょっと待てよ?」

「??? どうしたん、せんせぃ~? そんな難しい顔をしてぇ? らしくないよぉ?」

「らしくなくて悪かったな? いや、何か頭の隅で引っかかるモノがあって……ドラゴン、スレイ、少年……あっ!」




 何かを思い出したのか、クリリンの頭上にピコーンっ! と豆電球が光り輝いた。




「お前もしかして【赤足】か!?【赤足のアシト】か!?」

ちゃうよ、せんせぇ~っ? アシトの名前は【アカアシのアシト】やのぅて【アシト・アカアシ】やでぇ?」

「いや、お前こそちげぇよ!? 別に先生、名前を間違えたワケじゃないからな!?」




 そう言ってクリリンはポケ~♪ 平和ボケしている最高に可愛い顔を浮かべたエルさんに「聞いたことないか?」と言葉を重ねた。




「真夏になると各地のドラゴンを狩り尽くす謎の少年が現れる話を!?」

「あぁ~っ! 聞いたことあるなぁ~。確か剣を使わない不思議な剣士のお話やろぉ?」

「そうだ。剣は使わない、鎧も身に纏わない。されどその一撃はどんな名剣よりも鋭く、その身体は羽のように軽い。数多のドラゴンの返り血で真っ赤に染まった両足から、ついた渾名が【赤足のアシト】ッ! あの伝説の【剣聖】の再来と言われた謎の剣士が……もしかしてお前が!?」




 一体ナニを興奮しているのか、鼻息を荒げながら俺に詰め寄ってくるクリリン。


 生温かい鼻息が肌に当たる……気持ち悪い。


 眉根をこれでもかもしかめる俺に、エルさんが「なぁなぁ~?」と俺の芋ジャージの裾を引っ張ってきた。




「どうかしましたか、エルさん?」

「アシト、本当に【赤足のアシト】なん?」

「自分で名乗ったことはありませんが、そう呼ばれてはいますね」

「おぉ~っ! アシト、本当に強ぉなったんやなぁ。偉いなぁ」




 そう言ってエルさんが『よく頑張った!』とでも言いたげに俺の背中をポムポムッ! 叩いた。


 もう何て言うか……幸せで死にそうだった。


 エルさんと別れて7年。


 今すべての努力が報われたような、そんな気がした。


 そんな気がして、俺は目尻から涙を零した。




「うわっ!? 急に泣き出したぞ、コイツ!? 気持ちワルッ!?」

「どうしたぁ、アシトぉ~? 目にゴミでも入ったんかぁ~?」

「いえ……エルさんに褒められたのが嬉しくて……最高に嬉しくてっ!」




「おぉ、そうかぁ」と微笑むエルさんの隣で「えぇ~……」とドン引きしているクリリン担任。


 もしこの場にクリリンが居なければ、俺は間違いなくエルさんに告白して温かい家庭を築いていたに違いない。




「でも何で真夏にだけドラゴンを倒してたん?」

「うぅ……ぐすん。な、長い休みが夏休みしかなかったので」

「いや、オレは信じない。信じないぞ、アシトッ!」




 もはや結婚まで秒読みだな、と確信しかけた俺の思考をぶった切るようにクリリンが超至近距離で叫び出す。


 うるせぇなぁ……おかげで涙が引っ込んだじゃねぇか?


 と不満気な視線を天然パーマに向けると、クリリンは俺から距離を取り、何故か木剣を上段へと構えた。


 その瞳はどこか俺を試すような、挑戦的な色合いを含んでいて……。




「何のマネだ、クリリン?」

「構えろ、アシト。お前が本当にあの【赤足】なのか、先生が見極めてやる!」




 そう言って殺気に近い敵意を木剣に纏わせるクリリン。


 途端に毛穴に小さな針を詰め込まれるようなピリピリと空気が辺りに充満し始め……おいおい?


 コレ、本気マジのヤツじゃないか。




「言っておくがアシト、手ぇ抜こうなんて考えるなよ? 本気でやらないとケガするからな?」

「あ、あわわっ!? あわわっ!?」

「……エルさん、危ないので少し離れて貰ってもいいですか?」




 クリリンの殺気に当てられ【アババババッ!?】状態で右往左往し始めるマイ☆エンジェルをケガしない場所へと誘導する。


「あ、アシトぉ~?」と不安そうに俺を見上げる彼女に『大丈夫ですよ』という意味をこめて頷き返す。




「安心してください。ケガはさせませんから」




 ニッコリ♪ と満面の笑みを浮かべながらエルさんと離れる。


 やがてエルさんがケガしない距離へと移動し終えると、そのタイミングを見計らったかのように、



 ――ブゥンッ!



 とクリリンの木剣が俺の脳天めがけて振り下ろされた。


 ソレを紙一重で躱すと、切り返すようにクリリンの木剣が俺の顎めがけて切り上がってきた。


 物凄い勢いで迫るクリリンの木剣の切っ先。


 マトモに喰らえば意識が飛ぶか、顎がかち割れるだろう。


 いや、訓練で使う技と威力じゃねぇよコレ?


 そんな事を考えながら俺は軽く身を引き、クリリンの木剣を鼻先をかすめながら避けた。


 途端に「おぉ~」とクリリンが驚いたような声をあげた。




「初見でこの技をかわした奴はSクラスのユウト・タカナシ以来2人目だわ。やるな、アシト?」

「いきなり斬りかかるか、普通? 危ねぇだろうが? 今の下手したら普通に大ケガだぞ?」

「噂の【赤足】殿がこの程度でやられるワケがないという先生の信頼が分からんとは……やはりお前は【赤足】ではないな!」




 俺の左肩めがけて袈裟斬けさぎりを試みてくるクリリン。


 だから訓練で使う威力の技じゃねぇんだよ!


 そう心の中で愚痴りながら、クリリンの木剣を躱していく。




「オラオラ、どうした!? 避けてばかりじゃ倒せんぞ!?」




 心底楽しそうに俺を追撃してくるクリリン。


 その笑顔は若干の狂気が滲んでいて……もう教え子に向ける笑顔じゃなかった。




「こんなモンかぁ!? お前の実力はこんなモンなのかぁ、なぁ!?」

「クリリン、お前……本当に教職員か? 殺人鬼の顔してるぞ、お前?」




 嵐のような剣戟けんげきを薄皮1枚で回避しながら、俺は意識を自分の内面を向けた。


 多分、俺かクリリンのどっちかがケガしたらエルさん悲しむよなぁ?


 うん、絶対に悲しむ。


 エルさんを悲しませるのは、この世で最も愚かで罪深い行いだ。


 だから絶対に悲しませるワケにはいかない。




「しょうがねぇ。ちょっと本気を出すか」




 俺は自分の心の中にある真っ赤なボタンをポチッ! と押した。


 その瞬間。


 ――バチンッ!


 俺の中で『スイッチ』の切り替わる音が、大音量で鳴り響いた。

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