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第14話 アシト・アカアシの秘密4~アカアシ流足刀術について~

「よっしゃぁぁぁ! スピードを上げるぞ、アシト? ソニックウェーブに気をつけろぉぉぉぉっ!」




 そう言ってクリリンは剣戟のスピードをもう1段引き上げた。


 ボッ! ボボッ! ボボボボッ! と空気を切り裂くクリリンの木剣はまるで生き物であるかのように右に左にと俺に襲い掛かってくる。


 流石は名門剣術アカデミーの先生、最低クラスの担任でも実力は超一流というワケか。




「おぉ~っ! クリリンせんせぇ~、凄いやんけぇ~。まるでアカデミーの『せんせぇ~』みたいやぁ」

「先生なんだよ! ちょっと黙ってみてろ、エル!」




 俺達の模擬戦闘をキャッキャッ! 騒ぎながら見ていてエルさんが「はぁ~い」と頷く。


 その視線は華麗な剣技を見せるクリリンに釘付けで……正直面白くなかった。




「ウハハハハハッ! このスピードにもついてくるのか!? 面白れぇ、面白れぇよアシト、お前ッ!」




 上機嫌に爆笑しながら、さらにもう1段剣戟のスピードを引き上げるクリリン。


 まだ上がるのよ? 


 もはや並みの剣士では目視することすら難しい速度で木剣を振るうクリリン。


 しかも一撃一撃が俺の意識を断ち切る絶対の威力を誇っていて……おいおい? マジかよ?


 これでEクラスの担任だなんて……上のクラスの教員はクリリンよりもっと強いワケだよな?


 ヤッベ、ちょっと楽しくなってきた。


 いつか機会があれば上のクラスの教職員と模擬戦闘をお願いしに行こうと心の中で誓いつつ、俺は剣先の動きを追った。




「避けるのだけは一丁前だな、アシトぉぉぉ?」




 シュボッ! と俺の喉元めがけてクリリンの木剣を突き刺してくる。


 それは目にも止まらぬ速さで俺に迫り……キタッ!


 この分かりやすい一撃を待っていた!




「【アカアシ流足刀術】いちの型――野太刀のだちッ!」




 瞬間、俺の右足が跳ね上がるように加速する。


 狙いはもちろん……クリリンの木剣だ!


 加速した俺の右足は綺麗な孤を描きながら、クリリンの木剣の側面を強く叩き、



 ――スパッ!




「……はっ?」




 突然刀身の消えた木剣を前に、素っ頓狂な声をあげるクリリン。


 そんなクリリンを無視して俺は、



 ――ビシッ!



 クリリンの首元に右の足刀を押し当てていた。




「うぐぅっ!?」

「勝負アリだな」




 小さくうめく我が担任から数秒遅れて、野太刀で斬られたクリリンの木剣の刀身が空から降ってきた。


 ドシュッ! と勢いよく地面を突き刺さる刀身を前に、エルさんが「親方、空が刀身が」と呟いた。


 お茶目なエルさんもまた、いとおかし♪


 思わずホッコリ♪ していると、クリリンが俺の足刀を押し退け、手に持っていた木刀……だったモノに視線を落とした。




「……えっ? ナニコレ?」

「おぉ~っ。スパッといってるなぁ~」




 テテテテッ! と俺たちの方へと駆け寄って来たエルさんが、クリリンの持っていた木剣を見上げつつ感心したような声をあげた。




「すごいなぁ、アシト? どうやったん、コレ?」

「蹴りました。思いっきり。力の限り」

「いやいや……いやいやいやいや!? ありえねぇだろ、コレ!?」




 正気を取り戻したらしいクリリンが木剣の断面図を俺に見せつけながら『ありえない!?』とばかりに声を荒げた。




「見ろよ、この断面図! 刃物でも使ったかのように綺麗な形してるじゃねぇか?」

「綺麗な断面図してるやろ? 嘘みたいやろ? 蹴ったんやで、ソレ?」

「うるせぇぞエル! ちょっと黙ってろ!?」

「あい」

「おい!? エルさんに何て口を利いてやがる!? 今度はテメェの首をその木剣と同じようにスパッといってやろうか!?」

「ちょ、やめろバカ!? お前はマジでやりそうだから怖いんだよ!?」




 警戒しているのか1歩俺から距離をとるクリリン。


 そんなクリリンから木剣をひょいっ! と奪い取ると、エルさんは「なぁなぁ?」と俺の芋ジャージの裾をクイクイと引っ張りながら木剣の断面図を俺に見せてきた。




「これもアシトが考案した【アカアシ流足刀術】の成果なん?」

「よく気づきましたね、エルさん! 流石です!」




 俺は全力でマイ☆エンジェルをヨイショッ! しながら、ネタばらしと言わんばかりに俺はエルさんに向かって5本の指を立てた。




「【アカアシ流足刀術】には壱から伍までの5つの型で構成されています。5つの型はそれぞれがある目的に沿って特化した形となっているんです」

「特化した形?」




 俺は「はいっ!」と元気よく頷きながら【アカアシ流足刀術】の5つの型について簡単に説明し始めた。




「壱ノ型『野太刀』は【アカアシ流足刀術】の中で最高の切れ味を誇る技で、大抵のモノはぶった切る事が出来ます」




 ノ型の名前は『日輪にちりん』。


 その名の通り円を描きながら相手の攻撃を躱しつつ、その勢いを利用して後ろ回し蹴りを叩きこむ【アカアシ流足刀術】唯一のカウンター抜刀術。




 さんノ型の名前は『落日らくじつ』。


【アカアシ流足刀術】の中で最大の攻撃力を誇り、空中で1回転しながら相手の頭部に踵を落とす。手加減が出来ないので、人間相手ではよっぽどの事がない限り使えない。




 よんノ型の名前は『大蛇おろち』。


 外傷を与えることなく相手の好きな箇所へ衝撃を与え、内蔵を破壊する――




「昨日の岩トカゲ……ロックドラゴンに使用したのがこの技です」

「あぁ~、なるほどなぁ。刺さっていた部分に衝撃を与えて抜いたワケかぁ~」




 やるなぁ、アシトぉ~っ! とエルさんの賞賛の声が疲れた身体に染み渡る。


 気を抜くとまた泣きそうだ。


 俺は緩む涙腺に力をこめながら、ニヤけそうになる口元を必死に誤魔化しつつ言葉を重ね続けた。




「相手を無傷で捕獲したい場合などに『大蛇』は重宝しますね。……ただ内蔵がグチャグチャになるので、喰らえば数日間は地獄のような苦しみを味わうハメになりますが」

「ほぇ~……すごい技やなぁ。それで? 最後の1つは何なん?」

「伍ノ型の名前は『極光きょっこう』、これは全身を脱力させてからの超スピードの飛び蹴りです」

「超スピードの飛び蹴り?」

「はい。これは【アカアシ流足刀術】の中でも最速の移動速度を誇り、戦闘面以外にも多くの場所で使用しますね」




 そう言って俺はエルさんの目の前で全身を脱力してみせた。


 己の肉体が液体状になるイメージをしながら、筋繊維がトロトロのドロドロになるまで脱力をする。


 やがて身体中から力みが取れ、自分と世界が一体化したような感覚が全身に広がると同時に、



 ――ドンッ!



 と大地を蹴り上げた。


「うわっ!?」と両手で耳を抑えようとするエルさんのよりも先に加速した身体は、まさに放たれた弓矢のように、瞬きするまもなく俺を彼女から100メートル離れた地点へと移動させていた。




「ビックリしたぁ~。すごい音やったなぁ、なぁアシト? ……あれ? アシトぉ~? どこ行ったんや、アシトぉ~?」

「ここですエルさ~ん! ここ、ここぉ~っ!」




 俺を見失ったエルさんがキョロキョロと辺りを見渡していたので、彼女に向かってブンブンと片手を振ってみせる。


 エルさんは俺の姿を目視するなり、驚いたように「はいや~っ!?」と声をあげた。




「いつの間にそんな所へ移動したんやぁ~?」

「これが伍の型『極光』です。これを連続で使用することで、車よりも速く移動することが出来ます」

「おぉ~っ! すごいやんけ、アカアシ流っ!」




 すごい、すごい! と子供のようにキャッキャと騒ぎ始めるエルさん。


 可愛い。


 結婚したい。




「剣も使わずにこんな凄い剣術を完成させるやなんて、アシトは凄いなぁ!」

「結婚したい――間違えた、ありがとうございます、エルさん。でも実はコレ、まだ完成してないんですよ」




 口元まで出かかったプロポーズの言葉を慌てて噛み砕きながら、俺は誤魔化すように言葉を重ねた。


 そう実は【アカアシ流足刀術】はまだ完成してない未完の剣術なのである。


 それぞれの戦局を打破するための型は作ることは出来た。


 だが、全ての型を内包する【奥義】がまだ完成していないのだ。


【奥義】のない剣術など、目の下にクマがないエルさんと一緒で……それはそれで可愛いな?


 空想上のエルさんに俺が人知れずトキメいていると、呆然と俺の説明を聞いていたクリリンが「マジかっ!?」と声を荒げていた。




「未完成でこの完成度なのか!? お前は一体どこのいただきを目指しているんだ、神の一手か!?」

「目指してねぇよ。5つの型は完成してんだ、問題は【奥義】だ、【奥義】。最後の【奥義】がまったくと言っていいほど思いつかないんだよ」

「あぁ~、なるほどなぁ。確かに【奥義】の無い剣術なんて苺のショートケーキに苺が乗っていないようなモノやもんなぁ~」

「天才的な比喩センス……感服しました。流石はエルさんです!」

「いや、ありふれた比喩表現だろ、今の」

「ホンマ? 照れるなぁ~」と恥ずかしそうに後頭部をかくエルさんに胸のトキメキを抑えきれない。




 この可愛さ、犯罪的すぎない?


 もう可愛さの不法所持でエルさんを逮捕したい。


 なんて事を考えていると「リント先生」と野太い男の声が俺達の間を駆け抜けていった。


 あれ? なんかこの声、聞き覚えがあるなぁ?


 誰だっけ? と思いつつ声のした方向へ振り返ると、そこには備品争奪戦争でお世話になったテッペンハゲ夫が居た。




「ハーゲスト先生? どうしたんですか? まだBクラスは訓練中ですよね」

「いえ、少々お耳に入れたい事がありまして……」




 ちょっといいですか? とテッペンハゲ夫は『こっちに来い!』とクリリンを手招きし始める。


 クリリンは頭の上に「???」を浮かべながらも、素直にハゲ夫の元まで移動していく。


 そんな我らが担任の後ろ姿を眺めながら、俺とエルさんは「はて?」と揃って首を捻っていた。




「珍しいなぁ。ハーゲスト先生がEクラスに来るなんて」

「エルさん、エルさん。ずっと気になっていたんですけど、誰なんですか、あの妙に偉そうなテッペンハゲは?」

「ダメやでアシトぉ~? 人の身体的特徴を弄っちゃ?」




 めっ! と人差し指を突き立て、子供を叱るように俺を叱責しっせきするエルさん。


 可愛い……新しい性癖の扉が開きそうだ。




「あの男性ヒトは2年Bクラス担任のハゲ・ハーゲスト先生やでぇ。剣の腕はそこまででも無いが、頭が良ぉて凄い人なんや」

「あぁ、Bクラスの担任でしたか」




 エルさんの説明を聞きながら、俺は1人納得していた。


 なるほど、名は体を表すというが……親から最初に貰ったプレゼントは悪意だったのだろうか?


 すげぇ名前だ、今度からはキチンと『ハゲ先生』と呼んでやろう。




「ちなみに『ハゲ先生』って呼んだらメチャンコ怒るから、呼ぶときは『ハーゲスト』先生って呼ばなアカンよぉ?」

「あぁ、やっぱり本人も気にしているんですね?」




 見た目いかついのに意外と可愛い所があるじゃねぇか。


 俺の中でテッペンハゲ夫、もといハゲ先生の好感度が爆上がりした瞬間である。




「――? …………ッ!? ッッ!?!?」

「……ッ! ………ッ」

「~~~~ッ!?!?」


「何の話しとるんかなぁ?」

「どことなくクリリンが焦っているように見えますね?」




 何故かハゲ先生の言葉にクリリンが酷く狼狽ろうばいしていた。


 ナニを言われているのだろうか?


 また『お給料をカットする!』とか言われているのだろうか?


 いやでも、あの焦りような尋常じゃないような……?


 んん~? と俺が小首を傾げていると、ハゲ先生と話し終わったクリリンが珍しく神妙な面持ちで俺達の方へと駆け寄ってきた。




「あ、アシト。ちょっといいか?」




 妙に強張った表情でそう俺に声をかけてくるクリリン。


 その後ろにはハゲ先生がスタンバイしていて……うん?


 なんかハゲ先生の挙動がおかしいな?


 何と言うか、俺が逃げ出さないように見張っているような、そんな気配を身体中から感じるんだが?


 一体ナニを気張っているんだ、この2人は?


 そう思ったのは俺だけではないらしく、エルさんも俺と同じく「んん~?」と小首を傾げていた。




「どしたん、せんせぇ~? そんな怖い顔してぇ~?」

「エル。スマンが少しだけ席を外してくれるか? 少々その……デリケートな話なんだ」

「「デリケートな話ぃ~?」」




 クリリンの言葉に2人して顔を見合わせる。


 なんだろう?


 すごく……ものすごぉぉぉぉ~~くっ! 嫌な予感がする……。




「それ、エルさんも一緒に聞いちゃダメなヤツか?」

「いや、ダメではないが……」

「ならエルさんにも一緒に聞いて欲しい。ぶっちゃけ1人で聞くのは怖いし」

「……アシトがそう言うなら」




 分かった、と頷くクリリン。


 その瞬間、気のせいかさらに空気が重くなったような気がした。




「一応念を押しておくが、エル……今から話すことは他言無用で頼むぞ?」

「んっ!」




 了解しました! とばかりに左手で敬礼するエルさん。


 可愛い。


 お持ち帰りしたい。


 なんて事を考えていると、クリリンは「いいか、アシト? 落ち着いて聞け?」と俺の両肩に手を置いて、ハッキリとこう言った。




「今、お前に【魔女】の疑いがかけられている」




 …………はぁ?

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