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第15話 魔女裁判~大罪魔法について~

 ――始まりの魔女。


 それは300年前、この世界を絶望と恐怖で支配していた【魔王】を打ち倒し、人間社会に平和をもたらした7人の大罪人たちの総称である。



【傲慢】の魔女 ミカエル。

【憤怒】の魔女 ウリエル。

【嫉妬】の魔女 ハニエル。

【怠惰】の魔女 ラファエル。

【強欲】の魔女 ザドキエル。

【暴食】の魔女 メタトロン。

【色欲】の魔女 ガブリエル。



 彼女たち7人の魔女の活躍により、1000間暴虐の限りを尽くしていた【魔王】はこの地から消え去った。


 そして世界に平和が訪れた。



 ……かに思われた。



【魔王】が消え、平和になった世界の水面下で魔女たちの恐ろしい計画が進んでいた事に人間たちは気づくことが出来なかった。


 7人の魔女たちの計画……それは彼女たち【始まり魔女】が【魔王】に成り代わって世界を支配する計画だった。


 彼女たち【始まりの魔女】は【魔法】と呼ばれる神秘の力を使うことが出来る。


 その神秘の力を使い、彼女たちは誰にも気づかれることなく世界を裏から牛耳ぎゅうじっていた。


 ソレに気づいた凄腕の剣士たちが本当の世界の平和を取り戻すべく彼女たちに果敢に挑むも、魔女たちが使う【魔法】は大国の軍事力と同じ力を秘めており、太刀打ちすら出来なかった。


 かくして世界は悪の魔女たちの手に落ちた。


 しかし、そんな悪の【魔女】たちに立ち向かう者達が居た。


 そう『チキュー』と呼ばれる異世界からやってきた勇者達である。


 彼らは神から与えられた聖なる力を秘めた剣【聖剣】を使い、【始まりの魔女】を倒すことに成功したのだ。


 こうして世界は、いや人類は本当の平和と自由を手に入れたのであった。


 ……しかし、魔女たちはしぶとかった。


 勇者達の目を盗んで、己の力と血脈を後世に残していたのだ。


 再び世界に厄災が降りかかることを恐れた勇者達は、各国の王たちと協力して【始まりの魔女】たちの遺伝子をこの世から抹消するべく、彼女たちを【大罪人】認定し、彼女たちが使う【魔法】を悪と断じて、討伐へと乗り出した。


 これが【魔女狩り】の始まりである。


 そして【魔女狩り】は300年経った今でも続いていた。




「――魔女は【悪】である、それは世界共通の認識である。……アシト・アカアシ君?」




 そう言って小さい頃から聞かされ続けていた魔女の歴史について長々と説明し続けるホーク・ミホーク学長。


 そんな学長を前に、俺は辟易した顔で「はいはい」と頷いていた。


 場所は修練場の外の隅っこにある訓練場から離れて、セントラル中央アカデミーの本校1階にある会議室にて。


 俺は学園長と教職員、2年全クラスの委員長に囲まれながら1人ポツネンと突っ立っていた。


 ……なんでこんな所に居るんだ、俺は?




「現在、善良なる市民と剣士たちの活躍により、多くの魔女の子孫たちを殲滅することが出来たが、この世界にはまだまだ悪の因子が根付いている。我々は今を生きる人間代表して――」

「あぁ~……学園長? 話が長いわ。御託はいいから結論だけ言ってくれ」

「ちょっ、アシト!? お前、ホーク学園長になんて口を利いてんだ!?」




 すいません、学園長! と2年Eクラス代表としてやって来ていたエルさんの隣に座っていたクリリンが、慌ててホーク学園長に頭を下げた。


 学園長は片手を上げ「構わん」と短く答えると、研ぎ澄まされた短剣のような鋭い目つきで俺を真っ直ぐ射抜いてきた。




「心の整理がいるかと思って時間をとってやっていたが、どうやら余計なお世話だったらしいな。よろしい、なら結論だけ言おう。アシト・アカアシ、君に【魔女】の疑いがかけられている。理由は……分かるな?」

「分からない。【魔女】って、女って……俺は男だぞ?」

「勉強不足だぞ、アシト・アカアシ。【始まりの魔女】の血を継いでいる人間に性別は関係ない。男だろうが女だろうが、漏れなく全員【魔女】だ」




 どこか侮蔑ぶべつの困った視線で俺を見つめながら、そう口にする学園長。


 余計な説明はさせるな、と言外に言われているような気がした。




「【魔女】ねぇ~……。なんで俺が【魔女】なワケ?」

「理由を言わなきゃ分からんか?」

「分からん。教えてくれ」

「……いいだろう」




 敬語を使わない俺を不快に思ったのか、俺を取り囲むように座っていた教職員とエルさんとヤギチン以外のクラス代表が眉根をしかめたのが見てとれた。


 特にSクラス代表である【剣聖の孫】ユウト・タカナシの嫌悪感は凄まじいモノがあり。身体中から俺に対しての殺気が見え隠れしている始末だった。


 まだ話した事もないが、どうやらかなり嫌われてしまったらしい。


 まぁ別にエルさん以外に嫌われようがどうでもいいんだけどさ。


 ユウト・タカナシが発する殺気を軽く受け流しながら、俺は改めて学園長の説明に耳を傾けた。




「2年Eクラス、アシト・アカアシ。君は先日の2年Bクラスとの備品争奪戦争において、突如乱入してきたロックドラゴンを1人で討伐したそうだね」

「討伐はしてない。ただ背中に刺さっていた聖剣を抜いてやっただけだ」

「それはどうやって? 聖剣に触って?」

「まさか! 俺は勇者じゃないから聖剣には触れなかったよ。だから、あの岩トカゲの腹の下に潜り込んで下から蹴り上げた。その衝撃で聖剣を抜いた――」

「それだ。そこが問題だ」




 キザッたらしくパチンッ! と指を鳴らす学園長。


 ……んっ? なにが? 


 なにが問題なワケ?




「アシト・アカアシ、君はあのロックドラゴンを『剣を使わず』に仕留めたらしいじゃないか」

「だから仕留めてねぇよ。人の話を聞けや。なんだよ、その指パッチンは? クソダセェぞ?」

「…………」

「あぁ、申し訳ありません学園長!? あ、謝れアシト! 学園長はなぁ、こんな見た目だが誰よりも繊細な心を持ってんだぞ!? ちょっと責められたら泣いちゃう弱々メンタルなんだから、言葉遣いには気を付けろ!」

「ダメやでアシトぉ~? 年上にそんな口利いたらぁ?」

「申し訳ありませんでした」




 エルさんにたしなめられ、素直に頭を下げる。


 い、いかんぞ!?


 この初対面の相手に攻撃的になるクセをどうにかしなければ、エルさんに嫌われてしまう!?


 エルさんに嫌われたら俺……もう生きていけねぇよ!?


 ガタガタッ!? と今にも膝から崩れ落ちそうになる俺を前に、学園長は「もう大丈夫だ」と目尻に浮かんだ涙の珠を指先で軽く払った。




「ごほんっ! 失礼、取り乱した。話しを戻そう。……我々が問題視しているには、ロックドラゴンと『剣を使わず』にやり合った点だ」




 そう言って学園長は手元に資料らしきモノに視線を落とした。




「学園側の調査の結果、君は己の肉体だけを頼りにロックドラゴンと互角の……いや、互角以上のやり取りをしていたらしいね? 普通の人間があのロックドラゴンを相手に聖剣も無しに互角以上にやり合うなど不可能だ。それも1人でっ!」

「……あぁ、なるほど。そういう事か」




 ようやく学園長の言いたいことを理解した俺は、学園長の言葉を奪うように唇を震わせた。




「つまり俺が【魔法】で身体能力を強化していたから単独であの岩トカゲと戦うことが出来た――と、そう言いたいワケね?」

「端的に言ってしまえばそうだ」




 学園長はコクリッ! と小さく頷いた。


 なるほど、あい分かった。


 要は聖剣を使えない、勇者でもない若造のクセに、あの岩トカゲとやり合って圧倒してしまった事で【魔女】と疑われているらしい。


 まったく、酷く勘違いな上に良い迷惑である。




「ハァ……理由は分かった。それで? どうやれば俺の疑いは晴れる?」

「焦るな。その前に我々の質問に答えろ。アシト・アカアシ、君はロックドラゴンとの戦闘で大罪【魔法】を使ったのかい?」

「いや、使ってない」

「では何故、剣も聖剣も無しに互角に戦うことが出来た?」




 俺は短く溜め息を溢しながら【アカアシ流足刀術】についてこの場に居る全員に説明してやった。


 自分に剣の才能が無いこと。


 それでも剣士になる事を諦めきれなかったこと。


 強くなるために己の身体を極限まで鍛え上げたこと。


 果ては自分がしがない村に生まれた孤児である事すらも全部話した。




「――以上だ。他に質問はあるか?」

「ふむ……なるほど。『剣を使わない』剣士ではなく、『剣が使えない』剣士か……。確かに剣豪【赤足のアシト】の特徴と一致するな」

「分かって貰えたか? ならもう帰っても――」

「だが、だからと言って君が【魔女】ではないという保証はどこにもない」

「――いいワケがねぇよなぁ」




 苦笑を浮かべながら軽く肩をすくめる。


 正直、この【魔女裁判】は不条理で不公平極まりないシステムだと言わざるを得ない。


 何故なら自分が『【魔女】ではない!』と証明することは実質不可能だからだ。


 何より『疑わしきは罰せよ』の精神により、1度告発されればほぼ100%の確率で【魔女】認定されてしまう。


【魔女】にされた人間の末路は決まっている。




 ――死刑。




 火あぶり拷問の上、大衆の面前で苦しみながら死んでいくのだ。


 まったく……本当に人間というのは愚かでくだらない。


 悪いのは世界征服を企んだ【始まりの魔女】達であって、その子孫に罪はないハズだ。


 それなのに慣習だから迫害するなど……もはや愚かを通り越して殺意すら湧いてくる。


 俺の脳裏に幼き頃、理由もなくイジメられた苦い記憶が蘇ってくる。


 姿・形は変われども、もはやコレも一種のイジメだろう。


 そう考えたら段々と腹が立ってきた。




「俺は【魔女】じゃない」




 気が付くとドスの利いた声音で学園長にそう言い放っていた。




「証明できるかい? 自分が【魔女】じゃないことを」

「どうせ証明した所で、また難癖つけて【魔女】にするんだろ? めんどくせぇ……」

「――さっきから黙って聞いていれば……何なんだ、お前は?」




 突然。


 突然である。


 突然、Sクラスの代表席に座っていた黒髪短髪の中肉中背野郎が俺と学園長の会話に割り込んできたのは。




「目上の人間に対してその態度……見ていて腹が立つ! いい加減にしろ! 立場をわきまえないか!」




 そう言ってSクラス代表ユウト・タカナシは怒りの籠った視線で俺を睨んできた。




「お前こそ立場を弁えろよ? 今は俺と学園長が話しているんだ。関係ねぇ奴がシャシャり出てくんじゃねぇよ」

「……なんだと? 今、なんて言った?」

「関係ねぇ奴がシャシャリ出てくんなって言ったんだよ、この目立ちたがり屋が」




 そう俺が口にした瞬間、


 ――シャキンッ!


 と、空中に浮かんだ聖剣の切っ先が俺の喉元へと突き立てられていた。




「言葉には気を付けろ? 今ここで【魔女】であるお前を始末してもいいんだぞ?」

「俺は【魔女】じゃねぇよ」




 ユウト・タカナシが不愉快そうに眉根をしかめると、聖剣の切っ先が少しだけ俺の喉肉に食い込んだ。


 おかげでツツーッと赤い雫が喉元から鎖骨へと垂れていく。


 どうやらこの聖剣はアイツが動かしているらしい。




「ッ!? そ、ソレは!? その剣はっ!?」

「コラ、バカ!? 騒ぐなエル! 目をつけられるぞ!?」




 何故かユウト・タカナシの聖剣を目視した瞬間、エルさんが悲鳴に近い怒気をあげたような気がするが、俺は構わず言葉を重ねていった。




「おい、ユウト・タカナシ。この剣はお前のか?」

「だったら何だ?」

「お前の方こそ【魔女】なんじゃねぇの? なんで剣が普通に浮遊してんだよ? ありえねぇだろ? これこそ【魔法】を使ってんじゃねぇのか?」

「……これは聖剣だ。神から与えられた聖なるつるぎだ」

「だから空中に浮くって? 本当か? 俺が知っている聖剣使い勇者達は、みんな自分の手で聖剣を握って扱っていたけどなぁ? やっぱお前【魔女】なんじゃねぇの?」

「……ボクは魔女じゃないっ!」

「落ち着きなさい、2人とも?」




 今にも俺を切り殺さんとしていたユウト・タカナシを制止する学園長。


 そんな学園長にユウト・タカナシは「止めないでください!」と声を荒げてみせた。




「この男は間違いなく【魔女】ですっ! 今ここで殺しておかないと大変な事になる!」

「おいおい? 学園長様は『落ち着け』って言ったんだぞ? それなのにその態度……いいのか? 目上の人間に対して、そんな態度をとって? 立場を弁えなくても大丈夫か?」

「こんのっ!? 口が減らない男め!?」

「止めなさい、ユウト。君らしくないぞ?」

「止めません!」




 はち切れんばかりの殺気を放つユウト・タカナシに向かって、学園長が静かにそう告げる。


 しかしユウト・タカナシは止まらない。


 本当に今ここで俺を殺すことが正しい選択だと信じている顔で、俺の聖剣を突き立てようとしていた。


 そんなユウト・タカナシを見て、学園長は『仕方がない』とばかりに小さく溜め息を溢した。




「分かった。ならばこうしよう。アシト・アカアシ、君が【魔女】ではないと証明したいのならば、このユウト・タカナシと決闘せよ」

「……ハァ? なんで?」




 いきなり意味不明なことを口にしてくる学園長に、つい不躾な視線をぶつけてしまう。


 なんで【魔女】でない事を証明するためにコイツを戦わなきゃならんのだ?


 ワケが分からんぞ?


 学園長は俺の失礼な視線を気にした風もなく、さらに言葉を紡いでいく。




「我々は君を【魔女】だと思っている。しかし君はユウト・タカナシの方こそ【魔女】であると主張している。お互いの主張は平行線だ。ならばっ! 検証してみる他あるまい!」

「検証……?」

「あぁ、検証だ。みなの前で戦い、お互いに【魔法】を使っていないのか検証しようではないか」




 なるほど。学校全員を証人とさせて、俺が【魔法】を使っていないか確認しようというワケか。


 いや、でも……




「【魔法】の発動を見分けるなんて不可能じゃないか?」

「勉強不足だぞ、アシト・アカアシ。文献では【魔女】は【魔法】を使用する際に頭の上に光輪が浮かび上がるらしい。もし君が本当に【魔法】を使用しているのならば、頭の上に光の輪っかが現れるハズだ」




 そう言って、またもや無意味にパチンッ! と指先を鳴らす学園長。


 光の輪っか……そうなのか。


【魔女】は【魔法】を使用する際は頭の上に光輪が現れるのか。


 それは知らなかっ……んっ? あれ?


 とそこまで考えて、ふと引っかかりを覚えた。


 頭の上に光輪?


 確か俺、ソレをどこかで見たことがあるような……?


 あっ、そうだ!


 確か小さい頃、エルさんが――




「頭の上に【魔女】の証である光輪を出さず、ロックドラゴンと同等以上の力を持っているユウト・タカナシを倒すことが出来れば君は【魔女】じゃない。我々と同じ人間だ」




 俺の思考をぶった切るように、学園長のどこか試すような声音が耳朶を叩いた。




「さて、アシト・アカアシよ。どうする? ユウト・タカナシと決闘するか?」

「『しない』って言ったら?」

「残念だが君を【魔女】として断罪する」

「……選択肢が最初はなから1つしかねぇじゃねぇか」




 俺は愚痴を溢しながら、改めて覚悟を決め直す。


 エルさんと幸せ学園生活の為だ。


 こんな所で死ぬワケにはいかない。




「分かった。【魔女】じゃないと証明できるのなら、決闘でも何でもやってるよ」

「よろしい。潔い男は好きだよ、私は」

「アンタに好かれた所で嬉しくねぇよ」




 違いない、と不敵に微笑む学園長。


 その視線は俺から怒りに身体を震わせているユウト・タカナシへと滑った。




「さて、ではユウトよ。お前はどうする? アシト・アカアシとの決闘、受けるか?」

「聞くまでもありませんよ、学園長」




 ユウト・タカナシは研磨された刀剣の如く鋭い瞳で俺を睨みながら、ハッキリと頷いた。




「その腐りきった性根の腐りきった根性、ボクが文字通り叩き直してやりますよ!」

「よし、決まりだ。では決闘は明日の――」

「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」




 学園長が『話しは纏まった!』と両手をパァンッ! と叩いた、その瞬間。


 俺達の会話を静かに見守っていたエルさんが『異議あり!』とばかりにシュバッ! と挙手するように片手を上げた。




「え、エルさん!?」

「ちょっ、エル!?」




 俺とBクラス代表として来ていたロップ・ホップ委員長が驚きの声をあげながらエルさんの方へと視線をよこす。


 そんなエルさんの隣でクリリンが『ナニやってんだ、お前!?』とばかりに驚きに満ちた瞳でエルさんを見下ろしていた。


 エルさんはそんな都合3人分の視線などお構いなしに、学園長に向かってハッキリとこう言った。




「その決闘、Sクラス対Eクラスの備品争奪戦争にして貰うことは出来ませんか!?」

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